第二話 フェアリーの話
フェアリー。
モンスターテイマーの間でも人気があった、魔法攻撃が得意なモンスターだ。
羽の色によって使える魔法属性が変わり、それによって名前も微妙に違う。
目の前のフェアリーは……羽の色が金色?
「珍しいな」
思わず呟きが漏れるが、金色のフェアリーは非常に稀なモンスターのはずだ。
伝聞で聞いたことがある。フェアリーの中でも、黄金のフェアリーは存在が別格だ、と。
まあ、現時代でもそうなのかはわからないが。
「な、なによあんた」
「俺か? 俺はさっき起きてきたモンスターテイマーだ」
正直に答えただけなのだが、何故かフェアリーは大袈裟に目を見開く。
「っ……あんた、あたしの言葉がわかるの?」
「それはどういう──」
視界の端で捉えた状況の変化に対応するため、一旦言葉を途切らせる。
バックステップで回避すると、先ほどまで俺がいた場所に長剣が振り下ろされた。
「──なんのつもりだ?」
「へ、へへ……これは夢だ夢に違いない。こいつを殺せば、この悪夢から解放される」
どうやら、ロコの存在があまりにも強烈なせいで、現実逃避をしているらしい。
攻撃してきた男の他にも、何人もが武器を持って怪しい笑みを浮かべている。
……妙だな。
ロコが恐ろしいモンスターなのは自明だが、それに近しいモンスターもいるだろうに。
こいつらの姿を見ていると、まるでモンスターそのものに恐怖しているように感じる。
「──!」
「ヒィッ!?」
「待て、ロコ」
俺が攻撃されたためか、低い唸り声を上げたロコを制す。
泡を吹いて失神した男を蹴り飛ばし、胸ぐらを掴んで持ち上げる。
「ぐっ!」
「おい、俺の質問に答えろ。なんで、フェアリーが捕えられている?」
「はな、離せ! 離せよぉ!」
「なぜ、過剰に怯えている? お前がモンスターテイマーじゃないからか?」
「殺さないでくれぇ……!」
会話が通じない。
男は喚いているだけで応じないし、他の男達も全員失神して倒れ伏している。
こいつから情報収集しようと思ったのだが、段々対応するのが面倒になってきた。
こいつらが攻撃してきた時点で、俺の中でこいつらを生かす道理はなくなっている。
そもそも、フェアリーの扱い方から、俺達モンスターテイマーにとって、奴らは害悪な存在だろう。
俺がかつてよく見た、モンスターを密猟して金を稼ぐ盗賊。
それに近しい存在だと思われる。
「質問に答えなきゃ殺すぞ」
「ひ、ひぃ!? 答えるから! なんでも答えるからぁ!」
「なんで、彼女を檻に閉じ込めている?」
「そうしろって、上から命令されたからだよ!」
「上から? 上とはなんだ?」
「知るかよ! 俺達は言われたことをしてるだけなんだよ!」
「……はぁ」
思わず漏れる、ため息。
薄々わかってはいたが、こいつらはろくに情報を持っていない下っ端だろう。
となると、こいつから聞くべき内容は──
「おい、一番近くにある町はどこにある?」
「ま、町? それなら、山の麓に竜巫女の村が」
「……竜巫女の村?」
初めて聞く名前だ。恐らく、俺が眠っていた時に作られた村だろう。
目を細めて盗賊を睥睨しているロコを見つつ、村の名前に眉を寄せる。
この山にいるロコという存在と、竜巫女という明らかに関連性がある名。
現状の情報もろくに仕入れていない以上、ここで下手に目立つのは得策でなはい。
権力者に目をつけられ、しがらみに囚われるのも嫌だし。
「な、なぁ! もう見逃してくれよ。他に聞きたいことがあるなら、なんでも答えるから!」
「そうだな……じゃあ、お前に聞きたいことがある」
数瞬悩んだあと、こいつから貨幣価値等一般常識を聞いていく。
訝しげに答えていたが、ロコの存在に怯えて口篭るような事はなかった。
それこそ、水を得た魚のように、どんな些細な事でも情報を与えようと。
「──な、なあ。もういいだろ? 俺が知っていることは、全部話したからさ」
「ああ、もういい」
頷いて手を離してやると、盗賊はほうほうのていで逃げようとする。
しかし、途中で振り返り、口にブレスを溜めるロコを見て頬を引き攣らせる。
「ひ、ひぃ!?」
「悪いな。モンスターに酷いことをするやつを、俺は生かして帰すつもりはないんで」
人間に害をなす魔物ならともかく、フェアリー等のモンスターを密猟する奴なら特に。
冷笑を浮かべた俺に、盗賊は慌てた様子で立ち上がって走ろうとする。
「助け──」
「やれ、ロコ」
「──」
ロコから放たれた白い閃光は、気絶している男達を含めて全て捉えた。
威力を絞りに絞ってなお、そのブレスは彼等を容易く蒸発させてしまう。
残った跡地にあるのは、焼けただれた地面のみだった。
「ん。さすが、ロコだ。周囲を破壊しないように配慮できてる」
俺の賛辞に、ロコは当然でしょと鼻を鳴らす。同時に褒めてくれと頭を下げたので、ゆっくりと撫でながら麻袋から檻を取りだす。
中では、数々の状況の変化に付いていけなかったのだろう。ひっくり返って硬直しているフェアリーがいた。
「さて、詳しい話を聞かせてくれるか?」
「……はっ!?」
「ほいっと」
ぴょんっと跳ね起きたフェアリーは、俺が鍵を開けると檻から飛び出し、空中で胸を張る。
「さ、流石あたしが見込んだ人間なだけはあるわ!」
「声が震えてるぞ」
「う、うっさいわねっ! あたしだって、なにがなにやらわかってないんだから。……こほん。とりあえず、助けてくれたことは感謝するわ」
「どういたしまして。それで、話は聞かせてくれるのか?」
「……まあ、義理は果たさなきゃいけないわよね」
腕を組んで何度も頷くと、フェアリーは盗賊達に捕まった経緯を話し始めるのだった。
♦♦♦
「まず、人間は知らないと思うけど、あたし達妖精族は各地に拠点があるの」
「妖精族? フェアリーじゃなくて?」
聞き慣れぬ呼称を尋ねただけなのだが、フェアリーは馬鹿にしたように失笑。
これみよがしに肩をすくめ、額に手を置く。
「あんたねぇ。フェアリーっていつの時代の話よ。そんな古代名なんておばば様達が呼ばれてたぐらいよ」
「待て。古代名ってなんだ?」
「……古代名ってのは、大昔にいた人間が使っていた名前よ。えっと、なんだったかしら。モンスターテイマー? そんな名前の人間が使ってたはずだわ」
フェアリーが古代名で、モンスターテイマーが昔の人間だと。
おかしい。俺が封印されていた期間は、せいぜいが百年やそこらだったはずだ。
いくらなんでも、百年を大昔なんて呼ばないだろう。
フェアリーの言い方では、まるで千年単位のスケールではないか。
聞きたいことが増えたが、まずは彼女からの話が先だ。
胸の内で溢れ返る疑問や疑念を抑えつつ、息を深く吐いて口を開く。
「とりあえず、話を戻してくれ。腰を折って悪かったな」
「別にいいわよ。それで、あたしが捕まってた理由ね。あたしって、凄く清楚な美少女に見えると思うけど、実は好奇心旺盛な快活美少女なのよ」
「……それで?」
「突っ込まないのね。まあ、いいわ。それで、前から外の世界に興味があって、おばば様に内緒で里の外に出たら」
「捕まったと」
「えへへ」
「ははっ……自業自得じゃねーか!」
釣られて漏れた笑いをツッコミに変えると、フェアリーは頬を膨らませてそっぽを向く。
「だって、仕方がないじゃん。里は退屈だし、おばば様は厳しいし、外の方が楽しそうだし」
「だからって、勢いで抜け出すやつがいるか」
「ふふん、ここにいるわよ」
「お前だけだよ!」
「もー、いちいち細かい人間ねぇ。そんなんじゃ雌にモテないわよ? あんたもそう思うわよね?」
フェアリーがロコに尋ねれば、少し悩んだあと何度か頷かれた。
……ロコにも、そう思われていたのか。
「とりあえず、お前の経緯はわかった。それで、里に帰るのか? 俺の伝手がまだ機能するなら、お前を連れてってもいいけど」
「はぁ? 帰るわけないじゃん。それより、あたしはあんたに付いていくわ」
「は?」
突然の提案に目を点にする俺をよそに、フェアリーはプラチナブロンドの長髪を手で払って笑う。
「あたし達妖精語をわかる人間は珍しいし、なにより助けてもらったしね。あんたが連れてるドラゴンも含め、あんたと一緒なら退屈はしないでしょ」
「……まあ、別に構わないけどさ」
「ふふん、潔い人間は好きよ。じゃあ、早速町にしゅっぱーつ!」
「おい、勝手に頭に乗るなよ!」
「気にしない気にしない。あたしは気にしないから」
俺の頭で好き放題するフェアリーにげんなりしながら、盗賊が言っていた町に向かうため、ロコの背に飛び乗る。
その際、盗賊やフェアリーの態度から、モンスターテイマーとして出るのは危険、という思いが首をもたげていく。
「なあ。さっきの事なんだけど、モンスターテイマーって今はどうなってるんだ?」
「なに言ってるのよ。そんなの──」
薄々勘づきつつも、彼女の口から出た言葉に愕然としてしまうのだった。
「──とっくの昔に、滅んだわよ」