プロローグ
咎人は孤高に生きるだろう。
意思は燃えて、体は凍り。
幾千の徒花を掲げ歩んだその道は、氷の海に沈むだろう。
幾万の死を称え謳ったその生は、儚い夢と解けるだろう。
人は亡く、獣は無く、魔すらもその手には残るまい。
咎人は終に一人。
氷華の海で死啓を零す。
けれど、死罪を誇りしその者は
決して
孤独に終えはしなかった。
■
「あ、流れ星………」
ふと、ホテルの一室から見上げた空に走った一閃を見て、詩音は小さく呟いた。願い事でもしてみようと思ったが、今はこれと言って叶えたい願いも無く、見送る事にした。
「終わったか」
そんなことをしていると、声と共に一人の男が入って来た。
親しい相手では無い。今回の仕事の依頼主が用意した詩音の助手のようなものだ。
「うん、もう片付いたよ」
そう返しながら振り替える。
豪華な装飾がほどこされ贅の限りが尽くされた部屋の中には、最高の職人の手によって作られた椅子が五つ。
その全てに人が、否、少し前まで人だった死体が鎮座している。
頚椎を断ち切られての即死。恐らく、自分が殺された事に気付く間も無く死んだのだろう。
死亡直後の死体は、体温も僅かに残っており、まるで眠っているかのよう。
「へぇ、血が一滴も出てねぇ。無名の野良殺し屋と聞いた時は不安もあったが、可愛い成りしといて恐ろしい嬢ちゃんだ」
死体の様子を見ながら男は賞賛の言葉を寄越した。
「嬢ちゃんじゃないよ」
「あ?」
「だから、嬢ちゃんじゃ無い。僕は男だよ」
「…………え?」
男が「男なのか?」という目で詩音の身体を上から下まで眺める。
黒いズボンにシャツ、黒色のロングコートに包まれた身長は同世代の男子より頭一つ分以上小さい。肌は透けるよう白くキメ細やかで、大きな蒼い瞳は月光の下でまるで宝石のように輝いている。腰の辺りまで伸びたクセの無い細い髪は白と言うにはきらびやかで、銀と言うには少々淡い。言うなれば美しい白銀色だ。
全体的に色素の薄い儚げな雰囲気を感じさせるその姿は、中性的と言うよりは明らかに少女寄り。
しかし、事実霧咲詩音は男であり、人を殺す事を生業とした外道である。
「ついでに殺し屋でも無い。ただの人殺しだよ。さ、早いところ片付けといてよ。誰か来ても面倒だし」
「あ、ああ。わかった」
まだ納得いかないと言う表情を浮かべながらも掃除屋の男は頷き、踵を返した。詩音もその背中に続こうとした時。
「───ん?」
音がした訳でも、気配を感じた訳でもない。
何となく。詩音は本当に何となく振り返っただけだった。
そして、それを見た。星と月が浮かぶ夜の空。その美しい闇に靡く光のカーテン。
「オー、ロラ?」
口で呟くと同時に、頭の中でも呟いた。
───有り得ない。
オーロラはその原理上、地球上では極域付近にしか発生しない。この場所では起こり得ない現象なのだ。
しかし、現に詩音の目の前には空を覆う極光が広がっている。
その光景は神秘的で美しくはあるが、それが有り得ない事だと分かっている詩音には不気味以外の何物でもない。
「一体何が………」
呟きながら、取り合えずこの場を離れようと部屋を振り替える。
「え………」
そして、二度驚愕した。
部屋には誰も居なかった。助手の男も、椅子に座っていた五つの死体も、跡形も無く消えていたのだ
男の方は生きていたのだから撤収したと説明がつく。しかし死体は?
一瞬、まだ息があったのでという考えが過ったが、頚椎を完全に切断し、死亡も確認したため、その可能性は即座に切り捨てた。
何が起きたのか。それを考えながらも、詩音はこの場から離れようとした。そして───。
詩音の視界全てが白く染まった。
「────グッ!」
視界が潰れる。
それに続き、嗅覚、聴覚、触覚と、身体の感覚が次々と切断されていくのを感じながら詩音は意識を失った。
◆
『転移軸固定完了。転移指定世界への魂の定着───完了。魔力への適応──完了。身体能力を前世界軸より継承───失敗。能力値及び魂の質量が想定の範囲を大幅に超過。再解析──完了。指定世界軸内での能力継承可能な存在を検索───発見。該当存在──《竜》。素体《竜》の身体能力を前世界軸素体から継承──完了。能力解析により前世界軸の素体を復元可能。復元開始──完了。素体《竜》と素体《人》の融合──完了。全行程終了。次元世界間転移───完了。
──────────「さぁ、物語の幕開けだ」』