第四話 ドラゴンスレイヤー
「ドラゴンスレイヤー、だと?」
反射的に気配を薄め、レックスと名乗った男の様子を窺う。
突然変わった俺の変化に、キティーが首を傾げている。
「いきなりどうしたのよ?」
「……なあ。今ってドラゴンスレイヤーはどんな扱いをされてるか知ってるか?」
「はぁ? また変なことを聞くのね。あんたって、記憶喪失かなんかなの?」
「まあ、そんなところだ」
胡乱に目を細めていたキティーは、眉根を寄せて口を開く。
「……あたしも詳しくは知らないけど、おばば様が言うにはドラゴンスレイヤーは英雄なんですって」
「英雄?」
「ほら、人間は勧善懲悪物が好きでしょ。悪いドラゴンにいじめられました。一人の人間が立ち上がってドラゴンを倒しました。平和になってめでたしめでたしって」
「まあ、たしかにあるな」
俺がいた時代でも、悪い国王を倒した平民の話とか、エルフを奴隷にしていた魔法使いを討伐した勇者の話とか、それこそ無数に存在していた。
しかし、ドラゴンを悪く書かれた物語は、数えるほどしかなかったのだ。
それこそ、国の資料室に置かれた、古い歴史書ぐらいでしか。
「で、ドラゴンを討伐した英雄を、ドラゴンスレイヤーって言うらしいわ」
「そうか。ドラゴンスレイヤーが英雄か」
「なんだか、嫌そうな顔ね。ドラゴンスレイヤーが嫌いなの?」
「ああ。あまり好きじゃないな」
モンスターテイマーにとって、ドラゴンは憧れの象徴だ。
強く、気高く、思慮深く、決して人を害さない叡智に優れた王者の種族。
そんなドラゴンを狙うドラゴンスレイヤーは、世界中から嫌われていた。密猟者や盗賊なんか目ではないほど、奴等は俺達にとって害意の存在であった。
しかし、今では一端の英雄扱い。
……今の世界では、ドラゴンは忌むべき存在なのだろうか。古文書に記されていた邪竜のように、人と快を分けてしまったのだろうか。
俺達がそんなやり取りをしている間で、向こうの方も落ち着いたらしい。
ざわめきが収まり、剣呑な顔をした女性がレックスを睨む。
「何故、この村にドラゴンスレイヤーの貴方が来ているのですか? 冒険者ギルドには依頼していないはずですが」
「はっはっは。そんな怖い顔をしないでくださいよ。せっかくの美人が台無しですよ?」
「答えなさい! 竜神様に危害を加えるつもりなら、容赦はしません」
右手に魔力を集めはじめた女性は、今にも突撃しそうな勢いだ。
周りにいた村人達も、彼女の威圧感に怯んで後退していた。
対して、レックスは笑みを浮かべて拍手。
「素晴らしい。その立ち振る舞いを見ただけでわかりますよ。貴女は、C級冒険者の実力はあるでしょう。ですが、僕はA級冒険者。貴女より二つもランクが上だ。この意味がわかりますか?」
「今一度、聞きます。ドラゴンスレイヤーである貴方が、竜神様を信仰しているこの村に訪れた理由を話しなさい!」
「……ふぅ、やれやれ。そこまで知りたいのなら、教えましょう」
レックスは肩をすくめると、背中に靡いている大剣の柄を掴んだ。
ゆっくりと抜かれていくに従い、女性の顔色も比例して変わっていく。
怒りの赤ら顔から、まさかという青ざめ色に。
「そ、それは!?」
「ふふっ。気づかれましたか。そう、これは伝説の竜殺しの魔剣──クリート」
「くっ……!」
「これで、僕がいる意味がわかりましたね?」
女性の反応に満足そうな表情で、クリートを納め直したレックス。
「ま、待ちなさい!」
そのまま踵を返すと、女性が呼び止める声を無視して、自然と道を開ける村人の間を抜けて去っていった。
「な、なんだったんだ?」
「わからん。ただ、俺達に良くない事が起こりそうなのは間違いない」
「巫女様、どうすれば?」
「……少し、一人にさせてください」
俯いていた彼女の言葉に、村人達は不安そうに顔を見合わしていたが、やがて解散していく。
この場に残ったのは、今の騒動を遠目で眺めていた俺達と、拳を握って歯噛みしている彼女だけ。
「どうすんの? あたし達も移動する?」
「いや、ちょっと確認したい事がある。ロコ、今のやり取りを見ていたな? あの巫女さんの事と、レックスについて知っている事を教えてくれ」
《──》
いくつかロコと念話を交わしたあと、俺は女性の方へ近づく。
足音に気がついたのか、彼女は直ぐに顔を上げて明らかな作り笑いを浮かべる。
「ああ……お見苦しいところをお見せしました。なにか私に用でも?」
「一つ、聞きたい事があります。さっきの冒険者が持っていた魔剣。あれは、本物ですか?」
俺の問いかけに、女性は目を見開く。
それから苦々しげに頷き、唇を噛み締める。
「恐らくは。私は武器方面には詳しくありませんが、あの魔剣から漂う刺すような威圧感は本物かと。竜神様に限って、あのような輩に遅れをとるとは思えませんが……」
「なるほど。あれが、本物か」
初めは偽物かと考えていたが、どうやら正真正銘の魔剣らしい。
確かに、遠目から見た限りでも、あの剣からは竜殺しの概念を感じた。
自分の言葉を反芻した俺を疑問に思ったのか、女性が訝しむ様子で眉を潜める。
「あの、なにか?」
「ああ、いえ。なんでもありません。ところで、A級冒険者というのは、どれほど強いのでしょうか?」
「そうですね……世界に限られた人数しかいないS級冒険者には及びませんが、小さな町を一人で落とせる程度には強いのではないでしょうか。私もあまり詳しくなくて、すみません」
「いえいえ。よくわかりましたので、参考になりましたよ」
「それは良かったです。では、私はやる事があるのでこれで。他に聞きたい事があれば、村の人に尋ねればわかると思います」
「わかりました」
ペコリとお辞儀をした女性は、急ぎ足でこの場を去っていった。
俺も留まっている理由がなくなったので、村の散策を再開する。
「それで、なんだったの? いきなり変なことを聞いて」
「大した事じゃないよ。ただ、自分の勘が合っているか確かめたかっただけだから」
「勘?」
「そう、俺のモンスターテイマーとしての勘」
俺が感じた魔剣の強さが、この世界ではどれぐらいだったのか。
あの程度の竜殺しレベルで、何故レックスが威張れるのか、と。
しかしどうやら、俺の予想以上に魔剣の質が落ちていたようだ。
竜殺しの魔剣は、かつての時代にもあった。
ドラゴンスレイヤーが殺した竜を素材に使った、ドラゴンにとっては劇薬に等しい魔剣。
ロコでも斬られたら致命傷を負いかねない、俺達がもっとも警戒すべき武器。
本来ならば、レックスの持つクリートもそうなるはずだった。
しかし、俺が感じた勘が正しければ、あれは魔剣とはとても呼べない代物だ。
それこそ、一般的な戦士が使う市販品……まあ、あの時代で、竜殺しの武器を使う人はほとんどいなかったが。
ともかく、それほどまでに、質が悪い武器だったのだ。
「それに、A級冒険者ねぇ」
「たしかに、町を落とす程度でなんであんなにビビってるのかしらね。おばば様が本気を出せば、世界の半分を凍らせられるし」
「そうだな。ロコも全力なら、町どころか国すら簡単に更地にできるだろうな」
流石にロコよりは何枚も落ちるが、俺個人だけでも町を破壊するのは容易だ。
モンスターテイマーはモンスターの戦闘に付いていくため、テイマー自身も強くなければいけなかった。
あの時代ならA級までとは行かなくても、その下ぐらいなら山ほどいただろう。
「まあ、あんな人間なんかどうでもいいじゃない。それより、あっちに行ってみましょ! あっちから美味しい花の香りがするわ!」
「はいはい。わかったよ」
女性達の事は気になるが、今は捨ておく。
ロコが見つかるとは思えないし、見つかったとしてもやられる事はない。
実際、さっきも彼女から気にするな、というメッセージを受け取ったし。
気持ちを切り替えた俺は、キティーの案内に従って足を動かすのだった。
♦♦♦
あれから、キティーの花の散策に付き合ったり、宿屋に向かってお金がない事に気がついたり、タダ働きする見返りに泊めさせて貰ったり。
一日をそれなりに楽しんで眠った次の日、俺はキティーと共に山の麓に向かっていた。
なんでも宿の女将が言うには、レックスが山に行ってしまったらしい。
それを竜巫女の女性が追いかけたので、二人を連れ戻して欲しいのだとか。
女将には宿を泊めてもらった恩があるため、こうしてお願いを快諾したというわけだ。
「一日で出戻りとか、変な気分ね」
「まあな。それも、あのレックスが勝手に動いたのがいけない」
「はぁ。さっさと見つけて、村に戻りましょ」
「はいはい。ロコは大丈夫か? 後で様子を見にいくからな」
《──》
三人で話しながら山を歩く。
自前の風魔法で茂みを切り裂き、木々をかき分けて辺りの気配を探る。
地面にある足跡を辿っているが、いまだ二人が見つかる様子はない。
「それにしても、なんであの人間はこの村に来たのかしらね」
「結局、曖昧に濁していなくなったもんな」
まあ、大体予想はつくが。
恐らく、あの魔剣を最近手に入れて、功名心にでも駆られたのだろう。
あの様子……というより、俺の勘が正しければ、A級冒険者というのも嘘だと思う。
佇まいや剣を持った時の隙等を見て、とても強そうには見えない。
本職ではないであろう竜巫女の彼女の方が、強そうに感じるし。
そんな旨を話すと、キティーは呆れたようにため息をつく。
「人間って難儀よねぇ。わざわざ嘘をついてまで、自分を大きく見せたいなんて」
「こればっかは、人の性だから」
「ふーん。面倒な生き物ね」
「かもな」
苦笑いを返しながら、俺は一度も魔物に襲われない現状に納得していた。
この山の主であるロコと繋がっている俺は、魔物達にとって恐怖の対象だろう。
現に今も、遠くから様子を窺う気配を感じている。
《──》
「ん、どうした?」
「なになに? あんたのドラゴンから連絡?」
「ああ。どうやら竜巫女の方を見つけたらしい」
「じゃあ、さっさとそっちに行くわよ!」
「あ、おい!」
キティーは外套から飛び出すと、俺が示す方に飛んでいってしまう。
慌てて追いかけるが、思いの外彼女の飛行スピードが速い。
ようやく追いついたと思えば、既にキティーは到着していた。
「はぁ……はぁ……え?」
「ふふん、どうよ? あたしにかかれば、楽勝ね!」
俺がたどり着いた広場では、息を乱しながら間抜け声を漏らす女性と、腰に手を当ててふんぞり返っているドヤ顔キティー。
そして、恐らくキティーの魔法で殺された、狼型の魔物の死骸が転がっていた。
数瞬で空間認識をしたあと、思わず額に手を置いてため息。
そんな俺の姿を見て、キティーは不思議そうに小首を傾げている。
「なになに? あたしの凄まじさに感激して声も出ないとか?」
「……後ろを見ろ」
「後ろ? ……あっ」
「妖精族……? あの、伝説の妖精族……?」
半ば呆然とキティーを凝視している女性に、キティーは錆び付いた動きでこちらに向き直る。
そして、舌を出して可愛らしくウィンク。
「てへっ。やっちゃった」
どうやら、まずは女性に口止めをするところから始めなければならないようだ。
もう一度深いため息を漏らした俺は、キティーにデコピンしてから彼女に近づくのだった。