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Tale:Dragon,tears    作者: 黒餡
三章 聖魔闘争都市《クロンヴァレン》〜囚われのフィーム・シュヴァリエ〜
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104話 世界を読むモノ

 黒化した森が、本来の姿を取り戻して行く。

 魔蟲の掛けた呪いから解き放たれた、命の色が再び世界に広がる。

 魔蟲は跡形も無く消えた。

 その痕跡すらも残さず、この世界から消え失せた。

 

《束縛式・形縛る礎の鎖(ラゴウ)

《崩壊式・天燃す星の夢火(デューセ)


 双方とも、僅か二節。

 極短い言の葉。

 だが、そこに宿った力は強大極まりない物だった。

 概念の付与と崩壊。

 それは現代で扱われる魔法や魔術よりも遥かに高次の力。

 確かに、現存する第二法則に部類される物の中には超常的な事象を引き起こす物も多々ある。


 だがそれらは所詮、そう為るに足る理由や法則に添って行使されている。

 敵を焼き尽くす魔法は、魔力を着火剤として周囲の酸素や物を燃焼させているに過ぎず、岩を容易く砕く魔術は、変質させた魔力をぶつけているに過ぎない。

 酸素や何かを燃焼させるから炎が燃える。

 何かをぶつけるから岩が砕ける。

 何方もが、世界に元から在った法則や性質を魔力というあらゆる存在の可能性を内包した物を使って適用しているだけの物。

 

 しかし、先程クリスが用いたのは、それらとは根本的に異なる力だ。

 既存の魔法が魔力を火種に炎を起こし、対象を燃やすのであれば、クリスが用いたのは 《対象その物を炎へと書き換える》異能。

 既存の魔術が魔力をぶつけて岩を砕くなら、クリスが用いたのは対象その物を 《最初から砕けた状態で存在していた事にする》異能。

 《世界視の瞳(アストラル・サイト)》によって、本来魔法や魔術として完成するまで、その詳細を把握出来ない筈の魔力を《視る》事が出来た詩音には、それらがどれ程異常な物なのか、どれ程規格外な物なのかが否が応にも理解出来てしまった。

 現代の物よりも遥か高次の法則。

 嘗ては神代にて振るわれ、既に失伝したとされる最高位魔法。

 それが、今しがた起きた現象の正体だ。

 ならば、それを行使して尚、疲弊の様子を微塵も見せないこの魔女は、最早疑う余地も無く―――――


 ■


 黒化が解けた森。

 その中、魔蟲が存在していた場所にクリスと詩音は降り立った。

 白黒の魔女は次に何をするつもりなのかと、詩音はその行動に眼を光らせる。

 クリスは適当な場所を見定めると、膝を着いて掌を地面に当てた。

 触れた掌から魔力が地面に流れ込む。

 次の瞬間、土が独りでに盛り上がり、詩音の腰の高さ程度の十字を形創る。

 ただの土塊だったそれは、軈て硬質な岩石へと変わり、確りとした質感の十字架が完成した。

 それは紛れもなく墓標だった。

 そして、何に対しての物かは明白だ。

 概念その物を壊し尽くし、消滅した魔蟲を、ひいては詩音が葬った黒き獣、アディスを弔う墓場。

 墓石を拵えたクリスはその造形を一望した後で、軽く指を鳴らした。

 何度目ともなるその所作で呼び出したのは純白の花束だった。

 それをそっと、十字架の下に添えるとクリスは満足した様な表情で一歩下がった。


「随分と手厚く弔うね」


 傍らに立ち、詩音はそう言った。

 視線を向ける事無く。

 クリスは軽やかな口調でそう返してきた。


「これは、君の中のシグリウスを覚醒させてくれた。それによって、今まで停滞していたこの物語が、漸く動き出したんだ。それ程の働きをした役者をそのまま消え去りさせはしないよ」


 停滞していた物語。

 魔女の言うそれが、何を示すのかは解らない。

 だがその言葉で、詩音はずっとこの魔女に対して抱いていた疑念の一つに合点がいった。


「あぁ、そうか…………。そうか、そう言う事か」


 納得の言葉を零すと、漸くクリスが視線を此方に向けた。


「何が、『そう言う事』なんだい?」


 訊ねて来るクリス。

 そのニ色(ふたいろ)の瞳を真っ直ぐに見据え返しながら、詩音は自身の胸の内で得た答えを述べた。


「君は自分の事を原初の魔女、始まりの魔術師とも呼ばれるモノと言っていた。―――――けど、違う」

「違う? じゃあ、君は(ぼく)をナニと見定めたのかな?」

 

 問い掛けて来る白黒(モノクロ)の瞳。

 その奥に視える(感情)と、端正な顔に貼り付けられた笑み。  

 自然に見えて、根本の部分で歪に乖離したそれらこそが詩音が初めて眼にした時から抱いていた疑念の発端だ。


「君はそうやって笑っていても、今この現状に愉悦を見出してはいない。僕等と会話していても、僕等と同じ視点で話してはいない。最初は、その馬鹿げた不死性から来る他者に対する隔たりや物事に対する余裕かとも考えたけど、何かが違うとも思えた。

 そして、さっきの『物語』って言葉で漸く合点がいったよ」

「…………………」

「――――――クリストス・キスキルキナ。君は、《閲覧者》だね」


 そうだ。

 初めから、この魔女は詩音達と同じ場所に居はしなかった。

 紡ぐ言葉。

 見せる表情。

 返す反応。

 不自然過ぎる程に自然だったそれ等。

 クリスが詩音に見せたそのどれもが、決して同じ視点から発せられたモノでは無かった。

 愉悦を感じながら、心は此処に無く。

 会話しながらも、対話はしてない。

 それが意味するのは彼の魔女の本質が、酷く客観的で超越者的な物であるという事実。

 眼前で起こっている事。

 手に触れている物。

 耳に入っている声。

 その全てが、クリスには遥か遠く、自身とは掛け離れた何処かで起きている物に感じられているのだろう。

 開いた書物に刻まれた物語をただ読み進めているかの様に。

 それが詩音がクリスに視た言動と感情の乖離の正体。

 クリスに感じた異質さの答えだ。

 故に、閲覧者。

 世界の営みより外れた、完全な外部から世界を眺める超越者。


「―――――あぁ、やっぱり、君を選んで良かった」


 僅かな沈黙の後、クリスは満面の、しかし何かを含んだ笑みでそう呟いた。

 そうだ、この笑みだ。

 対面してから数度視たこの、湧き上がる巨大な感情を抑え込み、それでも尚隠し切れずに零れ出た様な笑み。

 満面でありながら何処か儚くもあるこの表情の時だけは、魔女の内側と外側は一致していた。

 

「そうとも。その通りだとも。この世界の森羅万象、ありとあらゆる輪から外れたモノ。この星の生命とは異なる視点で世界を眺める観測器官。

 それが(ぼく)だ。」

「……………………」

(ぼく)にはこの世界で起こる全ての現象、あらゆる情景がただの紋様にしか視えない。それこそ、紙に描かれた絵画、書物に綴られた文字列のようにしかね」


 寂しそうに、切なそうに、そう語る白黒(モノクロ)の魔女はやはり笑みを浮かべている。

 物哀しさを隠そうとしている訳でも、抑えつけようとしている訳でも無い。

 ただ心底から、そんな自身の現状を愉しんで嗤っている。

 そんな表情だ。

 それで詩音は確信した。

 この少女の型をした化物とは、絶対に相容れない、と。

 詩音に限らず、この世界のありとあらゆる生命とは根本的に理解し合えない存在だ、と。

 そんな化物に対して詩音は、吐き気を催す程の嫌悪感と忌避感、そして殺してしまいたい程の憐憫の情を抱いてしまう。

 だが、そんな詩音の内心など知りもしない、知る気も無いであろうクリスは、歌う様に言葉を紡ぎ続ける。


(ぼく)にとってこの世の全ては本の中の物語に過ぎない。勇ましい冒険譚に興奮したり、楽しい喜劇に他の役者と共に笑声を上げはすれど、所詮は読み手。決して当事者にはなれない。ただ閲覧(見る)だけ。

 本来なら、こうして役者の前に姿を現したりもしないんだ。何時だって輪の外から、気付かれない程度に物語を操作するだけだった」


 遠い過去を思い返す様に空を見上げながら、怪物は語る。


「今までなら、君をこの世界に引っ張り込んだ後も、時々影から手を貸す程度で、基本的には姿を見せたり、直接物語に介入したりはしないんだよ」

「その割には、今思いっきり介入してるよね。なんで?」

 

 尋ねるとクリスは、仰ぎ見ていた視線を詩音の方へと移す。

 

「さっきも言ったでしょう。君が(ぼく)の好みだからって。外見(見た目)だけじゃ無い。君のその在り方の全てに(ぼく)は好意を抱く。男性でありながら女性さながらの容姿、死を贈るモノでありながら他者の生を望む精神性。歪なまでに真っ直ぐで、慈愛に満ちた残忍さを宿す君が、(ぼく)には酷く愛らしく思えるんだ」


 クリスは流れる様詩音へと歩み寄る。

 一歩、二歩、と二人の距離は一気に縮まり、互いの身体同士が触れ合う間際にまで近づいた。  

 そして、クリスの両の手が優しく詩音の頬に掛かる。


「君という矛盾が、酷く愛おしいんだ。その身体を愛撫して、その心の全てを自分の物にしたい程に」


 頬に触れたまま、親指で詩音の唇を撫でる。

 その指は割れ物を扱うかの様に優し気で、二色の瞳は熱に冒されたかの様に真っ直ぐで。

 

「なら、どうしてそうしない?」


 白黒(モノクロ)の瞳を蒼色の瞳で見返す。

 詩音を己の庭に繋ぎ止め、その中で好き勝手に翫ぶ事を何故しない。


「本当に解らないかい?」


 質問に、質問で返された。 

 解らない、訳では無い。

 この化物が、他者に遠慮して自身の欲望を抑え込むなどするタイプには視えない。

 それでも、その欲を実行しない理由など一つしか有り得ない。


「そうしない方が、君にとって好都合だから?」

「大正解」


 軽やかな口調でそう言って、クリスは両の手を離す。


(ぼく)は君の精神性から来る行動も好いている。君を自分で愛でるって言うのにも、とっても唆られるけど、やっぱり(ぼく)は君が自分で考える姿、笑う姿、悩む姿に傷付く姿を、君のあらゆる様を見たいんだ。籠の中の君を可愛がるのはそれらに飽きてからでも遅く無い。だから、今は君の邪魔になる様な事はしない。早い話が、(ぼく)は君という登場人物とそれが紡ぐ物語の虜なんだよ」


 踊るように、その場でくるりと周り、芝居がかった動きでそう言い切った。

 その様に何処までも、この魔女は何処までも世界の輪から外れた存在なのだと詩音は再認した。 

 こうして実際に触れて、語りかけておきながら、クリスは詩音と共には居ない。

 当事者になりながらも、本質的には第三者にしかなれない。

 それがこの魔女の業。

 何とも身勝手で、何とも利己的で、そして何とも哀れな存在だ。

 それを理解し、前にしながら詩音は告げる。


「僕は、君がどうしょうもなく苦手だよ」


 それを訊いたクリスはもう一度、満面の笑みを浮かべた。


 ■


「そうか。やはり、これと言って目ぼしい物は無かったか」

「ああ、同行した騎士ニ名からも、変わった物は無かったと報告があった」


 銀鎧に全身を覆った騎士の、簡潔な報告に男は短く息を吐く。


「追加の贄を獲れるやもと思ったがな」

「物事はそう思い通りにはならないと言う事ね」


 そうぼやく男の隣から女の声がする。

 女は黒染めのローブで全身を覆っており、容姿は勿論、声以外ではその性別すら判別出来なかった事だろう。


「そうだな。お前の様に興味本位で研究成果を持ち出す者も居る。自軍でもその様ならば外での出来事に期待する方が愚かと言う事か」

「あら、ごめんあそばせ。私、自分の研究の成果は自分で確かめたい質なの。剣を振るって壊すしか能の無い騎士殿と違って、此方は学者なもので」


 銀騎士が冷たい口調で放った言葉を、ローブの女はあからさまな皮肉を返す。

 

「ふん。まぁ良い。元よりそれ程期待はしていない。無かったとなれば、当初の計画通りに事を進めるだけの事」


 そんな二人を他所に、手にした魔導書を閉じ、男は踵を返して背後の祭壇へと対峙する。


「既に準備は大凡が完了した。我が主たる神々の再臨。正しき世界の再現まで、あと僅かだ。エゼルクス、最後の鍵を我が元へ持て」


 冷たく、しかし心底には確かな決意を宿した声が響く。


「この偽りに統べられし世界を、正しき形に戻す為の鍵を」 

「ああ、私はお前が望むままに全てを成そう」

 

 エゼルクスと呼ばれた銀の騎士は、感情を読ませない声でそう応じた。

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