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Tale:Dragon,tears    作者: 黒餡
三章 聖魔闘争都市《クロンヴァレン》〜囚われのフィーム・シュヴァリエ〜
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95話 最奥

薄暗い迷宮の中で戦闘の音が鳴り響く。


「せあっ!」


 気合の声を発しながら、アリスは眼前の敵―――灰色の毛並みに覆われた体長七メートルを超える巨大な狼に向かって突撃する。

 跳躍し、鋭い双眼を備えた頭部に細剣の鋒を叩き込む。


 しかし、手応えは無く。


 鋒が額を穿く直前で、灰狼はその身体を水の様に液体化させたのだ。

 水へと変質し、ダメージを無効化した灰狼はそのまま床を流れる様に移動すると、標的を失い空振ったアリスの背後で再び狼の形を成し、無防備な彼女の身に巨大な爪を備えた前腕を振るう。

 避け切れない、と即座に理解したアリスだったが、かと言って無理な防御や回避の挙動を見せる事は無かった。

 そして、爪撃とアリスの間に入る影。

 割って入ったエリックの矛槍ハルバードが、灰狼の爪に阻む。

 それは何の合図も打ち合わせも無い援護だったが、アリスには解っていた。

 このタイミングならば無理に防ごうとせずとも誰かが防いでくれると。

 先程の様な大胆な攻撃は、それを前提とした無言の連携。

 彼等彼女等の絶対的な信頼による戦略である。


「グルァッ!!」


 爪撃を受け止めた事に対して忌々し気に灰狼は唸り、押し潰さんと力を強めてくる。

 それを、エリックは矛槍を巧みに返して受け流した。

 直後、腕を流され一瞬体勢の崩れた灰狼の背後にカインとシャルロットが飛び掛かった。


「はっ!」

「せい!」


 だが、太刀と棍。二つの凶器がその背を捉える直前、灰狼は再び身体を液状に拡散させた。

 そして、カイン達から少し距離を取った場所に実体化する。

 が、それを読んでいたシーナとミユが炎を纏った矢と虚空の欠片を複数射掛ける。

 しかしそれすらも灰狼は俊敏な動きで飛び退き回避して見せた。


「っち。面倒くせぇな!」


 カインが悪態を零すとそれに同意する様にエリックも口を開いた。


「単純な膂力パワーや俊敏性スピードはどうとでも出来る程度だが、あの液体化は厄介だ。単純な物理攻撃での撃破は期待出来ないな」

「あーもう、こう言う時クレハが居てくれたらなぁ」


 ぼやくシャルロットにシーナが苦笑混じりに返す。


「ほらそこ。居ない人ねだりしない。アリス、詠唱時間何秒あれば封じれる?」

「……十五、いや十一秒あればいけるわ」


 アリスのその返答で全員がこの戦いの方針を理解する


「俺とカインで奴を引き付ける。シャルはアリスの護衛に、シーナとミユは援護に徹してくれ」

 エリックの指示が飛び、即座に各々が自身の役割に最適な位置に陣取る。

 それとほぼ同時に灰狼がその身体を液化させて此方に迫って来た。

 エリックとカインがそれを迎撃せんと飛び出し、アリスは詠唱を開始した。

 が、灰狼が前衛二人の間合いに到達する直前で、


「―――――権能、解放(トリガー・オン)


 水へと変じたその全身は、硝子が砕ける様な音と共に一瞬で凍結した。

 咄嗟の事態にエリックとカインは揃って飛び退く。

 と、氷像と化した灰狼の背後から白い人影が姿を表した。


「シオン!」


 カインが名を呼ぶ。

 現れなその人影は紛れもなく、不運にも離れ離れとなってしまった詩音本人だった。


「クレハ、後頼んだよ」


 氷塊を尻目に、詩音は己の背後に声を掛ける。


「―――――暗寧を(フィゲート)。」




 言葉に、世界が耳を傾けた。


 詩音の背後で、剣を手に、祈る様に膝を着いたクレハが世界へと語り掛ける。




「|祈りを此処に。

 全ての眠りは永夜の底。

 救いは捨てよ。光は閉ざせ。

 なれば苦悶は、暗澹に溶ける」




 紡いだ言葉詠唱は世界へと溶け、常法とは別の法を上書きする。




「《暗寧の檻(アルス)》」




 最後の一節。

 魔法の名を口にする。

 瞬間、クレハから溢れ出した魔力が灰狼の足元で収束し、次いで漆黒の闇を生み出した。

 灰狼を中心に真円形に形成されたそれは影すらも呑み込みそうな程に底なしに暗く。

 そしてその漆黒から同じ漆黒の帯の様な物が幾本も立ち上り、瞬く間に狼の全身を包んで行く。

 闇は完全に灰狼の身体を覆い、そして次の瞬間一気に圧縮された。

 元の十分の一程度の球形にまで縮小した塊。

 その中では膨大な圧力を伴う闇によって氷漬けとなって灰狼の身体が粉々に粉砕されて行く。

 軈て、霞が散る様に闇が霧散した跡には塵の様に粉砕された細氷が僅かに残るだけだった。


 ■


「シオンー」


 人型へと変じて飛び付いて来るミユを、詩音はしっかりと受け止めて抱え上げる。


「ミユ、良い子にしてた?」

「うん」

 柔らかな尻尾をぱたぱたと振りながらミユは頷いた。


「ただいまー皆」

「おかえりなさい、クレハ。怪我は無かった?」

「うん、問題無いよアリス」

「だから言ったでしょ、アリス。クレハはそんな柔じゃないって。シオンも一緒だった訳だし」


 クレハの無事に安堵するアリスにシーナが告げる。


「心配なものは心配なの。あの時は本当に心臓止まるかと思ったもん」


 そう言い返して来るアリスに「全く、過保護ね」と零すシーナだが、その表情にはアリスと同じ安堵の色が浮かんでおり、彼女自身も何だかんだで心配だった様だ。


「所でさ」


 全員が無事である事が判明した所で、詩音は訊ねた。


「あそこで伸びてる二人には何があったの?」


 指差した先、通路に施された柱状の装飾の影には、壁に背を預ける様にして失神している騎士二人の姿があった。


「ああ、あれか」


 訊かれ、エリックが応じる。


「シオン達が穴に落ちた後にアリスが少し、いやかなりブチ切れてな。鞘付きではあったが剣でぶっ叩いたんだ。そしたら一撃で伸びた」

「あれで怒ると一番おっかねぇからな、アリスは」


 最後に小さくカインがつけ加えた。

 それに「なるほどね」と呟きいて詩音はミユを降ろし、壁に凭れ掛かる二人の方へと歩み寄る。


―――――動けないなら置いて来ればいいのに


 恐らくは放置していては魔物にでも襲われて死ぬと考えてここまで運んで来たのであろう妖精達に、そんな事を思いながら詩音は並ぶ両者の眼前で、ぱんっと掌を叩いた。


「っ!?」

「!?」


 両者は同時に身体を跳ねさせて意識を覚醒させた。


「はい、お早うございます」


 屈めた身を起こしながらそう言い放つ詩音。

 対してカドニエルとウルタースは自身の置かれた状況が把握出来ないらしく目を瞬かせながら固まった様に詩音の方を見返していた。


「あれだけ近くでどんぱちしてる中で爆睡とは、中々に強かな様で」

「…………誰だ、貴様」



 カドニエルの口から声が溢れる。

 分断される前、詩音は何時も通りフードを目深に被っていたので、初めてその素顔を見た二人からすれば目を開けると見知らぬ少女が居たと言った状況なのだろう。


「おやおや、つい先刻名乗った筈ですが」


 その声で漸く気づいたらしく騎士達は揃ってハッとした。


「ま、まさか………」

「あの白いチビ………」


 二人の口から零れた言葉を詩音は小さい笑みを貼り付けて、


「ええ、そのチビです。仕事の間位は覚えておいて頂けると幸いです」


 と肯定する。


 対して二人は半ば放心状況に陥っていた。

 小柄ながら自身等を威圧のみで黙らせたあの人物と、今眼前にいる妖精達と比較しても決して劣らない美しさを持つ少女が同一人物であるとは、本人の肯定を得ても尚信じられなかった。


「女だったのか………」


 やがて、ぽつりとカドニエルが呟く。

 当然、詩音にもその声は届いていたが、訂正する事もも無く詩音は両者に問い掛けた。


「立てますか? どうぞ手を」


 両手をそれぞれに差し出す。

 声音、表情、仕草。一切の警戒を抱かせない雰囲気を纏った詩音に思わず二人は素直に手を取る。

 そうして立ち上がった直後、


「!?」

「!?」


 両者は同時に、再び床へと崩れ落ちた。


 余りに唐突なそれに騎士二人は何が起きたか理解出来ない。

 詩音の手を取り、二人は確かに立ち上がった。

 覚醒した直後とは言え、確かに両脚で地面を捉えて身を起こした。

 その筈なのに、何の反応も、抵抗も出来ず、身体が意識に反して崩れ落ちた。

 何が起きたのかは解らない。

 二人に出来たのはただ、今しがた自身の身体を駆け抜けた不可思議な感覚に狼狽する事だけだった。

 いったいどう言う原理なのか、差し出され、掴んだ詩音の手。

 そこを基点に、まるで巨大な氷嚢を載せられたかの様な鈍い加重が全身に乗し掛かり、それに耐え切れずに両の膝が崩れたのだ。

 

 魔法や魔術とは毛色の違う、余りにも不可思議で得体の知れない感覚に困惑を極める二者。

 そんな二人に詩音は身を屈めて数段位置を落とした二人の耳許へと唇を寄せると、


「次に余計な事をすれば、殺す」


 妖精達に聞こえない様に落とした声でそう告げた。

 その声の何と恐ろしい事か。

 声音は変わらない。決して強い口調でも無い。

 だと言うのに、二人は背筋を走る強烈な悪寒に全身が強張り、心臓が大きく脈打つのを自覚する。

 まるで、今当に首筋に刃を当てがわれているかの様な恐怖と緊張が全身に走る。


 声だけで、本能が理解した。


 眼前の人物がその気になった時、自分達は確実に死ぬ、と。

 詩音は硬直したまま動けないでいる二人から手を離すと、


「それでは行きましょうか」


 と再び微笑をその美貌に貼り付けながら踵を返した。

 その様からは、今しがた感じた恐怖は欠片も感じ取れない。

 ただ、死を予感させる殺気の余韻だけが二人の心底に何時までも居座っていた。


 ■


 再度出発してから三時間程が経過した。

 深く潜る程に、迷宮の構造は複雑化していくが、詩音の反響定位による地理把握で特に迷う事も無く進みながら一同が通った比較的安全なルートとそれ以外の危険なルートをそれぞれ記録して行く。

 先程の詩音の言葉が余程堪えた様で道中騎士二人は一言も喋る事無く、極力詩音から距離を取りながらとぼとぼと着いて歩いていた。


「シオン、今ってどの辺に居るの?」

「もう大分下まで来たよ。後少しで最下層に辿り着く」


 問い掛けて来るシャルロットに地図を表示したウィンドウを見せながら応じる。

 複雑に入り組んだ通路の終着、縦長構造の最下層


「結局、この遺跡って何だったのかしら」

「用途や建造理由は今の時点では何とも言えねぇな。これと言って特別そうな部屋や遺物も無かったし」

「強いて言うなら、クレハとシオンが見たって言う神話の壁画くらいか」


 歩きながら零したシーナの疑問にカインとエリックがそう答えた。


「これは組合には悪いけど観光名所には出来そうに無いわね」

「そうね。これと言って見る物も無いし」

「住み着いてる魔物も結構強いしね」


 そうボヤくアリスとシャルロット、クレハの三人に向けて詩音はウィンドウのズーム倍率を上げながら言う。


「まあ、まだ全体の六割ちょっとしか直接内部構造を把握出来てないからね。今回分かった構造図を渡せば、後日にでも組合が隅々まで調べるだろうから、判断が下るのはその後だろうね」


 等と話しながら歩いている内に、一同が進む回廊に少しづつ変化が現れ始めた。

 通路を形成する石材が、いつの間にか濡れた様な質感の黒石へと変わり、等間隔で配置された柱には精緻だが不気味なレリーフが刻まれている。

 全体的に、回廊その物の雰囲気が重たくなって来た。

 そして、回廊の突き当りを曲がると、そこには一同の倍以上の高さを誇る巨大な二枚扉が現れた。

 壁の石よりも一弾深い黒色の石材で作られたその扉の表面には柱と同系統のレリーフがびっしりと描かれている。

 

扉の前で一同は立ち止まる。


「シオン、もしかして此処が?」


 クレハの問いかけに頷きながら詩音は応えた。


「うん。此処がこの遺跡の最深部。この部屋の先には何も無いし、正真正銘の終着点だよ」


 ぴったりと閉じて行路を阻む扉は周囲の装飾よりもより一層重厚で威圧的な雰囲気を纏っており、詩音の言うとおり此処が迷宮の最終地点なのだと一同は感覚的に理解した。


「シオン、中の様子は解るか?」

「うん、一応音で把握してる。中に動く物の気配は無いし、これと言って罠らしき物も感知出来ない。ただ、入室と同時に動き出す自動人形オートマタの類いとかだと外からじゃ解らないから警戒はしといて」


 エリックの問に答えると共に全員に警告する。

 そして、最後尾の騎士二人に向けて、詩音は重ねて言った。


「お二方も宜しいですね? 危険ですので軽率な行動は慎む様、お願いします」


 言葉は選んでいるが、要は「勝手な事はするな」と言いつける。

 騎士達は不服そうにしながらも反論や文句を言ってくる事は無く、それを了承と受け取った詩音は再び扉の他を振り返った。


「それじゃ、開けるよ」


 そう言ってから、詩音は左右の石扉に両掌を掛け、ゆっくりと力を込めた。

 隙間なく閉ざされていた重々しい二枚扉は、意外な程に滑らかな動きで動き始めた。

 一同開き出した扉は、詩音がそれ以上押さずとも勝手に動き続け、少しづつ中の様子を伺おうと考えていた妖精達が慌てる程の速度で完全に開き切った。


 ――――――――――――その直後、あらゆる感覚が、閉ざされた。



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