ゼリリン、酒場だと思い込む
騎士団長さんがカジノに入り浸ってから1時間後、彼は既に、全てのZCを使い果たしていた。
最初は順調に勝っていたみたいなんだけど、[1500]ZC稼いだくらいで最高レートで3連敗し、全財産をすったのである。
途中でやめておけばいいのに、しょうもないおっちゃんだ。
「くそぉぉぉおっ!! なぜだ、なぜなんだぁっ! 次こそ赤が勝つと思ったのにっ!! 慈悲はっ、赤に慈悲はないのかぁっ!!」
慈悲とかはないよ。
諦めよう。
「まぁまぁ、ベルレインさんもよく頑張ったと思うよ。普通このスライムコロシアムで所持コインを3倍にするなんて、よっぽどじゃないと不可能だ」
「しかし、しかしあと少しで魔剣が手に入ったのだっ」
「いや、あと少しって思っても、実はそこからがだいぶあるんだ。まあ今日はお客様第一号サービスとして、残念賞の赤カラースライムを進呈するから諦めて?」
ここで残念賞を渡す事により、第一号のリピーターに後味の悪さを感じさせない作戦である。
それにしてもどんだけ悔しがってるんだ、そんなに魔剣が欲しかったのだろうか。
「くっ、仕方あるまい。今日はここで引き下がるとしよう……。だが、次こそは負けん」
「そうだね、この赤カラースライムを育ててリベンジするといいよ。名前は何にする? 自由に決められるけど」
そうそう、諦めが肝心だよ。
余談だが、ここのスライムには、名前が付けられるのも良いところだったりする。
これで愛着が湧いて、一層チャレンジモードのスライムバトルが加速することだろう。
「……決めましたぞ。名は、全てのスライムに復讐を誓い、私と共に勝利を果たすもの。<リベンジャーズ・レッド>だ」
ダサいっ!?
この騎士団長さん、絶望的にネーミングセンスがないぞ。
だ、だが名づけは本人の自由だ……。
すまんスラタロ.Jr、お前は今日から、リベンジャーズ・レッドだ。
強く生きてくれ。
「クククッ、リベンジャーズ・レッドだとっ……。ブフッ」
「タクマさん、笑いすぎですよ。若だって我慢しておられるのに……」
タクマが笑いを隠そうとして盛大に失敗している。
こいつちょっと、営業に向いてないかもしれない。
しかしその点リグはさすがだ。
完璧な笑顔を作り、今もベルレインさんに渡すスライムの箱詰めをしている。
「若、スライムの箱詰めが終わりました」
「うん、ありがとう。それじゃあベルレインさん、今から帝国まで送っていくけどどうする? 騎乗用の従魔がいるから、それに乗っていけばすぐだよ」
騎乗用の従魔とは、わんわん部隊のC級魔物、エクセレントウルフ達の事である。
ウルフ系のC級魔物というだけあって、素早さはそこそこあるので、魔の森を突っ切るにはもってこいなのだ。
わんわんと違って攻撃力が無い分、耐久面にステータスが振り分けられているので、大人が騎乗しても大丈夫だったりする。
まさにわんわん部隊の送迎バスだ。
この方法なら一般のお客さんもカジノまで足を運べるし、群れで行動するので他の魔物が寄り付くことも無い。
送迎は有用性が高いと思うし、このエクセレントウルフ部隊の数も、後日拡張していく予定だ。
「うむ、それに関してはお願いするとしましょう。あまり時間は掛からないと思いますが、帝国に帰還後、あなた方の施設の素晴らしさと魔王情報の誤認の件を伝えておくとします」
「うん、よろしく頼むよ」
それにしても蒼の旅団っていうのはなんだったんだろう。
なにか凄そうな団体さんみたいだったけど、さっぱり分からない。
……ま、いっか。
あとでこっそり帝国へ向かう予定だし、その時に情報収集すればいいや。
そしてその後、スライムコロシアムへの復讐に燃える騎士団長さんを見送ってから、俺も帝国へ向かうことにした。
俺の場合はわんわんに騎乗するので、もしかしたらベルレインさんより早く帝国についてしまうかもしれないな。
「ということで、僕はこれから帝国に情報収集へ向かうので、タクマの方は従業員の増員を頼むよ」
「おう、まかせとけ。魔族だとバレねぇように魔女タイプの従業員を揃えておくぜ」
頼もしい限りである。
リグとゼリリン2号はこのゼリリン城でお留守番だけど、まあ戻ってくるだけなら収納ですぐなので、危険な事はなにもないだろう。
それじゃ、帝国へ出発。
◇
わんわんに騎乗して20分後、騎士団長さんにバレないように遠回りしながら帝国へとやってきた。
遠回りしたわりには結構早かったな。
……ふむ、それにしてもこのアイゼン帝国は、神聖国や俺の祖国であるベルン王国に比べて、ずいぶんと文明が発展している印象を受ける。
特にこれといって目立つ物はないのだけど、町中の街道はきちんと整備されているし、僅かながら魔法の街灯なんかも存在するようだ。
向こうにも全く無いわけではなかったけど、設備の普及度が段違いだね。
ちなみに帝国で何をするかというと、まずは俺を特定した巫女さんって人の確認と、蒼の旅団っていう団体さんの素性の把握だ。
なにも知らないままじゃさすがにマズいと思うし、冒険者ギルドとか酒場でミルクでも飲みながら情報収集すれば、なんとかなるだろう。
ちょうど今、裏路地の薄暗い酒場らしきところまで足を運んだところだしね。
なんか怪しい所だけど、たぶん酒場なんてこんなもんだろう。
ということで、そこの酒場のマスター、ミルクを一杯頼む。
「マスター、ミルクを」
「……ボウズ、ここはガキの来るところじゃねぇ」
「……金ならある」
ジャラリと、小銭の入った袋をカウンターに置く。
その俺の行動に、マスターの眉がピクリと動いた。
「……チッ、ロックなガキだぜ。わかった、今日は俺の奢りだ」
「すまない」
うむ、なんだか分からないがミルクがタダになった。
やさしいマスターさんである。
それとなぜか、周りの冒険者っぽい人が全員人相の悪そうな顔をしているが、そこは気にしない事にする。
きっと普通の酒場に紛れ込んだ、顔がイカツイだけの冒険者に違いない。
腕とか頭に入れ墨が入っていたり、怪しい笑い声も聞こえてくるが、見た目がイカツイだけだ。
そうに違いない。
ゼリリンが変な所に迷い込んだようです。
 




