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Tale:Dragon,tears    作者: 黒餡
一章 異界妖精郷村《フェルヴェーン》〜憧憬の六芒星〜
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17話 出立の日

 夕食後のお茶の席。

 詩音とグレイス一家の間では雑談が飛び交っていた。  

 話題が絶えず、笑みが絶えず、仲睦まじい家族の団欒風景は詩音にとってとても新鮮な物だった。

 基本的に聞き手に徹し、クレハ達の会話を微笑ましく眺めていた詩音は、


「明日、この里を出ます」 


 話の合間で唐突にそう宣言した。


「え、明日?」

 

 突然の出立の話にクレハが紅茶の入ったカップを置いた。


「うん。人間の街に向かおうと思う」


 詩音が答えると、今度はアルト族長が口を開く。


「そうか………。シャルから君の刀が完成したと聞いた時にそう言うのではないかと思っていたよ」

「目的も達しましたし、あまり長いことお邪魔しているのも悪いですから」

「気にしなくてもいいのよ。………って言っても、シオンさんは行ってしまうのでしょう」


 微笑みを浮かべながらそう言って、エイリスはカップから紅茶を一口、口に含んだ。

 この里を訪れてから凡そ六日。

 連鎖的に巻き起こる事件の悉くが解決した今、詩音がフェルヴェーンに留まる理由は無い。

 そろそろ、人里に出てこの世界の情報を得るという当初の目的の為に動いた方がいいだろう。


「残念だなぁ。シオンには助けて貰ってばかりで、ろくに恩返しも出来ていないのに」


 ティースプーンでカチャカチャと紅茶をかき混ぜながら、クレハから溜め息混じりの声が漏れた。

 それに詩音は一度紅茶で唇を湿らせてから「そんな事無いよ。凄く助かったよ」と答える。


「人間の街って、何処に向かうかは決めてるの?」


 クレハの問いに少しの間を挟んで答える。


「ん、《ユリウス》って街に行こうと考えてるんだ。ここから一番近いらしいからね」

「ユリウス? ボクらが拠点してる街じゃんか」

「あれ、そうなの?」


 ユリウスの街の事は《HL(ハル)》からの情報提供によって知ったが、まさかクレハ達の拠点だったとは驚いた。


「じゃあ、また顔を合わせる事があるかもね」


 少し楽しそうにそう言う詩音に対して、クレハは何かを考える様に黙り込んだ。

 そして、何かを決意した様に顔を上げ、予想だにしない事を口にした。


「決めた。ボクもシオンと一緒に行く」

「はい?」

「一緒に街まで行って、それで、一緒に活動しようよ」


 いったいどういう理屈でそんな結論に至ったのか。


「なんでそうなるの?」

「だってシオン、この辺りの事よく分からないって言ってたでしょ。だったら道案内ができる人が一緒に居た方がいいんじゃないの」

「いや、確かにそういうのが居れば助かるけど………」

「決まりだね。じゃあボク、出発の準備してくるね」


 一息にそう言うとクレハは席を立ち、呼び止める間もなく自室へと向かって行った。


――――クレハって意外と強引な娘だな………


 呆然とそんな事を内心で呟いた後に、詩音は残った三人の黒妖精(スプリガン)を見やった。 

 全員が小さく笑みを浮かべていた。


「すまないな、シオン君」

「あ、いえ……。止めないんですか? せっかく帰って来たのに、もっとゆっくりしてからでも街に戻るのは遅くないでしょうに」

「フフ。あの子は昔っからああなのよ。唐突に何処かに行くって言って落ち着かなくて。でも、ここまで強引なのは久しぶりね」

「それだけシオン君の事が気に入っているんだろう」


 二人とも、クレハを止めようとは思っていないらしい。

 その事に詩音は軽く髪を掻き上げながらため息を吐く。


「シオンさん、クレハの同行は迷惑?」

「え、あ、いや。迷惑って事は全然。クレハが付いてきてくれるのなら此方も助かりますから。ただ、いいんですか? 僕と一緒に行っても」

「ああ、冒険者をしている以上、常に危険が付きまとう。しかし、シオン君が一緒となれば安心できる」


 「何なんだ、その信頼は」と口走りそうになったのをギリギリ堪え、もう一度ため息を溢した。


 確かに悪い話ではない。

 里にいる間に多少の情報は得ることが出来たとはいえ、この得体の知れない世界を一人で旅するのは些か以上に不安がある。

 クレハが同行してくれれば、その不安の大半は解決できる。


 そう自身を納得させながら詩音は中身が半分程になったカップに口をつけた。

 

「さて、それでは明日は里を上げてシオン殿の送り出しをしないとな」

「いえ、お構い無く。と言うか止めて下さい。お願いします」


 わりと本気で詩音はアルト族長の提案を断る。


「冗談だ。半分な」


 にやっと笑いながらそう言うアルトに詩音は「半分は本気って事なのね」と内心で呟きながら乾いた笑みを浮かべた。



  ◆


 翌朝。 

 

「お世話になりました」


 クレハと共に屋敷の扉を潜った詩音は屋敷の前で見送りをしてくれた三人に礼を言う。


「こちらこそ、大変世話になった」

「シオンさん。クレハの事、宜しくね」


 二人の言葉に答えながら、詩音は握手を交わす。

 と、


「シオン君。これを」


 アルトが懐から革袋を取り出して詩音に渡した。

 手触りの良いずっしりとした袋の口からは金色輝くにコインが僅かに見えた。


「十万フレイ入っている。無一文では旅も出来ないだろう。少ないが持って行ってくれ」

「いえ、報酬は既に頂いてますから」


 そう言って袋を返そうとするが、


「これは報酬とは関係ない。私個人のお節介だ。受け取ってくれ」


 と、詩音の手を取り、無理やりに袋を握らせる。


「………分かりました。ありがたく頂戴します」


 その言葉に、詩音は諦めて金貨の入った革袋を受け取る。

と、ずっしりとした革袋は途端に淡い青色の粒子となって霧散した。

 《STORAGE》へと収納されたのだ。


「それでは、ありがとうございました」

「それじゃ、行ってきます」


 詩音の隣のクレハが笑顔で挨拶すると、二人は里の南門に通じる道を歩き始めた。

 

 クレハの鼻歌をBGM代わりに未だに人通りの少ない街道を進み、里を守護する外壁に設けられた門が視界に入った時、


「ん?」


 詩音は壁門の端に見覚えのある人影が五人並んでいるのを見つけ、同時に「やっぱりか」と苦笑を浮かべる。


「おはようシオン君、クレハ、待ってたよ」


 青髪の水妖精(アプサラス)、アリスが笑顔で二人を出迎える。


「皆どうしたの?……って、大体予想はつくけどね」


 詩音はそう言って、アリスからシーナ、シャルロット、エリック、カインの順番に視線を走らせた。


「道案内は多いに越した事はないでしょ」

「ユリウスなら、この里の次に詳しいわよ」


 弓と矢筒を背負ったシーナと金棒を背に担いだシャルロットがニコリと笑みを浮かべながら言うと。


「確かに、そうだね」


 詩音は半ば諦めたような笑いを溢してから、


「それじゃ皆、宜しくね」


 そう言って、この世界で最初に出会った五人の妖精達と共に、人間の暮らす街を目指して歩き始めた。


 ■


「行ってしまったね」


 エイリスのその言葉にアルトは「あぁ」と小さく呟く。


「これから忙しくなるわね」

「やはりあの子か? 世界の流転を断ち切るのは」

「えぇ」


 短く頷くエイリス。

 二人の表情には先程までの柔和さは消え去り、何かを憂う様に二人の歩いて行った方を見詰める。


「本人にはまだ、自覚は無いみたいだけど」

「自覚の有無は関係無い。()()が動き出したのならば、それはこの束の間の停滞が解かれる時が来たと言う事だ」

  

 エイリスは遠く、何かに思いを馳せるかの様に空を見上げる。

 

「停滞していた人と神々の訣別の儀が再び動き出す」

「その結果齎されるのは淘汰による敗走か、未来に繋がる終焉か………」


 アルトはそっと、エイリスの肩に手を置き、その身を軽く抱き寄せた。

 次回は用語解説や設定の説明を載せます。

 落書きクオリティですが主要人物(主人公と妖精達)のイラストも載せておきます。


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