第2話 盲目の地獄
この話には、残酷な表現が含まれます。苦手な方は、ご注意ください。
誰かの声がする。けれど、ひどい耳鳴りのせいで言葉は聞き取れない。体を動かそうとすると、激痛で思わず叫びそうになる。激しい閃光を浴びたせいで瞼も開かない。僕は暗闇の中、耳鳴りにかき消されそうな音に注意を向ける。あちらこちらから聞こえる誰かの声。僕に向かって言っているのだろうか?それとも他のだれかに?
徐々に耳鳴りが治るにつれ、聴覚がクリアになる。そして僕は声の正体を知った。それは他の誰にも、まして僕に向けられたものでもない。それは、人間の叫び声。死にゆく人間の断末魔の叫びーー。
朦朧としていた頭が覚醒し、何が起きたか理解した。あの時みんなが乗っていたバンに、オーディエンスの攻撃が直撃したのだ。僕はその爆風で後方に吹き飛ばされた。その際頭を強く打ったのか、未だに視力が回復しない。
僕は耳を頼りに、声のする方へと這っていく。研究をともにした仲間たちの、断末魔の叫びが耳でこだまする。痛い、苦しい、熱い、助けて。そんな苦痛の叫びが四方八方から聴こえてくる。人間とも、獣ともつかない絶叫が近くで聞こえた。だが、やがてプツリと聴こえなくなった。
僕は堪え切れなくなり、大声で助けを呼ぶ。
「誰かいませんか!助けてください!誰か!ぼくの、仲間を……」
「コウ…ジくん」
その時、近くでカレンの声が聞こえた。
「カレン!無事だったーー」
「だめ。あなたは…見ない方がいい。控えめにいってここは……地獄だから」
起き上がろうとする僕に、カレンが声で制止する。でもその声は小さく、今にも消えてしまいそうだった。
「それに、わたしも……あなたには見られたくない。こんな姿…好きな人には見せられないもの」
「そんな、カレン」
カレンの悲しそうな言葉に、僕は悟る。彼女は重症を負っているのだ。
「……ねえ……知ってた?私……あなたに出会ってから……化粧やおしゃれを……するようになったのよ。いままで……全然興味なかったのに」
「だめだ、カレン。」
カレンが僕の手を握ってくる。その手は冷たく、小刻みに震えている。僕はカレンの手を握り返す。強く、やさしく。彼女がどこにも行ってしまわないように。
「あなたが……私に……研究以外の……生きがいをくれた。孤独だった……私の人生に……人の温かさを……教えてくれた。はじめて……人を好きに……なった。」
僕は手を動かしカレンの頬に手を添える。こんなに近くにいるのに、僕は彼女の顔を見ることもできない。それが情けなくて、涙が滲む。
「ありがとう……コウジくん……私に……楽しい思い出を……いっぱい……くれて。それと……ごめんね……食事の約束……守れなくて」
「カレン、君はきっと良くなる。そしたら一緒に食事に行こう。おいしいものたくさんご馳走するよ。だからっーー」
そこから先の言葉は嗚咽で発することができなかった。もう流れる涙を我慢することができなくなっていた。
「ねえ……お願い……コウジくん。わたしを思い出すときは……こんなススだらけの私じゃなくて……あの……楽しかった頃の……笑顔の私を………思い出して………ね………」
カレンの手から力が抜ける。たしかにカレンに触れているはずなのに、もうそこには彼女はいなかった。
「カレン?……カレン!」
分かってるはずなのに、僕は彼女の名前を呼び続ける。まるで呼び続ければ彼女が生き返るかのようにーー
「カレン、頼むよ。僕を、僕を置いて先に行かないでくれ!だって僕は、まだ君に好きって伝えてないじゃないか!それに、食事の約束は?君は約束を破るような人間じゃないだろう?だからお願いだ、カレン、カレン!」
そう、分かってた。彼女にはもう二度と会えないことを。彼女の笑顔を二度と見れないことを。それでも僕は、叫び続けるしかなかったーー。
泣き疲れた頃に、ようやく僕の視力は回復した。ゆっくりと開けた瞼の先には、地獄の光景が待っていた。燃え盛るバン。立ち込める煙。累々と転がる仲間の死体。そして、もう二度と動くことはないカレンの体。
僕はカレンの顔を見る。その顔はススひとつ付いておらず、安楽な笑みを浮かべていた。
「なんだ。君はこんな時だって、十分美しいじゃないかーー」
呼んでくれた方、ありがとうございます!