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Tale:Dragon,tears    作者: 黒餡
一章 異界妖精郷村《フェルヴェーン》〜憧憬の六芒星〜
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11話 雪幻の世界

────気が付くと、知らない場所に居た。


 光が無い黒一色の空と真っ白な雪に覆われた大地。

 酷く寒々しくて無機質な白黒(モノクロ)の世界。


 そんな世界にそれは存在していた。

 巨大な身体、純白の鱗。

 この世界の主(白竜)は雪原の真ん中に静かに佇んでいた。


 竜の姿の時の自分によく似ている。そう思った。

 同時に別物だとも理解した。

 詩音の竜よりも大きく、凍りつきそうな冷気が滲み出していた。


 ───誰?


 声はでなかった。音は存在しなかった。

 白竜は淡い金色の瞳で静かに詩音を見下ろす。

 幻想的なその姿を見て、理屈も道理も無く確信した。

 詩音を呑み込もうとしたのは、この竜だ。

 

 返答は無い。

 何も聞こえては来ない。

 代わりに、頭の中に一つの言葉が流れ込んで来た。


──シグ……リウス……?


 シグリウス。

 聞いた事の無い声で紡がれた言葉。

 しかしそれが、眼前の竜が紡いだ物であり、それが竜の名前だと言う事を直感的に理解した。

 そして、それ以外に竜は何の言葉も発さなかった。

 聞いた事のない名前。見たことのない姿。初めての筈の存在。

 だと言うのに、何故だろうか。詩音は自身の胸の内に、得体の知れない疼きの様な感覚が沸き上がるのを感じた。

 それは恐怖か。動揺か。或いは歓喜か。

 否、そのどれとも違う。どれとも形容出来ない。あえて近い物を上げるのならば、郷愁の類いか。

 複雑で曖昧な感情が交錯する。

 詩音が断定できない思いに揺られる最中、白き竜シグリウスは何の言葉も発さずにただただ詩音を見下ろしていた。

 その様は生物と言うよりはまるで氷像の様だ。

 果てしなく美しく、何処までも冷たい氷の造形。

 だと言うのに、淡い金の瞳はまるで何かを愛おしむかの様に優し気で―――――――

 

 不意に、世界に冷たい風が吹く。

 雪が巻き上がり、詩音の視界は白一色に染まる。

 冷気が肌を撫で、暴風の音が聴覚を叩く。

 しかし、暴音の中で僅かに、呟く様な声があった。


──詩音…………


 一言、名前を呼ぶ声。

 それはどこまでも優しげで、どうしようもなく懐かしい、慈愛の声。

 そして、それを最後に、竜の姿が霞んで行く。

 氷雪の世界に溶け込む様に、存在が消えて行く。


──待って! 待ってよ! お前は……あんたは……っ


 詩音の叫びは受け入れられない。 

 今はその懇願は通らない。

 伸ばした指先の向こうで一瞬、竜の残影が誰かの姿に重なった様な気がした。

 だが、その誰かに追い付く事はなく、世界は純白に塗り潰された。


  ◆

 

 視界が戻った時、眼に入ったのは見慣れない天井だった。外は早朝なのか、薄い朝陽が射し込んでいる。ここは何処かの部屋らしい。 

 次に聞き知った声。


「シオン!よかった、目が覚め たんだね」


 詩音は名前を呼ばれ視線を声のする方に動かした。

 そこにクレハ=グレイスの姿があった。

 部屋着なのか、楽そうなシャツとズボンを身に付けた格好で詩音を見ていた。


「大丈夫? ボクの事分かる?」

「クレハ………」


 少女の名前を呼びながら上体を起こす。と、


「っ───!」


 全身に鈍く重い痛みが走り、両手で身体を抱えた。と、ここで詩音は自分が上着を羽織っていない事に気付き、次いで部屋の壁に純白のロングコートが掛かっているのを発見した。


「無理しないで、今皆を呼んで来るから」


 クレハがそう言ったタイミングで丁度誰かが部屋の扉を叩いた。

 

「クレハ、声が聞こえたけど」


 どうしたの? と遠慮がちに扉を開けて入って来たのは綺麗なペールブルーの髪をしたアリスだった。


「やあ、アリス」


 痛みを堪えながら挨拶すると、途端にアリスは先程のクレハと同じような表情を浮かべる。


「シオンちゃん! 良かった、目が覚めたんだね」

「うん、まあ……。えーと、僕はどのくらい寝てたのかな?」

「丸二日だよ。急に倒れてビックリしたんだから」


 アリスの返答にそんなにか、と驚きながら詩音は内心で《HAL(ハル)》システムに何故倒れたのかを訊ねた。

 とは言っても、全身の鈍い痛みから何となく察しはついていた。


『A 精神への侵食を確認。スキル《竜王(ドラゴニック・)憑依(エンチャント)》の行使により、竜種の意思が干渉したと推察。並びに能力向上状態での戦闘で発生した負荷によるダメージも確認。尚、肉体的ダメージはスキル《超再生》により二日間で約九割が回復済みです』


 

 精神の侵食。意思の干渉。雪原の竜。分からない事だらけだと言うのに、詩音はその答えに妙に納得した。

 やはり得体の知れない世界の力は、どんな副作用があるか分からない。今後は使用を控えるべきかと思案していると、クレハが口を開いた。


「ボク、皆にシオンの事を伝えて来るね。手が空いた医者が居ないかも聞いてくる」


 早口でそう言って扉をくぐる背中に、


「医者の方は気にしなくていいよー」


 と呼び掛けたが、果たして聞こえていたか。


(《HAL》。回復するまで後どのくらい掛かる?)

『A 完全回復まで予定では、残り14400秒です』


 三時間強。それでこの鈍い痛みは消えるらしい。

 詩音は一度息を吐いてから部屋に残ったアリスに訊ねた。


「アリス、ここは何処?」

「ここはクレハの家の一室だよ。医療施設は鋼死病(こうしびょう)の患者で一杯だったから、病室代わりにここに運んだの」

「そっか。手間を掛けさせたね」

「ううん、そんなことないよ」


 詩音の言葉に青髪の少女は首を横に振る。


「あの後どうなったのか教えてくれる?」

「あ、うん。倒れたシオン君を此処に運んだ後で、里の南側に向かった兵士が、シオン君の言った通り拘束された(オーガ)を見つけたって報告が入ったの。何か糸みたいな物で縛られてて解けなかったから、結局その場で尋問したんだって」

「そっか。その辺の配慮してなかったな」


 一言ぼやいて、アリスに続きを話すように促す。


「私はまだちゃんと聞いていないんだけど、今回の鋼死病の蔓延はやっぱり(オーガ)の仕業だったんだって」

「あぁ、やっぱりか」

「その後は、負傷者の傷の手当とかがあった以外はこれと言って問題は無かったよ。シオン君が(オーガ)を追い払ってくれたお陰で今回の戦いで犠牲者は出なかったし」


 と、アリスがそこまで話してくれた時、


「おい!シオンが起きたってな!」


 でかい声と共に乱暴に扉が開き、派手な赤い髪をした火妖精(サラマンダー)のカインが入室してきた。

 鎧や刀は身に付けておらず、普段着らしき服装をしている。

 そして、カインの登場から数秒程遅れて、新たに三人の入室者が姿を現した。シャルロットとエリック、そしてシーナだ。

 そして、更に遅れて人を呼びに言っていたクレハも帰って来た。


「もう、カイン。怪我人の部屋なんだからもっと静かに入りなさいよ」


 シャルロットがカインの乱暴な入室を咎めると、それに続いてクレハも抗議する。


「そうだよ。それも女の子の病室なんだからさ。もっとその辺の事考えてよ」


 ──────ん?


「わ、悪いぃ」


 その他、三人の妖精達からも非難されたカインが慌てて謝罪する。しかし、詩音はその謝罪を殆ど聞いていなかった。

 そんな物はどうでもいい程の勘違いがこの場で起きている事に気が付いたからだ。

 

「あーと、ちょっといいですか皆さん」


 一同の視線が詩音に集まる。

 この手の勘違いには馴れている。


「僕、男なんだけど」


 全員が沈黙する。

 率直に述べた詩音の言葉は、かなりの時間を掛けて妖精達の脳裏に浸透して行った。


「へ………?男の子……?」

「え………?でも………え? その見た目で………………?」


 やがて、ぽつりぽつりと呆然とした声。各々が似たり寄ったりの言葉を譫言のように溢す。

 この反応もまた、慣れたもの。詩音が幾度と無く経験してきたものだ。


「ほ、本当に男の子なの?」


 困惑した声はアリスから。


「うん、良く間違われるけど生物学上は確かに男だよ、僕は」

 

 妖精達は未だに信じきれていない表情を浮かべている。

 と、そうこうしている内に妖精達が開けっ放しにしていた扉から更なる人物が入室してきた。

 漆黒の髪をした中性的な見た目の男性とパープルブラックのロングヘアーの小柄な女性、そしてその少し後に入って来た黒い髪を短く切った少女。アルト、エイリス夫妻とクレハの姉のキリハだ。


「おや、もう皆来ていたのか。押し掛けて悪いな、シオン君」

「目が覚めて良かったよ、シオン」

「おはよう、シオンさん」

「どうも、ご迷惑をお掛けしまして」


 三人はシオンの目覚めをクレハから使用人経由で伝えられたらしい。


「済まない。今は何処の医者も手一杯らしくて」

「大丈夫です。治癒能力がありますから、もう殆ど回復してます。あ、そう言えば、確かちゃんとした説明をする前に倒れてしまいましたね。丁度皆揃ってますし、この際に説明しても構いませんか?」

「ああ、君が大丈夫なら是非そうしてくれ」


 詩音は最初に感じた違和感から(オーガ)の思惑を察した事、(オーガ)の別動隊が奇襲を狙っていた事を話した。


「それなら何故その時に言ってくれなかった?分かっていれば、兵士の一部を回したのに」


 キリハが呟いた。その疑問は当然だ。

 詩音は軽く辺りを見渡してからその理由を述べた。


「実はあの場で話すのは不味い気がしたんだ」

「何故?」

「───この里に着く少し前、クレハ達を連れて飛んでいた途中からなんだか誰かにずっと見られている気がしてたんだ」


 その告白に全員が驚愕したように目を見開く。


「勿論、気のせいかも知れない。でも、どうしても無視出来なかった。理由としてはとても頼りないものだけど、もしそれが(オーガ)の偵察か何かだったら、作戦に気付かれた事を知った(オーガ)が別の行動に出るかも知れなかったから下手に言えなかったんだ」


 あまりにも曖昧な理由だと、詩音自身思う。ただの思い込みで済ませられる他愛ないものだ。しかし、


「今は大丈夫なのか?」


 アルトが口を開く。少し俯き、おとがいに指を当てて考え込む何処か女性的な少年を思わせるその面貌は真剣その物だった。 


「──今のところは何も。というか、皆と別れた辺りから、急にその感覚は消えてしまいました」

「そうか。もしかしたらそれは、何らかの監視魔術だったのかもしれないな」

「魔術?魔法では無くて?」


 詩音の疑問にはアルトの代わりに隣に立つエイリスが答えた。


「魔法と魔術は別物なの。共に《界意第二法則》と呼ばれる括りの中に当て嵌められる物ではあるのだけど、その性質には確かな差異が存在している。星の意識(アデス)に直接繋がる事で世界の法則その物に干渉するのが魔法。それに対して魔術は使用者が直接接続するんじゃ無くて特定の術式や道具、土地などを用いて関節的に星の意識に干渉する事で現象を起こす技術なの」

「えーと………良く解らないですけど、要するに理屈や性質が異なる訳ですか?」


 エイリスが頷き肯定の意を示すと、アルトが考察の続きを語り出す。


「魔術の中には他の生き物の視覚や聴覚に同調して、離れた場所の様子を知る事が出来る物がある。君が感じたのは恐らくその類いのものだろう」


 こんなファンタジー要素てんこ盛りの世界なら、そんな物もあるかも知れないと思っての警戒だったが、どうやら正しい判断だったらしい。


「だが、恐らくそれは(オーガ)の仕業では無いだろう。奴等は魔術が使える程賢くない。奴等に協力者が居る可能性ま無くは無いがかなり低いだろう。もしそうならもっと魔力的な援護が(オーガ)達にはあった筈だからな」


 と言うことは、第三者または第三勢力からの偵察、観察。

 だが、それは何を対象としたものか?

 この里か、もしくはクレハ達か、はたまた詩音個人を対象としたものだろうか?


「───今は考えても答えは出ないか」


 考える材料が足りないと、早々に詩音は保留を決めた。


「確かに、ここで仮説を立て続けても裏付けも立証も出来ないな」


 アルトやエイリス達も詩音と同じ結論に至ったらしい。


「取り合えず、説明はこれで終わりです」


 そう話しを終結させると、アルトは真っ直ぐに詩音を向き直ると、


「シオン君。またしても里を救って貰った事、感謝してもし足りない。本当にありがとう」


 そう言って、頭を下げた。


「ありがとう。シオンさん」


 続いてエイリスも優雅に腰を折る。

 キリハやクレハ、他の妖精達もそれに続く。


 何だか、この光景ももう見慣れたな等と思いながら、詩音は顔を上げてもらう。

 その後、少しばかり話しをした後で、


「シオンさんも目が覚めたばかりだし、これ以上居たら休めないわ」


 というエイリス族長夫人の気遣いの言葉で皆退室して行った。

 「何かあったら遠慮しないで呼んでね」、というクレハの言葉に礼と共に頷いて、一人になった部屋でパタンと上体を倒した。


「久しぶりだな、こんなに心配されたのは……………」


 誰にも聞こえないような、もしかしたら本人も気付かないような声で、そんな事を呟いた。 

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