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言霊神  作者: 88
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陽光路

新興宗教者の挨拶は異常にさわやかで、明るい。


「こんにちはー。」


「おはようございます。」


「・・・・・・・・・・・。」


寝ぼけまなこをこすりながら、その宗教者集団の方へ尚宏が歩いてきた。口には歯ブラシを咥えている。人前で歯磨きをしながら目的地まで歩くとはなんてルーズなやつなんだろう・・・。脱色した金色の髪が時折、日差しにきらめく。彼のユニフォームである黒のWの皮ジャン、黒のスリムジーンズはそろそろこの陽気には暑苦しい・・・。


今日は光明教団の春の大祭の日だ。東京、杉並区の教団支部から大型バスをチャーターして、総本部のある富士山近郊まで移動する。5月、だいぶ暖かくなった陽気の中、一向は数台のバスに乗りこみ出発した。


バスの中で以前教団内で初めて声をかけてきたきれいなお姉さんが話しかけてきた。


「すごいですねー、入会して半年も立っていないのに大祭に出席できるなんてー。これも神様と強い『縁』が尚宏さんにはあるんですよー。」


その後の話しで、この女性が独身で、「良美さん」と呼ばれて慕われている事がわかった。尚宏よりひとつかふたつ年上の様だ。すると20か、21才か・・・。


あまり「カミカミ」言われると、ちょっと否定してみたくもなるのだが、この「良美さん」がちょっと気になる尚宏・・・・・・わざわざ機嫌を損ねるような発言をするわけもない。


残念ながら今日はいつもの「連れ」の真也は来ていない。眠いし、興味もないので、今ごろ部屋で高イビキのはずだ。


「良美さんは教団に入ってどれくらいになるんですか?」


少しでもお近づきになりたい尚宏が尋ねる。


「うーん、かれこれ1年ちょっとかな・・・。」


「1人で入会したんですか?」


「ううん、友達と一緒に。というより、今、あなたの後ろに座っている人達と入会したの。」


「えっ?」


振り向くと後ろの座席に帽子(キャップね。)をかぶったメガネ、ヒゲ剃り跡の青々とした、精力の強そうな中年男性がいた。そのまわりには尚宏と同じ年代と思われる男女が座っている。


「どーもども。こんにちは。話しは良美ちゃんから聞いてましたよ。バンド好きそうな面白い人が最近教団に入ったって。時山といいます。よろしく。」


40才前後だろうか、しっかりとした口調の中に、優しさと鋭さを感じさせる・・・。

初めて会ったにもかかわらず、どことなく信用できる気になる・・・。


大人になるにしたがって、本音とタテマエの使い分けを強要される現代において、「ウソつきの心汚い大人達」・・・・・・「とりあえず尚宏より年上の存在」は彼にとって軽蔑と嘲笑の対象でしかない。


尾崎豊が現役で人気のあった時代である。反骨や、反体制、「長い物に巻かれない生き方」が真の男の生き方だと思っていた。


そんな中で、初対面で圧倒的な信頼感を感じさせる人間に、尚宏は時間の経過と共に、どんどん引き込まれて行った。


「僕達週末に農業してるんですよ。」


時折愉快な冗談も交えながら時山は話を進める。腹から声が出ているのは、その話の内容に明らかな自信、確信を持っている証拠だ。自信の無い、もしくは勘違いの大人ばかりの世の中で、この話ぶりには無意識にひきこまれる。


「日本の食料自給率は30〜40パーセント。殆どの食料を外国に依存している。ひとたび何かあって、輸入がストップしたら簡単にたくさんの餓死者が出ます。アメリカの背後関係やお金持のグループ達は自分たちが儲ける為にはなんでもやると言っても言い過ぎではない。今や日本はエネルギーも食料も大事なものはみんな他国の経済人達に握られている。メディアですら、本当に大事なニュースは流されていない・・・。」


今まで美味しんぼの世界でしか勉強していなかった「食」の話がさらに詳しく突っ込んで聞けるとは・・・。


「50年前には化学肥料や農薬は殆ど使われず、自然のたい肥や肥しを使っていたから栄養価がまるで違ってきている。最近の野菜や農産物はみんな形や色、見た目ばかりをよくして、売る事だけしか考えていない。つきつめると、食べた人が、死のうが病気になろうがおかまいナシだ。ただ売れて、儲かればいい。こういう発想は拝金主義、拝金宗と言えるな。」


会話と言うのは同程度の知識量と、感性を持って初めて成り立ち、相互通行が可能となる。小学校の成績はクラスで1、2番だった尚宏とて、「最終学歴・高校中退」の知識ではとても返答ができない。だいいち学校ではそんな反社会的な事や裏話は教えない・・・。

尚宏にとって、ただうなずくのが唯一できるコミュニケ―ションだった。


「食だけではなく、今や日本の全ての産業に、この拝金・拝物思想が入りこんでいる。世界でも有数の心、精神性の高さを誇っていた国が戦後50年でこの有様だ。特攻隊で死んで行った19、20才で国の未来を信じて逝った人達が今の日本を見たら死んでも死にきれんかもしれないな・・・。」


数時間、話を聞いたり車内の振動に揺られてまどろんだりしながら、バスは目的地に到着する。

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