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Tale:Dragon,tears    作者: 黒餡
三章 聖魔闘争都市《クロンヴァレン》〜囚われのフィーム・シュヴァリエ〜
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108話 嵐の予兆

 調査開始から三日が経過した。

 が、あいも変わらず進展は無いままに夜を迎え、四日目を目前としていた。

 

「ふぅ………」


 詩音の部屋で羊皮紙の束を凝視していたクレハは、小さく息を吐いた。


「根の詰め過ぎは良く無いよ」


 そんな言葉と共に詩音は紅茶の入ったカップをテーブルに差し出す。


「ありがとう。でも、シオンにだけは言われたく無いな」

「残念。僕にはそもそも詰め込める様な根性が無いから詰め過ぎる事なんて無いんだよ」

「何それ」


 クスりと笑いカップを受け取ったクレハから詩音は入れ替わる様に羊皮紙を取る。


「面倒な事件だよ、全く」

「だね。でも、シオンがこうして色々と纏めてくれるから、まだ解り易いよ。新しい情報なんかも仕入れてくれてるし」


 カップを傾け、そう語るクレハに詩音は苦笑っぽい微笑みを返す。


「新しいと言っても、真相に辿り着ける様な重要な事は何も掴めて無いけどね。それに、ミユが見付けてくれた物も混ざってる」


 それを聞いたクレハは視線を横へと流した。

 淡金の瞳が見据える先、部屋に備え付けられたベッドの上では人型を取ったミユが音を立てずに横たわっている。


「よく寝てる。ミユも頑張ってくれてるんだね」

「うん」

「ここ何日かはミユと全然喋れて無いや」

「昼間頑張ってる分、帰ると直ぐに寝ちゃうからね」

「そっか」


 短く零し、視線を戻すクレハ。


「それを飲み終えたら、今日はもう休みなよ。どうせ明日も朝から街中を練り歩くつもりでしょ」

「うん。そうするよ」


 ■


 紅茶を飲み終え、シオンの部屋を後にしたクレハは言われた通り自身の部屋に戻って休む事にした。


「はぁ………」


 シャワーを浴び、寝間着に着替えてベッドに入る。

 ベッドに身体が沈む。

 全身の力を抜けば、途端に眠気が襲って来た。

 自分で自覚している以上に疲れていた様だ。

 明日も忙しくなる。

 眠気に抗う事なく、クレハは瞼を閉じて意識を手放した。

 

『―――――――』

 

 ――――――――――――――おかしな感覚だった。

 

 意識は霞み、思考は朧気。

 身体が動く感覚を自覚する。

 自分の意思とは無関係にベッドから降り、寝間着を脱ぎ捨てる。

 服を着替える。

 黒統一の冒険服。

 毎朝、繰り返しやっている事を、無意識で行う。

 これは、夢だ。

 微睡みの意識の中でそう思った。

 不明瞭な思考のまま、身体は勝手に動き出した。

 部屋の扉を開け、廊下を抜け、階段を降りる。

 宿のロビーから正面玄関まで一直線に抜けて外に出れば、肌寒い風が肌を撫でる。


 寒い

 寒い

 寒い


 単純な気温の低下では無く、身体の内側から悪寒が這い出てくる感覚。

 予感がする。

 嫌な予感がする。

 けれど、眠ったままの意識を引き摺りながら、身体は夜中の街道を歩き続けた。

 幽鬼の様な足取りで、何処へ向かうかも分からずに。

 次第に大通りを外れ、裏路地へと迷い込む。

 昼間でも人気の無さそうな、誰もこの場の存在を知らなそうな陰湿な路地。

 そこで唐突に立ち止まる。

 ぼやけた視界に何かが見える。

 赤黒い何か。

 くすんだ嗅覚に刺激が走る。

 鉄と腐肉が混ざった何か。

 そこが終着なのか。

 身体は立ち止まったまま動かない。

 そして、唐突に、ぼやけた意識が覚醒した。

 深い眠りから無理矢理叩き起こされた様な不快感。

 起床直後のぼやけた五感は周囲の状況を中々把握させてくれない。

 

 一番最初に気付いたのは触覚。

 右の手に、いつの間にか何か持っている。

 腕を軽く上げ、視線を向ける。

 小さいながらも確かな重量感と冷たさを持つそれは、短剣だった。

 何の装飾も特徴も無い、無骨で大振りな短剣。

 その刀身は赤黒い液体を纏っており、垂れ流れたそれがクレハの手にまで伝う。


「――――――何、これ」


 未だにぼやけの抜けきらない頭で、必死に状況を理解しようとして、視線を前に向けた。



「――――――――ぇ」


 言葉が出なかった。

 眼前に広がる光景に理解が追いつかった。

 頭痛がする。

 余りにも唐突な事態。

 余りにも突然の情報に処理が追いつかない。

 

 其処には、血肉が広がっていた。

 其処には、死体が転がっていた。

 其処には、死が落ちていた。


「――――――ミ、ユ……………………?」


 ■


 扉を叩く音でカインは眠りの世界から意識を引き揚げた。

 

「……イン………カ……ン……」


――――なん、だ?


 無理矢理に起こした意識は、聴覚からの情報を曖昧に伝達してくる。

 目を開け、数秒の間を経て、漸く投げかけられる声を認識する。


「カイン、起きて。カイン」


 ノックと共に聞こえて来るのは、紛れもなくシオンの声。

 何事かとベッドから降りて声を上げる。


「今開ける」


 扉を開けると、やはり声の主はシオンに間違いは無く。

 こんな時間だと言うのに、何時もの白コート姿で蒼い瞳を向けてくる。

 そして、その背後には意外な事に他の妖精達も勢ぞろいで立っていた。

 ただ一人、クレハだけは姿が見えない。

 眼の前の面子も簡素な服装である辺り、寝ている所を今の自分の様に叩き起こされたのだろう。

 いったい今何時だと思っている、と普通なら苦言の一つでも零したくなる状況。

 だが、シオンが大した理由も無くこんな事をする人物で無い事位は分かっている。

 にも関わらずこうして扉を叩いたのは、尋常では無い事態が起こっていると言う事だ。


「どうした。何があった?」

「ミユとクレハが居なくなった」


 口走る問いにエリックが答えた。


「何っ? どう言う事だ」

「最初は僕の部屋で寝ていたミユが、少し目を離した隙に居なくなったんだ。クレハの所に行ったのかと思って部屋に行っても何の返事も無くて。中に入ったら誰も居なかった」


 簡潔なシオンの説明に嫌でも状況を理解するカイン。


「二人共、他の誰の所にも、って言うか、この宿の何処にも居ないみたいなんだ」

「まさか、外に?」

「多分。カイン、悪いけど直ぐに出れる?」

「あぁ、勿論だ。直ぐに探しに行くぞ」


  ■


 夜の街。

 氷輪に照らされた寒々しい景観。

 人の営みが成りを潜める静寂の中を詩音達は慌ただしく走り回る。


「くそっ。二人は何処行ったんだっ?」


 脚を止める事無くカインがぼやく。


「今、夜の街を出歩くのが危険だって事はクレハも解ってる筈。なのにどうして………?」

「事件について、何か重大な事に気づいて調べに行ったとか? で、調べ終わったらミユの能力で帰ってくるつもりで………いや、それなら置手紙の一つでもあるか」


 シーナの疑問に答えながらも、直ぐに撤回するシャルロット。


「そもそも、ミユとクレハが一緒に居るとは限らない。二人が居なくなった理由、それが共通の物だって言う確証が無い」


 周囲に視線を配りながらエリックはそう告げる。


「手分けして探しましょう。単独行動は危険だから、取り敢えず二手に別れて」


 アリスがそう提案したのと同時に、先頭を走っていた詩音が脚を止めた。

 同じ様に、全員が立ち止まる。


「シオン、どうした?」

「……………」


 カインの問いに応じる事は無く。

 詩音は大通りから横に伸びる横道の方を無言のまま見据える。


「シオン、君?」

「――――こっちだ」


 今度はアリスが名を呼ぶと、詩音は短く零しながら再び走り出した。


「お、おい!」

「シオン!?」


 口々に零しながら、他の者もその後に続く。

 建物同士の間を伸びる狭い路地には月の光は届かず、より一層濃い闇が広がっている。

 ゴミが散乱するその場所を、詩音はまるで昼間と何ら変わらないと言った勢いで走り抜け、その後方を妖精達は少しばかり苦労しながら着いて行く。

 

 暗く、狭く、細く。

 

 奥に行けば行くほど闇が濃くなる細い道を左曲がり、左に折れ、小さな階段を下り、或いは折れ。

 大通りからかなり離れた深部にまで潜った所で、全員が脚を止めた。

 

 そこは、開けた場所だった。

 通路の突き当り。

 これ以上先の無い袋路地。

 周囲には何かの資材らしき木材が幾らか積まれている。

 そして、そんな場所の中央に彼女達は居た。

 暗闇に融け込む様な黒統一の服。

 夜空と同じ色の長い髪。

 右手に、赤黒い液体で濡れた短剣を握る少女は紛れも無いクレハだった。

 そして、その脚元。

 

 黒と白の髪。

 獣の耳と尾。

 小さな体躯。


 お気に入りの紅白の服を黒赤に染め、力無く地面に転がる幼い身体。

 暗く寒々しい雰囲気のこの場で、殊更に悪寒を呼び起こす有様の少女。


「―――――ミ、ユ」


 詩音の闇に消え入りそうなその声で、クレハがゆっくんと此方を振り返る。

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