106話 騎士の依頼
騎士たちに連れられてクレハ達が案内されたのは王都の中心区近くに建つ白亜の建物。
大理石で造られたそれは、王都を巡回する騎士達が駐屯所として使う物らしい。
意外だったのは、騎士達は詩音とミユにも同行する様にと言って来た事だ。
その言葉に従い人型状態のミユを抱えて着いてきた詩音も扉を潜る。
建物の内部に人の姿は無い。
駐屯所ならば本来なら騎士の一人や二人が常駐していそうな物だが、事前に人払いが済ましてあるのだろう。
「此方へ」
黒銀の騎士の案内で通されたのは、建物の一番奥に位置する一室。
長机と椅子が並ぶそこはどうやら会議室として使われる部屋の様だ。
入室そうそうに一同は、上質な革貼りの椅子に座るように促された。
長テーブルの片側に七人全員が並んで座ると、反対側に騎士達は腰掛けた。
その直後、会議室の扉が開き、建物内に残っていたのか給仕服に身を包んだ女性が入ってきて、てきぱきとした動作で全員分のカップに紅茶を注ぐ。
全員にカップが行き渡ると女性は一礼をして退出する。
「この様な場所でのお話となり申し訳ありません。此方としては、余り公にしたくは無いのもので」
宿の時と同じ配列で中央に座る濡羽色の髪の騎士は最初にそう感謝の言葉を述べた。
「いえいえ。それで、お話というのは?」
早々にクレハは本題に入るように促す。
それは、共に座るアリス達の警戒の念を察しての発言か。
「はは、せっかちだな」
「デンバット」
軽口を叩くデンバットを制すユウカ。
そして、気を取り直す様に一拍空けて言った。
「皆様には依頼を受けて頂きたくお声掛けしました」
それを聞いた瞬間、妖精達は皆一様に訝しむ様な表情を見せた。
「そう警戒しないでいただきたい」
クレハ達の内心を察したユウカは再び笑みを浮かべる。
「疑問に思う事もあるでしょうが、どうか依頼の内容だけでも聞いて頂きたい。質問や受諾の否応はその後に」
その言葉に妖精達は互いに僅かな目配りを交わしてから傾聴の姿勢を取り直す。
それを確認したユウカは一拍の間を置いてから「では」と言葉を紡ぐ。
「依頼内容について説明を。ラギエル卿」
ユウカに指名され、赤黒の騎士、ラギエルはマントの内側から何かを取り出した。
それは何の変哲も無い茶封筒。
「こちらをご覧ください」」
紐を解き、開封したそれから幾枚かの羊皮紙の束を取り出し、妖精達の前に差し出した。
人数分用意されたそれを各々手に取る。
「これはここ数日王都で起きている連続殺人事件に関する物です」
「えっ!」
ラギエルの言葉に思わず声を上げたクレハは次いで記された内容に目を向けた。
アリス達も同様に書類に視線を落し、詩音も目を通す。
書類には八名の女性の人物の名前や年齢、職業等の簡単な概要が記載されていた。
そして全員が殺害されていると言う主旨の文言も。
「連続殺害って………」
アリスの口から驚愕の言葉が溢れる。
それは、他の妖精達の内心を代弁してもいた。
「そして、此方が」
そう言ってラギエルは再び、今度は先程よりも二周り程小さな封筒を取り出す。
「被害者の発見時の状態を記録した写真になります。少々刺激の強い物になりますが、ご覧になられますか?」
妖精達が迷わず頷くと、ラギエルは封を開けて中の写真を見せた。
詩音もそれに続いて写真を覗く。
――――へぇ……これはこれは
写された光景は、中々に衝撃的な物だ。
書類に書き連ねられていた通り、被害者は全員女性。
そして、皆一様に鋭利な刃物により首筋を深く切り裂かれて亡くなっていた。
しかし、何よりも注目すべきは遺体の胴体部分。
乱暴に衣服を破かれ、晒された胴体、その腹部が深々と切り裂かれていた。
その傷は内臓まで到達している事が写真でも分かる程に盛大なもので、写真によっては骨や残った内臓が見て取れる。
「今回の事件。犯行は全て夜間に行われており、その最たる特徴は、被害者の女性全員が内臓の一部を持ち去られていると言う事です」
全員が遺体腹部の傷に注目した事を察したらしく、ラギエルがそう付け加えた。
その言葉と、写真に写し取られた様に皆が一様に眉間に皺を寄せ、表情を曇らせる。
―――――随分盛大にやってるなぁ。回りくどいと言うか何と言うか………
唯一詩音だけは、これと言った表情の変化を見せる事なく、差し出された写真を眺めいると、ユウカが口を開いた。
「この事件の犯人の捜索に協力して頂きたい。それが、今回の我々からの依頼です」
■
「こんな事が起きてたなんて………」
書類と写真に一通り目を通した後、クレハは呟く様に零した。
「ご存知無いのは当然です。この件に関しては騎士団の方で情報統制を取り、公には秘匿している状態です」
ユウカは静かに告げる。
それに対して口を開いたのはシーナだった。
「質問、いいかしら?」
「えぇ、我々に答えられる事であれば」
そう応じたユウカを翠玉色の瞳で真っ直ぐに見据えるシーナ。
「組合じゃなく聖騎士が態々出向いて来たって事はこの依頼、普段の国から来る物とは別扱いって事よね。依頼元は一体何処な訳?」
「騎士です」
シーナの問いにラギエルが短く答えた。
そして、その言葉に続く形でユウカが口を開く。
「仰る通り、今回の件は通常の国家からの直接依頼では無く、我々王立特務機関から皆様に対しての依頼という形になります」
「そうする理由は?」
続け様にシーナの質問を重ねる。
―――――まぁ、大方この手の組織に有りがちな士気と面子の問題って奴だろうな
数秒間黙り込んでからユウカはその問いに応じた。
「皆様ご存じかと思いますが、騎士と冒険者の関係は、お世辞にも良いと言える物ではありません。身内の恥を晒す様ですが、この街に於いて騎士と冒険者との間で起こる委細巨細、その大半は騎士に対する冒険者への忌避感に端を発する物なのです」
―――――やけに、あっけらかんと答えるなぁ
自らの属する組織の汚点を暴露しておきながら、語るユウカの表情、声音は至って平静だった。
それは、左右のニ騎士も変わらず。
「なるほど」
そして、そんな騎士の話にエリックは何やら合点がいったようで呟いた。
「冒険者に対して良い感情を抱いていない騎士側からすれば、その冒険者に事件調査の協力を依頼すると言うのは、気分の良い話じゃ無い。この街で起きた事件への対処は騎士の仕事だと、普段から冒険者の介入に難色を示してるのだから尚更、と言う事ですね」
エリックの言うとおり、騎士は王都内やその周辺で起きた問題に対する対処も主任務としている。
その為、王都の組合に上がる冒険者への依頼はその多くが個人レベルの採取依頼や他の街へ行く際の護衛などに限られている。
王都周辺の賊や魔物の討伐などは専ら騎士の役目なのだ。
「仰る通り。騎士団全体の士気にも影響します。先程の情報統制も、表向きは住民に過度な不安を抱かせない様に、と言う理由ですが、実際はそれだけではありません」
「冒険者に介入される事を嫌って、か」
カインが溢したその言葉にユウカは小さく頷く。
「故に、こうして皆様に依頼させて頂くというのも、我々、《十三の円盾の独断であり、他騎士団員には伝えていません」
「何故、そこまでして私達に依頼を?」
エリックの言葉を肯定したユウカに、今度はアリスが訪ねた。
再び、ユウカは数拍の間を取ってから応じる。
「現在、十八名の騎士が殺害されています」
その回答に、妖精達は再び目を見開く。
「無論こちらも現在では伏せられている情報です」
「…………その騎士達は、全員この事件の犯人に?」
クレハの問いに応じたのはデンバットだった。
「俺達はそう考えてるぜ。全員がこの件の調査中、或いはそれに備えた夜間巡回中に襲撃を受けてる。その手口も他被害者のと同様に刃物による斬殺だ。中身も同じく抜かれてる」
そう言って手近な被害者の写真を手に取る。
詩音も手近な写真と書類を手繰り寄せ、それらを見やる。
「なんだか、随分と猟奇的な事件ね」
溜息を零しながらシーナはそう呟き、手にした書類をテーブルに置いた。
その呟きにユウカは真剣な面持ちで頷く。
「はい。犯人はかなりの手練れと思われます。恐らく、末端の騎士のみで犯人を取り押さえるのは難しく。しかし、《十三の円卓》だけでははっきり言って人手が足りません。だからこそ、こうして皆様に此処にお越し頂いた所存です」
「そう………。でも、どうして私達なの?」
「先もお伝えした通り、皆様の武勇は我々騎士の耳にも届いています。そして、これも先程申し上げた事ですが、その他実際の活動とかその成果に付いても、我々なりに調べさせて頂きました。これは、それらを総合して考えた結果です。今一度お願いします。どうかこの事件の調査に、ご協力していただけないでしょうか」
真っ直ぐに、黒曜の様な瞳を正面のクレハへと向けながら、ユウカは語る。
それを金色の瞳で受け止めた、クレハは次いで視線を妖精達、そして詩音へと向ける。
クレハを少しでも知る者ならば、その視線の意味は容易く理解できる。
彼女がこんな事態が起きていると知って、それを無視できる筈が無い。
アリス、シャルロット、シーナ、エリック、そしてカイン。
五人の妖精達は何を言うでも無くクレハに首肯を返す。
それを受けたクレハは今一度眼前の騎士達へと視線を向けて、凛とした声で告げた。
「分かりました。その依頼、受諾します」
その返答を受けたユウカは、その美豹に小さく笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。皆様のその清廉なる心に、最上の敬意と感謝を」
■
こうしてクレハ達は、聖騎士団 《|十三の円卓》と共にこの王都で起きている凄惨な事件を解決する事となった。
とは言え、先程も言ったが騎士団、それも上位組織たる十三の円盾に属する聖騎士が冒険者であるクレハ達と接触している事実は、他の騎士達には秘匿される。
その為、クレハ達と十三の円盾はそれぞれが別れて事件の捜索を行い、定期的に情報の交換を行うと言う態勢を取る事となった。
騎士側が提示した報酬はかなりの額で、それに加えて捜索に掛かる費用の全負担や立ち入りに制限の掛かる騎士用の施設の一部使用許可など、直接行動を共に出来ない分、様々な面での支援を約束してくれた。
一刻も早く事件を解決する為に、クレハ達も全力を尽くすと約束し、この日は解散となった。
そして、騎士達との別れの際。
踵を返し、立ち去るクレハ達から外れ、詩音は一人、騎士ユウカへと歩み寄った。
「如何致しました?」
丁寧な口調で訊ねて来るユウカに、詩音は目深かに被ったフードの下から訪ねた。
「何故、自分はこの対談に呼ばれたのでしょう? 自分は一介の水晶級冒険者。彼女らと共に評価される様な者では無い筈ですが」
宿で場所を変える様に言われた時、この騎士達は態々詩音も、共に来る様にと言って来た。
クレハ達の様な金剛級冒険者でも無く、これと言って活躍もしていない詩音に対して、態々だ。
そして、着いてきてみれば案の定、一連の対話の中で客観的に言って詩音に存在理由は無かった。
この場に居る必要は無かった。
これが秘匿された依頼である以上、外部への漏洩を危惧するならば、関係者は厳選し、不要な者は立ち入らせるべきでは無い。
にも関わらず、騎士達が詩音をこの場に出席させた理由は――――――――
「我々は階級や肩書きで相手を判断しはしません。ただ貴女方の協力が必要だと判断した。それだけの事です」
濡羽色の髪をした騎士は最後の一言を静かに、丁寧に、簡潔に、そう答えた。
「そう、ですか」
「他に質問は?」
「いいえ。それでは、失礼します」
そう言って、詩音は踵を返して、先に行った妖精達の後を追った。