第1話 襲撃
けたたましいサイレンの音で目が覚める。ベットから身を起こして、時計を見る。まだ朝の4時だ。何事かとほうける僕の耳に、アナウンスの声が入る。
「緊急警報発令!緊急警報発令!職員はただちに所定のマニュアルに従い、避難を開始してください!警護班は各自持ち場につくように!」
「なにがどうなっているんだ?」
ここは国連が管理する極秘研究所である。警備も頑丈で、軍隊並みの装備を揃えた警護班もいる。その研究所で厳戒態勢がひかれている。一体、なにがーー
「コウジくん!」
声のする方を向くと、部屋の入り口に僕の研究仲間であるカレンが立っていた。2年前ここにやってきたばかりの新米まるだしの僕に、はじめて声を掛けてくれたのが彼女だった。それ以来、彼女とはずっと一緒に研究をしている。
「やっぱりまだ寝てたのね。はやく着替えて!ここから逃げなきゃ。」
「カレン、なにがあったんだ。」
「説明はあと。はやく支度をして!」
「わかった。」
ベッドの隣の机には着替えとIDカードが置かれている。カードには僕の顔写真とローマ字で霧宮 浩二と書かれた名前がプリントしてある。ここではみんなからコウジと呼ばれているから、名字で呼ばれることは少ない。そんな事を考えながら着替えに手を伸ばすが、ここにカレンがいたことを思い出す。僕が着替えを躊躇していると、痺れを切らした彼女が叫ぶ。
「どうしたの、はやくしないと!」
「……その、カレン、着替えるからあっち向いていてくれるかな。」
「やだ、ごめんなさい!」
カレンは顔を赤くして、部屋を出てしまった。……僕は悪くないよね?
研究所内は混乱状態だった。鳴り響くサイレンに、非常灯によって赤く照らされた室内。そんな中を職員達が右往左往と動き回っている。僕は廊下を歩きながら、隣を歩くカレンに話しかける。
「それで、状況は?」
「この研究所に3機のオーディエンスが向かっているの。1機は所属不明、他の2機はその機体を追うネイティブスの機体らしいの。」
「オーディエンスが?なんのために?」
「分からないわ!でも、その3機は戦闘をしながらこっちに向かってるの。すでに、いくつかの街が巻き添いにあったそうよ。死人もでたって。」
「軍はどうしたんだ?」
「今、各国のトップが国連で会議を開いているわ。かれこれ3時間は話し合っているようだけど、混沌としてるみたいね。結論が出るまでは軍は出動できないって。一応、近くに軍のオーディエンスをスタンバイさせてるみたいだけど。」
いつの間にそんな状況になっていたのだろう。いままで寝ていた自分の鈍感さにあきれてしまう。
「そう。チームのメンバーは?」
「先生も他のメンバーも退避済み。君だけいないから、わたしが探しに来たんじゃない。こんな時まで寝坊しないでよ。」
「ごめん、ずっと研究漬けで眠ってなくて。そうだ、研究。研究の資料は?」
「研究室に置いたままよ。」
「そんな!早く取りに行かないと!」
僕が立ち止まって研究所に向かおうとすると、彼女に行手を阻まれる。
「ダメ!もうそんな時間はないわ。やつらはすぐ近くまで来てるの!はやく逃げないと。」
「でも、あれは僕たちの研究成果じゃないか!君もこの研究に力を入れてきただろう?」
「そうね。でも、あなたの命には変えられないわ。」
顔を上げると、彼女の目から涙が溢れていた。
「私、コウジくんが死んでしまうなんて耐えられない。先生から、あなたがまだ退避してないって聞いて、私、あなたに
何かあったんじゃないかって、怖くて……。」
「……カレン。」
「命さえあればまた研究は続けられるわ。でも、死んだらそこで終わりなのよ!もう二度と研究もできない。もう二度と君と会えない。そんなの……わたし……」
カレンは今にも泣き崩れてしまいそうだった。不安な気持ちを押し殺して、ここまで来たのだろう。彼女にそんな思いをさせてしまった自分が、情けなかった。
僕はせめてもの罪滅ぼしで、彼女をそっと抱き寄せた。
「ごめん、もうあんなことは言わない。一緒にここから避難しよう。そして、無事に戻って来たら……」
「戻って来たら?」
「いや……その……一緒に食事でもどうかなーって。」
「はぁ、コウジくんって本当にヘタレなのね。」
カレンは呆れ顔でこちらを見てくる。仕方ないじゃないか、これでも僕は頑張った方だ。
「でも、ありがとう。おかげで落ちついた。あなたのヘタレな食事の誘いに応えるためにも、無事退避しなきゃね。」
「うん。行こう。」
外に出でると、研究所の大型バンが待機していた。扉が開き、中から先生が僕らを呼ぶ。
「おーい、こっちだ!コウジ、遅いぞー。また、寝坊していたのかね。」
「先生!今、行きまーす!ちなみにコウジくんはさっきまで寝てましたー。」
「カレン、余計なこと言わなくていいから。」
カレンは悪戯っぽくべーっと舌を出すと、バンに向かって走り始めた。
僕は振り返って、研究所を見た。ここに来てまだ2年しか経ってないけど、いろんなことがあった。カレンと出会い、他の研究仲間ともたくさん出会えた。研究は毎日楽しくて、充実していた。
「コウジくん、早く!」
一足先にバンに乗ったカレンが呼んでいる。そう、ここはただの建物でしかないだ。懐かしさに駆られる必要はない。思い出は新たに作ればいいのだ。カレンと、みんなと一緒に。僕は踵を返し、バンに向かう。
その時、閃光とともにバンが爆発し、僕は後ろに吹き飛ばされたーー。
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