ゼリリン、またワイロを使う
俺がカジノのチラシを配ると、騎士団長のベルレインさんは目を丸くした。
まあ魔境のど真ん中にこんな施設があるなんて、普通は思わないだろうからね。
カジノが一般的ではないこの世界において、当然と言えば当然の反応だ。
だが、俺はここで引くようなゼリリンではない。
「むっ、カジノとはいったい……。それに、このような施設があるなど、にわかには信じ難いですな」
「えーっと、カジノっていうのは賭博施設のことだよ。賞品はエリクサーとか、新種の従魔とかそういうのなんだ。とりあえず行ってみる? やればハマると思うよ」
とりあえず、この騎士団長さんにはB級の魔物10匹分の借りがあるし、儲けさせてもらった分は楽しんでいってもらうとしよう。
こういう経営っていうのはガツガツしすぎちゃダメだし、ときにはサービスも重要だったりする。
するとやはり、騎士団長さんが食いついてきた。
「エ、エリクサーですとっ!? そのような伝説的なポーションが、こんな所で販売されているというのですかっ!?」
どうやら、DP以外では入手することの出来ない伝説の秘薬、エリクサーに興味を引かれていたようだ。
確かに調合とかで入手することは出来ない伝説級アイテムだけど、そこまで驚くことなのかな。
そう疑問に思っていると、思案している俺をよそに、タクマが返答した。
「ああ、その伝説的なポーションってので間違いない。ただ販売とは違ってな、あくまでも賭博で勝った奴の景品だ。だが、エリクサーが入手できるまで勝ち続けるのは、結構骨が折れるぜ?」
「いや、あれ程の物を賭博の対象として出すのです。骨が折れるのは当然でしょう。ですが恐れ入りますな、さすがは蒼の旅団殿だ。まさか、このような魔境でこんな施設を設けていたとは……。いやこのような魔境だからこそ、なのですかね」
なにか思い当たる節があったのか、ぶつぶつと独り言を始めてしまった。
おーい、帰っておいでー。
そして1分ほど考えに耽っていた騎士団長さんは、意を決したように顔をあげ、語り始めた。
「既にお気づきだとは思いますが、実は私がこの魔境に足を踏み入れたのも、ただ魔物を討伐するためではないのです。この魔境に新たな脅威が生まれたと、我が国の巫女が神託を受けましてな、その脅威に対抗するために私みずから調査に向かったのですよ」
なんだって。
全然気づいてなかったけど、そういうことだったのか。
だが脅威ってなんだろう、せっかくカジノを建設したのに迷惑な話だ。
どんな脅威かは知らないが、もし新ゼリリン城の邪魔をするなら容赦しないぞ。
ゼリリンパンチ10発は固いだろう。
……しかしその後、彼の話を詳しく聞くとだんだんと全容がつかめてきた。
曰く、その神託を受けた巫女っていう人が、この魔境にそれはそれは異常な魔力を持つ者が降り立ったと感知したらしい。
そしてその異常な魔力の発生源は、小さな城のような場所に存在しており、ときおり外に出てはあたりの様子を探っているのだとか。
さらにこの事を重く見た巫女は国の騎士団に連絡し、脅威度Sランクオーバーの魔物、魔王の誕生として報告し、断定。
報告を受けた騎士団はさっそく調査に乗り出そうとするが、魔境に対抗できるほどの人材は極わずかしかおらず、下手に人員を派遣すればいらぬ被害が生まれると判断した。
ならばということで、魔境に対抗できる人材として単独で向かったのがこのベルレインさんという事なのだ。
うむ、理解した。
嫌な予感がしてたまらないけど理解はした。
「ぜ、ぜりっ……」
「クククッ、ブハハハハッ! お、お前、完全に目の敵にされてるじゃねぇかっ! クククッ」
笑いごとではないぞタクマ、これは由々しき事態なんだぞ。
脅威には容赦しないと言っていたが、その脅威が俺自身だっとは思わなかったんだ。
いや、そんな事を考えている場合ではないな。
一刻も早くこの騎士団長さんを懐柔しなくてはいけないようだ。
……うむ。
ならば、それ相応のワイロを渡すのが筋っていう物だろう。
さあ、このキノッピを受け取り給え。
遠慮することはない、これはかの門番さんさえも屈した魔のキノコ。
あなたが受け取っても、だれにも咎めることはできないだろう。
「……ススッ」
「……む? どうしたのだね、そのキノッピはいったい」
なにっ、キノッピの魔力に抵抗したっ!?
……だ、だがわかるぞ、それはやせ我慢だ。
このキノッピがさらに2倍、2キノッピになればどうだ?
もはや人間の精神力では太刀打ちできないだろう。
これでもくらえっ。
「……スススッ」
「う、うむ? なんだかよく分からないが、くれるというのなら有難く貰っておこう。キノッピは最高級ポーションの材料になるのでね。感謝する、蒼の旅団殿っ!」
受け取ったっ!
よし、ワイロの成立だ。
……だが、やはりたわいないな。
人間にしてはたいした精神力だったが、しょせん2キノッピ。
それに比べて、俺の所持キノッピは既に3桁を超えているのだよ。
フ、フハハッ!
フゥーハッハッハッ!
「今お前が何を考えているのか手に取るように分かるが、その想定、根本からズレてると思うぜ」
「負け惜しみはよせ、これは僕の勝利だ」
タクマが負け惜しみを言っているが、関係ない。
これは俺とキノッピの勝利なのだ。
「ですが、参りましたな……。この魔境に脅威となる魔王が潜んでいると思い調査に向かったのですが、蒼の旅団殿がいるとなれば話は別。きっと巫女殿も、あなた方の持つ膨大な魔力を誤認したのでしょう。いやはや、お騒がせしてしまって申し訳ない」
「うん。よくわからないけど、そういう事だよ」
「……相変わらず切り替えが早いなお前。……で、そんじゃどうする、このまま帝国まで俺たちが送っていこうか? それとも、一度カジノで遊んでいくか? 初回はサービスしとくぜ」
よくわからないけど、蒼の旅団っていう団体さんの魔力と勘違いしたってことになったらしい。
うむ、ずっと勘違いしていてくれ。
「ではお言葉に甘えて、一度遊ばせていただきましょう。あなた方の経営する施設とはいえ、一度も訪れていないのでは部下に宣伝しようが無いですからな。……ハッハッハッ!」
こうして、魔王ゼリリン城、初となるお客さんが誕生したのだった。




