第三話 失われた職業
改めてフェアリーの口から言われると、実感として胸に染みていく。
どうやら、俺は物凄く長い間封印されていたらしい。千年単位の寝坊とは、笑いを通り越して泣けてくる。
「ちょ、ちょっとどうしたのよ? 目を押さえたりして」
「いや、ただやらかしちゃったなって」
人間の知り合いはいたにはいたが、別に会えなくても構わない。
もちろん、少しは寂しい。しかし、それ以上に俺はモンスターテイマーとの邂逅を望んでいたのだ。
それも、俺のうっかり寝坊で泡沫。残ったのは、寿命の概念がないロコと、ついさっき出会ったフェアリーあらため妖精族だけ。
……なんだか、一気に疲れが押し寄せてきた。
「よくわかんないけど、そのうち良いことがあるわよ。ていうか、あたしと出会えたことが幸運じゃない?」
「うん、そうね」
「ふふん、でしょでしょ? もー! あんたってわかってるじゃない!」
バシバシと頭を叩いてくるフェアリーをよそに、俺は今後どうするか悩んでいた。
モンスターテイマーがいない現状、ロコを連れていけば騒ぎになるのは間違いない。
盗賊から一般常識を聞いたので、当初は街にロコと一緒に降り立ち、こちらまでやってきたモンスターテイマーと戦おうと画策していた。
しかし、フェアリーからの話を加味すると、来るのは騎士団等だろう。
あとは、盗賊が言っていた、冒険者とやらか。
どちらにしても、俺の期待していた展開にはならないはずだ。
「はぁ……とりあえず、その冒険者とやらになってみるか」
冒険者になれば、身分証明になって便利らしい。冒険者になる時に色々調べられるらしいが、俺の経歴から犯罪に繋がる事は出てくるはずがない。
まあ、向こうに犯罪歴をでっち上げられると、対処のしようがないのだが。
「そういえば、このドラゴンはどうすんの? そのまま町に出て家とか壊しちゃう?」
「そんな事するわけねーだろ。とはいえ、実際ロコをどうするかな」
「──」
「ん? 自分の事は心配するなって?」
問い返すと頷き、ロコが両角を光らせた。周囲に数多の魔法陣が展開され、ロコの全身を風が覆っていく。
その強力な魔法行使に、フェアリーが頬を引き攣らせている。
「うひゃー。やっぱり、ドラゴンは凄いわねぇ。五重紋展開に効果維持なんて、おばば様ぐらいしかできないわよ」
「そのおばば様も凄いな。ロコレベルの魔法は世界でも数人しか使えなかったぞ」
「当然じゃない。おばば様は世界で一番強い妖精族なんだから!」
答えになっているような、なっていないような。
ともかく、フェアリーが言うおばば様が、とんでもない強さだというのはわかった。
「とりあえず、これでロコが見られる事がなくなったな」
「風を使った隠蔽結界ね。まあ、これなら誰かに見られることもないでしょ」
「次の問題は、俺達が町にいる間にロコをどうするか」
「──」
それも問題ない、といった思念が伝わってきた。どうやら、行き当たりばったりな俺と違って、ロコはしっかりと対策を考えていたらしい。
賢いロコの主で誇らしいやら、情けないやら。
「その様子だと、大丈夫みたいね。ねぇ、ねぇ。だったら、早く行きましょ!」
「そうだな。……いや、最後に聞いてない事があった」
「なに?」
「お前の名前だよ。妖精族って言うぐらいなんだから、今はちゃんと独自に名前を持っているんだろう?」
妖精族がフェアリーと呼ばれていた頃は、俺達モンスターテイマーが名付け親だった。
心を通わせたモンスターに名前を付けるのは、モンスターテイマーとして最初の儀式だったからだ。
しかし、それは俺が封印される前。時が経ちその習慣が廃れているのは、モンスターテイマーの絶滅からすぐにわかる流れ。
こういうところでも垣間見える違いに、内心で一抹の懐古の念を抱いてしまう。
俺の知っている世界ではなくなったようで。
「ああ、そうね。自己紹介がまだだったわ」
「俺の名前はアレンだ。改めて、よろしく」
「ん、アレンね。覚えたわ。あたしの名前は、キティーよ」
「キティーか。じゃあ、キティー。町へ行くぞ!」
「よっし、そうこなくちゃ。しゅっぱつしんこー!」
「ロコ、頼む」
「──」
俺の合図で、翼を広げて飛び立つロコ。
恐ろしく静かに上昇していき、再び眼下に広大な緑が広がる。
頭上では穏やかな陽光が降り注ぎ、自然と頬が緩むような気持ちにさせる。
「ふんふふーん」
町が楽しみなのだろう。頭上で鼻歌を歌うフェアリー──キティー。
対して、俺は彼女ほど楽観的にはなれなかった。
目覚め早々目標がなくなった俺は、町でなにをすればいいのか。
……やめよう。あまりネガティブに考えていても、仕方がない。
今はただ、封印前後の違いを楽しもう。
俺達の内心をよそに、ロコは竜巫女の村へ向けて羽ばたくのだった。
♦♦♦
「ここが、竜巫女の村か」
「ふーん。思ったより普通ね」
村の入り口にいた俺達は、門に飾られた石像を見ながら言葉を零した。
あれから人気のない麓に降り立ち、ロコに見送られて俺達は村の前まで来ている。
ちなみに、この村にくる道中でキティーと話し合い、普段は妖精語を使わない事にした。
というより、彼女は里の外で一人でも生きていけるように、わざわざこの世界の言語を学んだようで、せっかくだからそれを使っていきたいらしい。
俺個人としては会話を聞かれない妖精語の方が安全だと思うが、まあ仕方ないかと割り切ったのだ。
また、俺が口にする言語が、現代でも通じると確信できたのは、キティーと話して手に入れた収穫だった。
《──》
《ん、ああ。ちゃんと着いたよ》
脳裏を過ぎる思念にそう返すと、安堵した念が伝わってきた。
ロコが施した対策とは、遠距離念話の事だったのだ。
テレパシーを通じて俺の視覚と共有し、ロコは常に俺達の様子を窺えている。
もう一つ案があったらしいが、それはまたの機会に使うらしい。
「それにしても、この石像……」
天をもたげて咆哮しているその威容。雄々しさの中に宿る高貴さ。今にも動きだしそうな佇まいと相まって、石像とは思えないほどの威圧感を与えてくる。
そしてそれ以上に、その見た目はロコに非常に似ていた。
「竜巫女の竜って、あのドラゴンのことだったみたいね」
「まあ、村がある場所が場所だけにな」
なんとなく見当はついていたが、実際目にするとなんとも言えない心境だ。
カッコいいロコの石像に鼻高々になったり、微妙に違う細部を不満に思ったり。
とはいえ、先ほどから伝わる照れの思念を思えば、最後には微笑ましさが勝る。
「とりあえず、先に行きましょ。あたしは早く村の中を見たいわ」
「それは構わんけど、ちゃんと大人しくしてろよ?」
「わかってるって」
何度も頷いたキティーは、俺の外套にあるポケットに入り込む。
そのまま小さく頭だけ顔を出し、目を輝かせながらこちらを見上げてくる。
よほど、外の世界が楽しみだったようだ。
その綺麗な緑色の瞳は、まるで宝石のように煌めいている。
今にも物理的に星の光線が出そうで、思わず苦笑いを零して足を進めていく。
村の外観は、思ったよりのどかだ。
封印前に見たような建築物が多く、その辺はあまり変わらなかったらしい。
ただ、やはり少し見回せば違いがわかる。
「やっぱり、ないな」
「なにが?」
「郵便屋」
モンスターテイマーがいた頃、人気だった職業の一つが郵便屋だ。
鳥系のモンスターに乗って人々の想いを届ける、幸せの運び屋。
特に子供達の間で人気で、郵便屋が来た時は総出で迎えていた。
他にも、町中に住人を連れていく運転屋、モンスターについて教える教師、依頼されたモンスターを育てる育成師。
様々な物がモンスターと共にあり、モンスターなくして世界は回らなかった。
しかし、今は人間だけの力で、なんとでもなっている。
郵便は馬車を使い、運転屋も普通の馬が行い、教師や育成師は廃れてしまった。
これもまた、時代の変化なのだろう。
モンスターと一緒に歩む時代は終わり、人間が一人で歩いていく時代。
「なんか、寂しそうね」
「かもな。俺の知らない時代になって、色々と複雑なんだと思う」
「ふーん。ま、あんたのことは興味ないからどうでもいいけど。それより、あそこに行ってみましょ! 人間が集まってて面白そうよ!」
「こ、こいつは……」
人がノスタルジックな気分になっているというのに、すげなく切り捨てすぎではないだろうか。
まあ、キティー達妖精族にとっては、人間文化の移り変わりは興味ないのだろう。
内心でため息をつきつつ、キティーに示された広場に向かう。
そこでは、村人達が輪になって、一人の巫女姿の女性を囲っていた。誰もが怯えたような表情を浮かべており、ともすれば彼女に縋っているようにも見える。
「巫女様! さっきの話は本当ですか!?」
「竜神様が目覚めたって!?」
「……はい。たしかに、竜神様の気配を先ほど感じました」
女性の言葉が波紋となって広がり、辺りは騒然とした空気に包まれた。
「りゅ、竜神様が現れたという事は……」
「近づいているのでしょう。この世界が滅びる時が」
「そんなっ!? 巫女様、どうにかならないのですか!?」
「残念ですが、私の力ではなにも。私達竜巫女の役割は、竜神様のお目覚めを知らせるだけ。竜神様のお心まで伺う事はできません」
「そんな事を言わずに──」
遠くから彼女等の話を盗み聞いていた俺は、引き攣りそうになる頬に力を入れていた。
会話の流れを考える限り、明らかに竜神様とやらはロコを指している。
俺が封印から覚め、ロコが飛んでやってきて、そしてこの騒ぎ。
恐らく、初めにロコが俺の別荘に来た時か、あるいはなんらかの手段を用いて、ロコの存在を感知したのだろう。
「へぇ。ドラゴンが動くと、人間では世界が滅びるって思われてるんだ」
「らしいな。それだけ、今の時代でドラゴンが珍しいんだろう」
「それで、どうするの?」
「どうするって言われてもな」
ニヤニヤとこちらを見てくるキティーに、俺はため息を返す。
この村の立ち位置を把握していないので、下手に名乗りを上げるのは得策ではない。
いらぬ騒動を引き寄せて、色々な勢力に知られるのは面倒だ。
とはいえ、俺の特異性を考える以上、遅かれ早かれ目立つのは避けられないだろう。
だから、俺がしがらみに捕らわれる前に、世界を回って情勢を調べたい。
世界の現状を知る事ができれば、自ずと今後の対応も見えてくるはずだから。
そんな俺の考えを、表情から読み取ったのか。
つまらそうに目を逸らしたキティーは、ポケットの縁で頬杖をつく。
「用がないなら、早く別のところ行きましょ」
「そうだな──」
頷いて一歩踏みだした瞬間、女性達の方で変化が訪れた。
村人の囲いを押し退けて現れた、軽装に身を包む戦士らしき男性。
彼は人目を集めるような動きで手を広げ、不敵な笑みを浮かべる。
「安心してください。竜神だかなんだか知りませんが、それも僕がいれば安心です」
「あんたは、昨日やってきた冒険者? 安心って、どういう事だよ」
村人の一人が上げた当然の疑問に、冒険者の彼は笑みを深めていく。
そして、明らかにこの場では爆弾と思える、大胆な発言をするのだった。
「何故なら、A級冒険者である僕レックスは──ドラゴンスレイヤーなんですから」