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言霊神  作者: 88
6/7

坂畑へ

8、坂畑へ


金曜日の夜に板橋区を出て、車で2~3時間かけて房総半島の山奥へ、夜中に田舎の村について、小屋で就寝。寝袋使用。


我ながら有意義な青春時代だと思いつつ、かび臭い山小屋と、新鮮な空気の香りの中で、目を覚ます・・。相変わらず鳥達の早朝BGMは止むことはない・・。きっと地球が砕ける最後の日まで鳥達の喜びの声(怒りや悲しみもあるだろうに・・)は止む事はないんだろうな・・。


「今日は坂畑へ行きます。」

荷物の整理をしながら時山が言う。


「坂畑?」


「ここ小仁田(こんた)から車で30分くらいのところかな、ホテルのオーナーとかで、それなりに成功して住居がいくつもあって、手入れしきれていない屋敷を無料で貸してくれた人がいるんだ。隣接する畑も2反

(たん;農地表現で、一反は約1000平方メートルで、10アール。)

も貸してくれて。大平社長って僕らは呼んでるんだけど。」

と、同じく荷物整理をしながら山ちゃんが言う


「耕作放棄地だから福岡式自然農法のチャレンジには絶好の場所かなと思ってね。」

時山氏の言葉には不思議と抗いがたい重さと、真剣に生きてきた人間のもつ真実味の強さが、含まれる。


ただ日常の生活を維持するために、給料を家に運ぶだけになってしまって、なるべくなら余計なことを考えないで、楽にその日を過ごしたがる模範的サラリーマン達の発生する言語とは自然とオモムキと、威厳に差が出てくる。いつから男は給料運搬マシーンになってしまったのだろう・・。


色々な妄想が頭の中をよぎりつつもそのもうひとつの畑「坂畑」へ行く準備を皆に遅れつつ、あわてて始める。もともと敏捷性に欠けることは自分でも重々認識しているのだが、こういう集団行動の場に入ると、自ずと気合を入れて行動しないと、必ず周囲の動きから遅れをとる。あせりながら少しアドレナリンを出し気味にして手を動かしてやっと人並みに動作が追いつく。子供の頃はそんなともすると少し愚鈍な自分がとても嫌だったが、生きているうちになれてきたようだ。しょうがない。要領のいい山ちゃんなどは何をするにも鼻歌交じりである。うらやまし限りだ。


朝食を急いで済ませ、今回参加した8人全員で2台の車に乗り込み「坂畑」へ向かう。白い鉄板に軍隊よろしく深緑色のホロをつけた重々しいジープにトヨタの4輪駆動車、ハイラックスこれまた白い車体に赤とグレーの横一文字の細いラインがそのいかついフォルムを助けるようにスマートさを演出している。オフロード車2台に10台20台の若者が満杯に乗車し、過疎の山中を移動するのはなかなか人目を引く。田舎と言うのは人口が少ないだけあって、縄張り意識も都会より無意識的に強く、普段土地内で見慣れない他者(ヨソモノ)が通ると農村のジジババ様は冷静な目で確認目視する。


移動する自分達としては集団行動だし、当時の同世代の若者とは違う行動をとっている農業に目を向ける青年など、バブル当時はかなり希少だった為、少しの自慢、恍惚感と、ウルトラ警備隊もしくは地球防衛軍の出動のイメージで、発進する車の振動に酔いしれていたりもする。


ジープを運転する山ちゃんが車の振動について解説する。

「ジープは板サスだから、振動がもろに来るから乗り心地が悪いでしょう。まーマニアにはその無骨な振動や動きが受けるんだろうけど。山道の砂利道にはうってつけの車だしね。」


専門家で無いので見たこともないのでわからないが、時山「先生」の次に弁の立つ山ちゃんが言うのだから間違いはないだろう。普通の車のサスペンションは棒の周りをらせん状のスプリングが取り巻いてて、各タイヤにひとつずつそういうのがついていて、道路の衝撃を緩和する。今聞いた板バネサスペンションというのは長方形の板を何枚もずらし重ねて全体で衝撃吸収する。トラックやダンプなどの作業車に使われているらしい。ひとしきりジープの車内で山ちゃんの薀蓄と解説を聞きながら、気づくともう目的地の坂畑が来る。山道なのでどれほどのワインディングロードを通過したと言う事もないほど、まっすぐな道は少なかった。それだけに運転も何もせず乗車しているだけの者にとっては、サファリパークかアフリカ探検にでも出かけたような非日常感が気分を高揚させる。


ジープに同乗するのは平田君と助手席には直美さんだ。直美さんは良美さんの友人で、由美さんとよく行動を共にし、背も高く良美さん同様モデルの仕事もしているらしい。ちょっとだけのセレブ感と、微妙なボケのおっとり感とで、場の雰囲気を温和にする人である。22歳くらいだろうか。良美さんほど尚宏にとっては興味をそそらないのであまり関心はないが、一車内に女性がいるかどうかで、その雰囲気は大きく変わるから、有難い存在ではある。


ジープの後部で尚宏の隣(といっても特殊なジープの座席構造上、正面にあたるが)に座るのは平田君である。彼もちょっとおっとりしたとこがあって皆によくからかわれたりしているのだが、頭脳は優秀で、どこかの某一流進学校にトップレベルの成績で通っているらしい。朴訥な性格で、つい言い争いになるとやり込められることも多いが、知識量や物事の情報の正確さでは、誰もかなわないので、時々そういう真実を知っている強みで、正確な知識を言葉で延べ終えて、やりこめた感を味わっている姿を目撃することがよくある。


尚宏的には平田君はあまりおしゃれ感も肉体的強者感も無いので、これまたそんなに興味をそそるタイプではない。・・・・と言うよりは、ちょっとムカつくタイプである。喧嘩したら多分絶対負けないだろうと思うと、彼の醸し出す雰囲気、頭さえ良ければ普段のボケやおっとりの性格で損した部分を取り戻す、相手をやり込めることもできる、と言う性格態度は、自分の中にも昔そういう部分が強くあっただけに許せないことがままある。


そんな微妙な空気感があっても話術に長けた山ちゃんのトークのもとではバランスを保つので、人間関係というのは不思議なものだ。起伏にとんだ地形の間を縫うようにして舗装路が続き、目的の坂畑へ到着する。屋敷の前の最後の急勾配を急角度で曲がりながら敷地内に停車する。


旧家の雰囲気のある横に長い古い木造の家と、それなりに広い庭。庭木も周囲にぐるりとあるが、手入れなどされなくなって何十年経過したのか、かずらと雑草とコケに覆われた大小の木がところ狭しと立ち並ぶ。


屋敷の裏側の垣根を越えると、東京暮らしではおよそ見たことも無いような山に囲まれた緑の平野が続いている。草ぼうぼうなのだが、自然体験の少ない自分にとって、カルチャーショックなくらいのワクワク感が込み上げてくる・・・。


早春の冷たい風の中、平田君がその休耕地―草原と言った方が相応しいかもしれない大地の一角にたたずみ、しきりに地面を凝視しながらあたりを見回す。何か探しているようだ。


「何かあるの?」

聞いてみた。


「去年の秋に、福岡さんの自然農法の本にならって、クローバーと大根とカブの種や、ほうれん草や小松菜の種を撒いておいたんだけど・・・。」


「あっ!!」

平田君が腰をさらにかがめ冬草の間をごそごそ掻き分ける。


「ほら、大根生えてる!!」


「え?どこどこ?」


場所によっては腰まである草を掻き分け、平田君のほうへ近づいていくと、彼の指差した手の先一体に低い緑の濃い雑草―クローバーの中に、プロの農家から見たら笑われてしまうくらい小さな大根らしき植物の葉っぱがぴろぴろと生えていた。根元の方を探ってみると、これまた細くはあるが、光るほど白い根っこが垂直に地面に向かって突き刺さっている。


「へー・・・!ただ撒いただけでも生えてくるんだ。すごいな、自然の生命力ってのは。」


「でも菜っ葉の種は無いな・・・。」

ひき続き平田君が地面とにらめっこをしている。


「うーん・・・。やっぱり菜っ葉は弱いのかなー全然見当たらないや。」


「大根が生えてるだけでもすごいじゃん。これはやる気が出てくるなー。」

あまりに執拗に地面を睨み続ける平田君の熱意についフォロー的言葉をかけてしまう。


少し遅れて時山氏、山ちゃん、ヒサキ君がクワやら鎌やらを持ってこちらに向かってくる。

「さて皆様、喜びの農作業の時間でーす。」おどけたように男前のヒサキ君がクワを差し出す。


クワを手に取り、おそらく耕す、と言うのはこんな感じだろう、と、明日のジョーの映画で昔見たシーンを思い出しながら、草だらけの大地に向かって振り下ろす。


「ザクッ!!」

どこまでも透明な澄んだ空気の中、はるか彼方には大きな木群に見守られ、体を使って土をクワの先の重い鉄の、さらに先の刃物のように薄い部分で草を切り、そのまま大地も切り起こす。


「これ、結構な快感じゃない?」


「でしょうー。都市生活ではなかなか味わえないよね。」

と時山氏。


畝をいくつか作ろうとして、みんな素人ながらも若さと体力で草を刈り、掘り起こしていく。隣の方では人の背丈ほどもあろうかというススキを山ちゃんがカマで切り刻んでいる。


「根こそぎ起こしたほうが良いんじゃないの?」

ヒサキ君が先の鉄部が指のように5本に分かれたクワ―地方によっては万能(まんのう)と呼ぶ―を持ってきた。


サッカー選手のような細身ではあるが力もありそうなヒサキ君が大きく振りかぶり、ススキの根っこに力強くクワを入れる。


「ガスッ!!ガスッ!!」

十回も切り込んだだろうか。クワを入れたまま一抱えもあるススキの束の地際を片手でつかみながらテコのように土に入ったままのクワを傾ける。

「メリメリメリメリッ!!」


「起こす時 『ごめん、有り難う』 くらい言っといてね!!ただの物じゃないんだから!!生きてるんだから。」


鋭い声で時山氏が叫ぶ。


都市で暮らしていると、全てが満たされた物の洪水の中で、ともすると感謝や目に見えないけど大事な事や物に対する愛情のようなものがどんどん希薄になる。そもそもそのことを憂えての農業体験でもあったわけだ。


(なるほど、さすがリーダー&塾長・・・。)


「ごめんね。ありがとう!!」早速唱えつつヒサキ君が最後の力を入れる。


「メリメリメリメリッ!!!・・・・・・・ボコッ!!!」


反動で尻餅をついて泥をかぶったヒサキ。傍らには掘り起こされたでっかい根っこと枯れた色のススキが横たわっていて、さっきまで生きて根付いていた場所にはぽっかりと大きな穴がこげ茶色の地面をむき出しにしている。


「おお~。・・・・起こせたね・・・。」

はなれたところからエールを送る私。


根っこの大きさに少し感動しながら掘り起こされてぽっかり穴が開いた土がむき出しの部分に、顔を近づけてみる。


「あ、めっちゃいい匂い・・・。」


なんと表現したら良いのだろう。春先の寒さに耐え続けた大地のこれから暖かくなって生物が活動し始める準備段階の土の匂い。昔カブトムシを飼っていたときの土の匂いか、なんだかわからないが非常に郷愁を誘う匂いである・・・。


「それは放線菌の匂いじゃないかな?有機物とかが土中バクテリアに分解されて、植物に最適な状態になったある意味完成された最終形態の土の姿かもね。いい土はいい香りがして、未熟な土は臭い匂いだったりするみたいだしね。」

博識の山ちゃんがのたまう。


「そうそう。本物の有機農家では畑の肥やしになる有機物の堆肥を何ヶ月もかけて熟成発酵させて、最後に完成したかどうか見分けるには匂いをかいで、口に含んで味わってみるとか聞いたことがある。」

時山氏が補足した。


「へー。土ってすごいんだね・・・。」


「土から出来ないものはないって、全てが土から出来るって、日月神事にも書いてあるしね。本当にそのとおりだと思うよ。動物も植物も鉱物も全てのもとは大地から、土から育まれてくるもんな。神様が土を創るのにどれほど苦労したか、現代人には及びもつかないだろうって書いてあるね。そういうふうに考えてみると確かに土から生まれて土に返り、また分解されて他の生命を支えて、その生命の命となってまた生きて、死んだらまた土に帰ってを無限に繰り返せるシステムだもんな。魔法のようだよな。」


「日月神事の中心の神様は『地球大地の神様』でもあるようで、『土の神様』と表現できなくもない。なんか、すごく苦労された神様みたいで、この『土の神様』と『太陽の神様』と『月の神様』との大調和・協力のおかげで、全ての生物が地球上で生存を許される環境が整うと、書いてある。確かに物理的に見ても太陽と地球と月の距離がちょっとでもずれていたら洪水になるか、焦げてしまうかなのに、暑すぎず、寒すぎず、生物が生きていける温度に三惑星でバランスを取っている確率というのはとても低い、奇跡に近いことだと思うよね。当たり前のようにそんなこと忘れて僕たち暮らしているけど。」


時山節が炸裂しだした。「地球の未来や生命の尊厳にかかわる話」をする時にはものすごく情熱的にマシンガントークが始まる。生きているのか死んでいるのかわからないような腑抜けた大人たちの中では浮いてしまうかもしれないが、よく考えればそれは人として当たり前の姿だと思った。昔の「国を思う人たち」というのはこんな感じだったのかもしれないと思った。


ひとしきりウンチクと未来を憂う「お言葉」やらが交錯しつつ4本ほどの畝が出来上がった。


「掘り起こして草もとって、大変なことだよな。当たり前に今までスーパーで買ってた野菜がこんなに労力を必要としているんだもんな・・・。」


「まーそれはそれとして、深刻にならずに種まこう、種!」

と、山ちゃん。

「何買って来たの?」


「人参、小松菜、ホーレン草、春菊、カブ・・・・。」

山ちゃんがスーパーの袋からガサガサいくつかの種を取り出す。


袋を切って中から種を取り出す。


「あれ?これ農薬をまぶしてあるんだ・・・。」

「なんか、手にとると、手がピリピリするね。」

「完全無農薬でやりたいんだけど、まぁ、しょうがないか・・。まこうまこう。日が暮れるし。」


手分けをして思い思いの場所に種を撒き土をかぶせた。


「どうぞ、立派な野菜ちゃんが育ちますように。」


「上から軽くクワで土を押し込んどいた方が良いみたいだよ。鎮圧と言って、水が足りないときなんかにちょっと土を固めておいた方が水分が逃げないでとどまってくれるって物の本に書いてあった。」

平田君がのたまう。


「さすが、ヒラちゃん良く読み込んでるね。」

と山ちゃん。


一同素直に平田君の仰せに従い手やクワでパンパン土をたたきながら少しばかり固めていく。


「さ、もう3時だよ。昼も食わずに熱中しちゃったから、早めに夕食を作って食べて帰ろうか。」


「合点だよー。」今日の料理長、直美さんが声を出し、「屋敷に入ろうか」の掛け声で、一同畑を後にする。


後ろを振り返ると、出来たばかりの畝たちが緑の草原のなかで誇らしげにぴかぴかと存在していた・・・。


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