107話 調査
聖騎士から王都で起こる連続殺害事件調査の依頼を受けた翌日。
一同は早速行動を開始した。
が、これと言って新たな発見や犯人の手掛かりは掴めていないのが現状だ。
太陽が南中を越えた昼下り。
一同は現時点での調査結果を持ち寄り、一時宿のカインの部屋へと集まった。
「収穫無し〜」
備え付けのソファーに腰掛けたシャルロットは、そのままテーブルへと身を突っ伏した。
「此方も駄目。四件目の事件現場とその周辺でも聞き込みしたけど、これと言って目新しい情報は得られなかったわ」
向かい側に座るシーナはそう言って、既に何度も目を通した聖騎士の調査報告書をテーブルに投げ置いた。
「クレハの方は?」
「右に同じ。六件目の現場を当たったけど成果無しだったよ」
現状、シャルロットとエリック、シーナとカイン、そしてクレハとアリスの三手に別れて調査をしているが結果はこの通りだ。
一同が肩を落としていると、
「ただいまー」
声と共に部屋の扉が空き、フードを目深に被った詩音が姿を現した。
一同の「お帰り」の唱和を受け、部屋へと入る。
「シオンの方はどうだった?」
クレハの質問に素顔を隠すフードを取りながら詩音は応じる。
「残念、これと言った成果無しだったよ。…………その様子じゃ、皆の方も似たような感じみたいだね」
「シオンも駄目かぁ……」
「期待に添えず申し訳ない」
ぼやくシャルロットに、冗談っぽい声音でそう返す。
と、資料の束片手にシーナが口を開く。
「三から六件目は特に手がかり無しって訳ね。残るは一軒目と二軒目、七、八件目か。まだ日も高いし、当たってみましょう」
「そうだね。それじゃ、早速行こっか」
クレハの言葉に全員が応じて腰を上げる。
と、不意にアリスが詩音の方を見て言った。
「そう言えばシオン君。ミユちゃんは?」
「あぁ、少し疲れちゃったみたいで僕の部屋でお昼寝中」
「ありゃ、置いて行って大丈夫?」
シャルの問いかけに「大丈夫大丈夫」と答えながら詩音は再びフードを目深に被った。
「かなりぐっすり寝てるから、ニ、三時間は起きないよ」
それを聞いたクレハが、
「そっか。じゃあシオンは一件目の現場をお願いできる? 此処から一番近いからミユが起きるまでに帰ってこれるかもだし」
と提案してきた。
「ありがとう。そうさせて貰うよ」
「よし、そんじゃ行くとするか」
カインの号令で一同は揃って部屋を後にした。
■
シオンが一件目、エリックとシャルロットが二軒目、カインとシーナが七軒目をそれぞれ担当し、アリスとクレハは残る現場を訪れていた。
王都の西区。
寂れた酒屋の裏。
真っ当な生活をしていればまず訪れないであろう裏路地が八人目の犠牲者が発見された殺害の舞台。
昼間だと言うのに暗く陰湿な雰囲気の漂うこの場は一番新しい現場なだけあり、他の現場より多くの人員が配備されていた。
目隠しの布で塞がれた通路の前には統一された鎧と装備を身に着けた騎士がニ名。
双方共にフルフェイスタイプの兜を装着しており、その素顔を覗う事は出来ない。
「そこの二人、止まりなさい」
右側の騎士がはきはきした口調で制止を掛けて来た。
「ここは現在一般人の立ち入りを禁止している。悪いがお引取り願う」
それに対して、クレハとアリスは、
「特務機関《|十三の円盾》関係の者です」
と言ってある物を取り出し、騎士へと見せた。
それは小さな懐中時計。
細いチェーンが繋がれた鈍い金地のそれには十三枚の円盾が六芒星を囲んだ装飾が掘られている。
これは、依頼を受けた日にミユを除く全員が聖騎士から渡された物。
一種の身分証明書の様な物で、十三の円盾或いはそれに連なる直属の関係者である事を示す物だ。
冒険者に円盾が協力を要請した事を騎士に通達する訳にはいかないが、部外者としてでは調査も困難だろうと一時的に貸し出された。
それを見た途端に騎士二人は揃って背筋を伸ばして居住まいを正す。
「し、失礼しました!」
「ご苦労様であります!」
「この件、円盾でも調査したいのですが、通して頂けますか?」
アリスが尋ねると騎士達は「勿論であります!」と左右に割れ、目隠しの布を開けた。
二人の反応を見るに、騎士と十三の円盾の上下関係は話に聞く以上に厳しく、圧倒的な物の様だ。
二人に軽く礼を言って、アリスとクレハは現場へと入った。
中は騎士団関係の人間が右往左往しており、その隙間から血溜りの跡であろう赤黒い染みの残る地面が見える。
先の騎士達と同じ様に現場の者に追い出されそうになる二人だったが懐中時計を見せれば、これまた先の騎士達と同じ態度と返事を返してきた。
その後、貸し与えられた聖騎士権限で現状分かっている事を現場の者から聞き出しながらアリスとクレハは自分たちでも現場を調べた。
◆
「結局、こっちでも進展なしかぁ」
街道を宿に向けて歩きながら、クレハは肩を落とす。
最早空は冷たい黒に塗りつぶされ、家々の灯りが星月の光を掻き消して街を照らす。
「やっぱり、シオンに別に回って貰ったのは失敗だったかなぁ。新し目の現場だから一緒に来て貰うべきだったかも。シオンだったらボク等じゃ見落とす様な事にも気づくだろうし」
「でも、古めの現場の方こそシオン君の観察力が必要になるかもだよ」
「うん。まあ、また今度一緒に来ればいっか」
「…そうだね」
クレハは視線だけを一度アリスの方に向け、再び前を見ながら口を開いた。
「ねえ、アリス。シオンと何かあった?」
「え?」
「アリスだけじゃない、他の皆も。最近、シオンに対して少し、変っていうか……今までと何かが違う様な気がする。何が、って聞かれたら答えられないけど……」
「そんなこと………」
指摘に否定を返すアリス。
だが、その声音は何処となく自信の欠けた物。
「シオンの方も。何だかボク達の事避けてる様な気がする」
「え……」
その言葉に小さく驚きの声を零す。
自分達が避けられているなど、先の指摘以上に覚えの無い事だ。
自分達とシオンが互いに避け合っている?
確かに、言われてみれば組み分けの関係でシオンは単独で調査をしている。
別に一組位三人になっても全く問題はない筈だ。
いや、むしろ普段の自分達ならば進んでそうしよとしていただろう。
だと言うのに今回は、シオンの単独調査に対して今の今まで何も疑問を抱いてはいなかった。
それは、何故だ?
―――まさか、安心していた? シオン君と離れる事に………
ふと、浮かんだ答えに「何を馬鹿な」と内心で否定する。
何に対して安心したと言うのか。
そもそも、シオンと共にいて不安に思う要素など何も無い筈だ。
しかし、それなら何故?
「なんてね」
アリスの思考がループしそうになった時、クレハが再びくちを開く。
「根拠とかは全然ないんだ。ボクはシオンみたいに眼が良い訳じゃないから、全部ただの勘違いだよね?」
「…………」
勘違い?
果たしてそうか?
少なくともアリスは普段の自分達らしからぬ判断を下し、それになんの疑問も違和感も感じずにいた。
ただ気づかなかっただけなのか?
それとも………
意図して気づこうとしなかった?
違和感が思考を回す。
様々な疑問、幾つもの《何故》が頭を過る。
だが、
「アリス?」
クレハが此方を覗き込んでくる。
その淡い金の瞳は真っ直ぐにアリスの眼を見据えている。
その瞳を見ていると、体が、意識が、思考が吸い込まれる様な感覚に見舞われた。
深く、深く。
黒く、黒く。
自分以外の何かに包まれ、染められ、自分の思考が消えていく様な…………………
「……アリス?」
二度、名を呼ばれ我に返る。
「どうしたの?」
「………なんでもないよ。うん、きっとクレハの気のせいだよ。シオン君とは別に何かあったわけじゃないし」
「そっか。そうだよね」
そう、はにかむクレハ。
どこまでも純粋で、どこまでも純朴な笑み。
それを見るアリスの中には、もはや先ほどまでの疑問や違和感は存在していなかった。