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Tale:Dragon,tears    作者: 黒餡
三章 聖魔闘争都市《クロンヴァレン》〜囚われのフィーム・シュヴァリエ〜
106/120

100話 動き出す物語


――――――それは神話の戦いだった。

 

 迸る魔力。

 吹き荒れる爆風。

 次元の違う両者の戦いをクレハ達はただ眺める事しか出来なかった。

 割り込む事は出来ない。

 暴風と爆風。

 二つの災害がぶつかり合うあの領域に、クレハ達が入れる余地など欠片も存在しない。

 近づくだけで、迸る余波によって跡形も無く消し飛んでしまう。

 傷付き、血反吐を吐き、死すら越えて尚、少年は止まらない。

 本当なら、今すぐにでも側に駆け着けたいのに、それが出来ない己にクレハは堪えきれないもどかしさを抱いた。


「シオン…………」


 不甲斐なさに押し出された様に、クレハは少年の名を読んだ。

 その時だった。

 白銀の閃光が世界に照らす。

 大気が一瞬で凍結し、冷たい空気が肺に流れ込む。

 星々の光を拾い集めたかの様なそれは、まるで巨大な剣の様だ。

 大地も、空も、世界その物さえも等しく氷に閉ざし、断絶する氷光の剣。

 閃光は獣から放たれた黒炎を容易く斬り去り、獣その物を両断して呑み込んだ。

 黒い身体が白銀の光の中へと消えて行く。

 

 閃光の剣が奔り去った後、そこに獣の姿は無く。

 獣だった物の死体だけが転がっていた。


 光は獣の身体を両断し、そのまま半身を消し飛ばしたのだ。

 残たった氷と散乱した肉片、そして焼き払われた森だけが、怪物がそこで猛威を振るっていたと言う事実を証明していた。

 

 終わった。

 神話の戦いは、白銀の光を以て終わりを告げた。

 世界その物が張り詰めいるかの様な緊張が解け、クレハは漸く少年の元へ向かえる様になったと感じた。

 遠く、姿の見えない彼の元へと直ぐにでも向いたいと思考が先走る。

 

 だが、一歩目を踏み出すよりも早く、それは起こった。


「っ!?」


 再び風が吹く。

 先程吹き抜けて行った風が戻るかの様に、周辺の大気が一箇所に集約する。

 風は閃光が発せられた場所。

 即ち少年、詩音の元へと吸い寄せられる様に舞い込んで行く。

 風は集約し、何処からか氷雪を巻き上げて帳を築く。

 距離故に、氷風の壁しか見えないが、その中心に詩音が居るのだろう。

 風は渦巻き、集約し、次いで弾けた。

 雪と氷の細片を世界に撒き散らしながら大気が広がり、その中から巨大な純白の竜が姿を現した。

 それはこれまでに詩音が見せた竜体よりも大きい。

 巨大な白翼を持ち上げ、氷の様な鱗に覆われた四肢で地面を踏みしめて巨竜は眼前に転がる怪物の残骸へと歩み寄る。

 そして、淡金色の双眼で僅かの間、残った獣の死体を見下ろした後、


「ぇ………?」


 眼前の光景にクレハは我知らず声を零した。

 純白の巨竜は地に転がる残骸に顔を近付けたかと思うと、(あぎと)を開き、その死肉に牙を突き立てた。


「喰って……いるのか………?」


 唖然とした声はエリックの物だった。

 その言葉の通り、竜は地に付した怪物の肉を喰らっていた。

 残った死骸を噛み千切り、内臓を引き摺り出し。

 純白の身体をどす黒い血で汚しながら貪り食う。


「うっ………」


 その光景が堪えたのか、シャルロットが口元を押さえながら嗚咽を零した。

 程度の差はあれど、妖精達は皆同じ様な感覚に襲われていた。

 獣が他の獣を喰らう光景など全員が見慣れている。

 それでも、今眼前で行われている行為は、通常のそれ等よりも遥かに直視し難い物だった。

 単純な捕食とは何かが違う。

 何が違うのか、具体的にいい表す事はできないが通常の物とは根本的に異なる。

 その得体の知れない差異も気持ち悪い。

 

「なんだよありゃぁ………。シオンは一体何やってんだ………」

「…………ちがう」


 カインの発言にミユが呟く様に異を唱えた。


「ミユ?」

「あれは、シオンじゃない」


 半狼の少女は欠片の躊躇いも無くそう断言した。

 そして、クレハもまた同じ感想を眼前の竜へと抱いていた。

 獣の一部を喰らった白竜は次いで天を仰ぐと眠る様に淡金の瞳を閉ざした。

 

 風が奔る。


 雪と氷片を含んだ風が竜の元へ集う様に吹き込み、その風に巻き上げられる様に竜の全身を覆う鱗が花弁の様に散って行く。

 鱗が散るのに合わせる様に肉体は崩壊していき、瞬きの間に竜の姿は消失した。

 白竜が姿を消した後も、一連の衝撃的な出来事に皆が呆然と立ち尽くす。

 そんな中で、クレハだけは最早一秒足りとも待っていられないとばかりに走り出した。

 そして、一瞬遅れてミユもその後を追う。

 

「クレハっ、ミユちゃん!」


 アリアの声を背中で受けながらも、クレハとミユは脚を止め無い。


「――――ッ、くそっ!」


 躊躇う心を無理矢理抑えつける様に悪態を吐き、カインが二人の後を追って地面を蹴った。

 それに続き、漸く他の者も竜が消失した戦場の跡地に向かって走り出した。


 ■ 

 

――――――――息が詰まる。

 肋骨の罅はアリスの治癒でほぼ完治しているが、激痛の残滓が呼吸を乱す。

 

「………ッ」


 痛みを堪えながら木々の間を走る。

 背後には人型状態のミユが着いて来ている。

 ミユもダメージが無い訳では無い。

 しかし、抱えて運んでやる余裕は今のクレハには無い。

 不安定な地面に足を取られそうになるのをぎりぎり堪える。

 目指す場所まではそう遠く無い筈。

 しかし、詩音のあの有様を見たクレハには一秒が酷く長い時間に感じられた。

 速く。速く。詩音の元へと―――――――


――――――視界が晴れる。


 戦いの影響で木々の悉くが薙倒れた其処は大きく開けていた。

 神話(戦い)の終わりを告げる様に、空き地からは風が吹き抜けて行く。

 その中心にクレハは少年の背中を見つける。

 白銀の艶髪を風に靡かせながら、詩音は立っていた。

 少年はやり遂げた。

 その小さな身体で、自らの敵を斃し、死を乗り越え、クレハ達を護り切った。

 全霊を果たしたその姿は、今にも消え失せてしまいそうな儚さを纏った繊細な少女の様で、場違いにもクレハは美しい、と心の片隅で思ってしまった。

 だがそれも、立ち尽くす詩音の身体が崩れる様に倒れるまでの事だった。


「シオンッ!」


 名を叫び、慌てて地面を蹴り走り寄る。

 傾き、倒れ込む身体を、自身も膝を着きながらぎりぎりで受け止めた。

 ミユも同じ様に、小さな身体で詩音を抱き止める。

 

「シオ――――」


 再度、名を呼ぼうとするが、直前にそれに気付き呑み込んだ。

 触れた身体は酷く冷たく、まるで死体の様。

 だが、抱き抱えたその身からは微かに、だが確かに心音が伝わってくる。

 とてもか細くではあるが規則的な呼吸音も聞こえてくる。

 それでクレハはこの少年がちゃんと生きていると言う事を実感した。

 

 

「シオン…………」


 詩音のコートの袖を掴みながら心配そうな声を零すミユにクレハは、


「大丈夫、生きてるよ」


 と、自身にも言い聞かせる様に伝えた。

 そして、目尻に涙を浮かべながら、自身と変わらぬ体躯の少年を抱く両腕にぎゅっと力を込めた。

 

 アリス達が追い付いて来た足音が聞こえてもクレハは抱き締める力を緩めなかった。

 





――――――――唐突に、


「さぁ、転句の時だ」


 愉しげな声が聞こえて来た。

 荒れ果てたこの場に似合わぬ無邪気さすら感じる歌う様な声に全員が驚きと共に視線を上げた。

 

―――――空から舞い降りる少女の姿が其処にはあった。


 白と黒。相反する二色を束ねた衣に身を包み、同じく白黒(モノクロ)の二色を彩ったマントを翼の様に広げた少女は、恍惚の表情を外界で付す白銀の少年に向けて言った。


「これで再び世界は、終幕へと歩み出す。(ぼく)を導いてね、お兄ちゃん」

 

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