12話 終戦
「シオン、本当に大丈夫?」
隣を歩くクレハが心配そうに訪ねる。
「大丈夫だって。痛みも完全に消えたし、不調はどこにも無い。これ以上寝てたら身体が鈍っちゃうよ」
数度目の問いに数度目となる返答を返す。
《HAL》システムの言った通り、詩音の身体は三時間余りで完全に回復し、あの重苦しい痛みも消失した。
となれば、次に詩音が取るべき行動は、戦闘終結後の里の状況の把握だ。
クレハの案内で詩音は戦後処理を行っているキリハの元に向かっていた。
里の中を歩きながら周囲を見渡すと、行き交う妖精達の姿が目に入る。
クレハの話しによると詩音が眠っている間に殆どの鋼死病患者は症状を回復させたらしい。今は経過観察の段階らしいが、ほぼ全員が普段の私生活に戻れつつあるのだとか。
そのお陰で、来たその日は寂しい印象を受けた妖精族の里フェルヴェーンは本来の活気を取り戻し始めていた。
「ここだよ」
辿り着いたのは白い天幕に覆われた大きな簡易テントだった。
中を覗くと、十数人の兵士とキリハが居り何やら話しをしていた。
「シオン殿。もう動いて大丈夫なのか?」
詩音の入室に気付いたキリハの声で兵士達も視線を詩音に向ける。
「ええ。もう問題ありません。えっと、お取り込み中でしたか?」
「いや、丁度いいところに来てくれた。皆に報告した後にシオン殿にも伝えようと思っていたんだ。入ってくれ。クレハも、後々報告が行くだろうが、この際にここで聞いておいてくれ」
促され、詩音はクレハと共に中に入る。
他の者も居るからか、その口調は初対面の時のものに近い。
集まっていた兵士達からの挨拶に応じてから、詩音はキリハを見遣る。
「それでは、シオン殿が来てくれたこの機に報告しておく。まずは先日から続いた里全域での鋼死病の流行についてだが、これはやはり鬼によるものである事とその方法についてが、捕虜の自白により判明した」
詩音は口頭での報告に耳を傾けながら、あの日捕縛した鬼の事を思い返した。
「病を流行らせた方法についてだが、これは群れの中に呪いを行使出来る者がいたらしい」
ここで、説明に兵士の一人が疑問を抱いたのか口を開いた。
「しかし、あれだけ強力な病を里中に広めるのには膨大な魔力が必要なのではないですか?」
その言葉は、鬼襲来時にキリハが呟いたのと似通ったものだった。
「それも既に聞き出している。奴等は二月程前に《魔水晶》を手に入れていたそうだ」
魔水晶。その名称に詩音は聞き覚えがあった。この世界で目を覚ました時に居た洞窟内で見た光る水晶だ。《STORAGE》の中にはそこで採取した水晶が保管されている。
「魔水晶には魔力を大量に蓄える性質がある。奴等はその蓄えられた魔力を用いて魔法を行使したのだそうだ」
キリハが当然のようにその性質を語るが、詩音が知っているのは魔力によって発光するという事のみ。魔力蓄える性質は初耳だった。
「しかし、鬼はどこでそれを?魔水晶は極限られた場所でしか産出しない稀少鉱石。容易く手に入る物ではないでしょう?」
再び兵士が質問する。
「ある時襲撃した人間の商人から奪ったらしい。とは言え人の拳大の物で今はもう使い物にならないらしい」
それがフェルヴェーンで起きた鋼死病大流行の真相だった。偶然手に入れた膨大な魔力を持つ魔水晶を使って妖精族の戦力を削った上で里を陥し、そこを拠点に行く行くは人間の街も襲うつもりだったらしい。
どうやら、この里で鬼を撤退させた事は、図らずも人間の街を守る事に繋がったようだ。
◆
その後幾つかの報告、説明を受けた後で解散することになった。
捕虜とした鬼の扱いに関しては、全て妖精族側の判断に任せると伝えるとキリハはそれを了承し、まだ遣らなくてはならない事があると言ったので、詩音とクレハはテントを出た。
「さてと、やらなきゃいけない事も終わったし、シオンこの後どうする?」
「そうだね。特に考えて無いや」
「そっか。じゃあ、少し里を歩いて回る? シオンが平気ならだけど」
「それも良いね。クレハ、案内お願いしても?」
「もちろん」と頷いたクレハと共に、里の物見遊山が始まった。
案内されたのは里の市街区を担う中心エリアだった。
道中、何気無い会話をクレハと交わしながら里の様子に視線を走らせる。
数人の妖精達が円形に里を覆う防壁の修復を行う姿や、壊れた家を直す姿が見える。
クレハから聞いた話では、妖精族は色々な場所にこの里と同程度の規模の里や街を幾つも築き、飛び地のように散らばった領土は数人の長がそれぞれ治めているのだとか。
この規模の里が幾つもあるのなら、妖精族とはそれなりの人口を誇る種族なのだろう。
そんな事を考えながら観光を続ける。
クレハのオススメだと言う甘味屋や小さい頃からの馴染みだと言う呉服屋等を案内された後で、一旦市街区を離れる。
民家の群れから外れると、今度は畑や農園の広がりエリアに踏み入った。
所々で風車が回るその光景は平和その物で、つい先日に異種族による侵攻があった事を忘れてしまいそうだ。
市街区の外れを暫く二人で散歩していると、流れる小川の先に小さな建物を見つけた。
ゆっくりと回る大きな水車がついたレンガ造りの大きめの一軒屋だ。
「クレハ、あれは?」
「ああ、あれはね、この里一番の武器職人の工房だよ」
「へぇ、工房か」
「ちょうどいいや。挨拶がてら寄って行こ」
「うん」
職人の工房と呼ばれた建物の扉を開ける。
内部を見た瞬間に視界に飛び込んで来たのは綺麗に整頓して並べられた数多の武具だった。
片手剣、細剣、刀、両手剣、槍、片手斧、両手斧…………。
更に壁には大小様々な盾が吊るされ、その隣の棚には長弓や短弓が等間隔に配置されている。
この建物は武具を造る工房と造った武具を売る武具屋を兼任しているようだ
そこまで理解したところで、
「シャルー、お邪魔するよー」
と、クレハが建物の奥に向かって元気な声で良い放った。
「え?」と詩音が溢した直後はぱたぱたという足音が耳に入り、
「はいはい、いらっしゃいクレハ」
と、聞き覚えのある声と共に店兼工房の奥の扉が開いた。
姿を表したのは、薄いピンク色のふわふわとしたショートヘアーの少女。《鍛冶妖精》のシャルロットだった。
「あら、シオンも一緒だったのね。いらっしゃい」
今まで見た胸当てや棍棒を装備した格好では無く、半袖のシャツとオーバーオールのような服を来ている。
「クレハ、もしかして」
「うん、改めて紹介するね。フェルヴェーン一の武器職人、シャルロットだよ」
と、クレハが言うと、シャルロットは苦笑を浮かべて口を開く。
「クレハ、また大袈裟な事を」
「大袈裟じゃ無いもん。シャルの作る武器が一番使い易くて何より想いがこもってるんだから」
嘘偽りの無い様子でそう言うクレハに、シャルロットは照れくさそうに頬を指先で掻く。
その様子を微笑ましく思いながら詩音はシャルロットに訪ねた。
「って事は、ここはシャルのお店なの?」
「あー、一応ね。昔はここで店をしながら家族と住んでたの。でも、店主だったお父さんが里を出て街の方で店を開く事になったから閉めたの。で、それからは私が里に帰って来た時に風通ししたり、臨時開店する様になった訳」
「へー、なるほどね」と応じながら詩音は店内を軽く見渡す。
「で、どうしたのクレハ。新しい剣なら悪いけどまだ出来て無いわよ。昨日寸法とか聞いたばかりだし」
シャルロットがそう言うとクレハは「分かってるよ」と苦笑を混じえて応じる。
「今日は詩音に里を案内してるんだ。で、丁度近くに来たから寄ったの」
「そうだったんだ。なら好きに見て行って」
促され、詩音は棚に陳列された一振りの剣に目をやる。
正直、詩音は刀剣の良し悪しをそこまで気にした事が無く、また精通する者が語る様な「魂がこもっている」等の発言に共感できるタイプでもない。
詩音にとって、刀剣、刃物はただ人を殺す為の道具。
そして、鈍だろうが業物であろうが、なんなら硝子の破片であろうが人は殺せる。
故に、詩音にとってどんな名剣も適当な硝子片と大差無い。
だが、眼前の一振りを見た詩音は思わず、片頬に小さく笑みを浮かべた。
刀剣の魂。
そんな物は分からないし興味もない。
だが、刃先にまで行き届いた細やかな研ぎや丁寧に作り込まれた柄等からはどれ程シャルロットが手間と時間を掛けてこの剣を作ったのかがありありと伝わって来る。
眼前以外にも、店に置かれた武具のほとんどから、同様の努力と苦労の跡が見て取れる。
「シャルは、本当に武器が、武器を作るのが好きなんだね」
そう、唐突に呟きが洩れた。
「まあね。私の作った武器が何処かで誰かを守ってくれる。そう思うと嬉しくて仕方ないの」
そう、屈託無く笑うシャルロットを見て詩音はもう一度、「本当に、武器が好きなんだね」と口ずさんだ。
「…………な、何か、勢いで言ったら変な感じになっちゃったわね。恥ずかしいー」
僅かに沈黙を挟んでから、シャルロットは照れ隠しする様にわざとらしく笑って見せた。
「はは、シャル顔赤いよ」
「うっさい!」
茶々を入れるクレハに一喝を飛ばすシャルロット。
その様に、詩音も小さく笑みを浮かべる。
「そ、そうだ。シオン、あなた人里に行くらしいわね」
「うん。少ししたらね」
露骨に話を逸らしに来たが、詩音はそれ以上何も訊かずに応じる。
「だったら、やっぱ剣の一つは持っとくべきよ。道中何があるか分からないし」
「うん? うーん、確かに護身用に持ってても良いかもね」
「でしょう。だったら、あたしにあなた用の武器を造らせてもらえない?」
「え?」
「シオンには色々助けて貰ったし、そのお礼も兼ねてね。出来る限り上等な物を仕上げるわよ」
「それは有難いけど、良いの? クレハのも造らないといけないんでしょ?」
そう詩音が言うと即座にクレハが口を挟んだ。
「ボクのは後回しでも良いよ。いい考えだし、造って貰ったら」
「それとも、迷惑かしら。鍛治師があたしじゃ不満?」
「いや、そんな事はないけど……」
記憶の中から、彼女が造ったというクレハ達の武具の姿が甦る。使い手に良く馴染んでいた上質な剣。
実際、エリックやシャルロットの武器を破壊した事は、詩音自身勿体無い事をしたと思った程だ。
「君の造った剣は素人の僕が見ても分かるぐらい良い物だった。文句や不満を挟む余地なんてまるで無かったよ」
詩音が偽らざる本心を告げると、シャルロットは照れたように表情を変える。
「そ、そこまで直球に誉められると、何か恥ずかしいわね」
「本心を言ったまでだよ。───────うん、じゃあ、お願いしようかな」
「任せなさい! それで、どんな武器をご希望なのかしら?」
「ある程度持ち歩きに不便しなければ何でも。僕に出来る事があれば手伝うから」
そう言うと、シャルロットは一瞬考え込むように俯いてから、遠慮がちに言った。
「そう。なら、ちょっと提案があるんだけど」
「提案?」
「武器の素材にシオンの、竜の素材を使ってみない?」
「竜の?」
竜の一部から武器を造る。
ファンタジー系のRPGゲーム等では良くある話だ。
竜の素材とは大概の作品で強力な武器の材料になるがこの世界でもそれは同じなのだろうか。
「血が薬になるのは聞いたけど、竜の身体って武器にもなるの?」
「ええ。竜の鱗や牙なんかはどんな金属よりも優れた素材になるわ。それらで造られた武具はほぼ全てが超が付く様な一級品なの。神話とかお伽噺話に登場する様な伝説の武器の中にも竜の身体の一部から造られた物も多い。中には《神器》、なんて呼ばれてる物まであるくらいよ」
「へぇ。なら、お願いしようかな」
応じるや否や、シャルロットは「決まり」と言って何処か嬉しそうな笑みを浮かべる。
「まさか竜の素材で武器を造れる日が来るなんてね。人生何が起こるか分からないものね」
「シャル昔から一度でいいから竜の素材で剣を打ちたいって言ってたもんね。でも、竜由来の武器かぁ。ボクまだ見たこと無いや」
そう言うクレハの瞳にはまるで自分事の様に興奮の色が浮かんでいた。
「それでシャル。竜の素材って、具体的にはどの部位を使うの?」
「そうね………。やっぱり牙とか鱗とかかしら」
「それじゃあ鱗を使おうかな。歯は抜くの嫌だし」
そう言ってスキル《部位竜化》で左腕のみを竜の腕に変化させ、そこから氷のような鱗を剥がそうとして、詩音は一瞬手を止めた。
チラリと視線だけでクレハを見る。
黒衣を纏った身に帯びた空の黒鞘。先日の戦闘でクレハは愛用の剣を失ったとアリスから聞いた。
ほんの一瞬、瞬きの間悩んでから、詩音は自身の腕から二枚の鱗を剥ぎ取った。
そして、剥がしたそれを更にスキル《竜化》を使って元の大盾のような大きさに戻して机に置く。
「二枚もいらないわよ。一枚あれば大概の武器は作れるから」
そう補足するシャルロットに、詩音は少し距離を詰めながら小声で語り掛けた。
「いや、悪いんだけどさ、少しお願いがあって」
そう前置いてから、詩音は耳を貸す様にジェスチャーする。
不思議そうな表情を浮かべつつ顔を寄せるシャルロットの耳元で詩音はボソリと自身の考えを告げた。
「え?」
「駄目かな?」
「いや……あたしは全然構わないけど……良いの?」
「うん」
躊躇いなく頷くと、シャルロットは小さく笑みを浮かべる。
「まっ、それなら良いわ。任せて」
「ありがとう、シャル」
了承に詩音が礼を返すと、
「ねぇ、二人で何話してるの?」
クレハが二人の話に混ざり込んできた。
「ううん、何でもない。ちょっと細かな注文をね」
いぶかしむクレハを適当に誤魔化して、詩音はシャルロットに対峙する。
「それじゃ、宜しく頼むよシャル。力作を期待してるから」
「ええ。最高の剣を造って見せるから楽しみにしてなさい」
力強い返事と共に不敵な笑みを浮かべてシャルロットは鱗の一枚を掲げて見せた。