ゼリリン、観客と勘違いされる
闘技大会当日、悪役マントと魔道具を装備した俺は、試合会場であるコロッセオまで来ていた。
コロッセオには様々な種族の魔族や人間たちがひしめき合い、だれもかれもが見た目からして強そうである。
ちなみに個人戦に関しては、リグとパチュルは見学で、出場するのは俺のパーティ内だとユウキとルゥルゥだけになるようだ。
まあこの大陸の有力者達が集う個人戦だし、少なくともA級前後の選手が相手となる今回は、パーティ戦に集中した方がいいのかもしれない。
「それでは、選手の方々は控え室の方へ向かってください」
どうやらそろそろ試合開始のようだ。
昨日とは別の受付のお姉さんの案内によって、選手たちが次々に移動していく。
俺もついていこっと。
そら、ゼリリンステップでぴょんぴょんっと。
「ぜりっ、ぜりっ」
「……って、あら? どうしてこんな所に居るのかな僕? ここから先は出場選手の控え室よ、近くで見たい気持ちは分かるけど危ないから戻りなさい?」
「ぜりっ?」
なぜか一般客の子供と勘違いされてしまったようだ。
どうみても俺は人類期待のホープ、ゼリリンなのに。
しかしどうしたものかな、ここで僕は選手だって言っても通じないだろうし、聞く耳をもってくれないだろう。
まさか、戦う前にこんな試練が待ち受けているとは思わなかったな、この大会で一番のハードルは受付嬢さんだったのかもしれない。
すると、後ろ側からよく知った声が掛けられた。
「まて、そいつは大会の出場者で間違いない。というか、俺が直々にスカウトした奴なんだがな。……ちゃんと選手リストを確認したのか? いい加減な仕事をするならクビにするぞ」
「こっ、これは魔王様っ!! 申し訳ありませんっ! え、えっと……」
「ああ、僕はセリル・ロックナー、神聖国で召喚された勇者だよ」
うむ、ゼリリン7歳だ。
それにしてもタクマの奴、魔族の前では凄い威厳だな。
焦った受付嬢さんなんか、冷や汗を流しながらぷるぷるしちゃってるぞ。
「何見てんだセリル。魔族ってのは、このくらいの接し方でちょうどいいんだよ」
「ほむ?」
そうなのか。
よく知らんが、そうなのかもしれない。
そしてその後はタクマと共に控え室へと入り、出番が来るまで待機する事になった。
さて、ではさっそく他の選手の見学といこうかな。
さすがに平均レベルがA級前後の選手が相手となると、こっちも油断はできない。
おそらく2戦目以降は、ちゃんとした作戦を練らなければ簡単には勝てなくなるだろう。
しかし、そこは準備を大切にする俺の事だ、研究をおろそかにすることは断じてない。
今も控え室でゴロ寝しながら、必死に相手の選手たちの観察を続けているのだ。
これで俺の勝ちは揺らがないはず。
さあ、どこからでもかかってくるがいいっ!
さぁさぁっ!
──10分後。
「……スピーッ、……スピーッ」
「おい、セリル。呼ばれてるぞ」
どこからか俺を呼ぶ声が聞こえる。
せっかく気持ちよく寝ているというのに、起こすなんて無粋な輩だな。
「……おいっ、寝てんじゃねぇっ! お前の出番だぞセリルっ」
「ぬわーっ!?」
「ぬわーっ、じゃねえっ!」
ベンチで寝そべっていたら、タクマの奴に耳元で叫ばれた。
めっちゃビックリした、大会が始まって以来のゼリリンショックである。
起こすならもっと丁寧に起こしてほしいものだ。
「いや、なんだその顔は。普通にやってもお前起きなかったからな?」
「ふむ」
そうか、ならしかたない。
……だが、なるほど。
なぜ寝ていたのかと思ったら、どうやら選手の攻略法を考えているうちに、考えるのがめんどくさくなってしまったようだ。
だって人数多すぎるんだもん、一人一人考えてられないよ。
準備なんて無駄無駄、結局は試合なんて強い方が勝つんだから、ぶつけ本番でへーきへーき。
「よしっ。じゃあ、行ってくる」
「……なぜかその清々しい顔が腹立つ、なぜかは知らんが」
「気のせいだよ」
決して、決して手のひらクルーっとしたからではない、決して。
そんな事より今は相手の分析が重要だ、一戦目はいったいどんな選手とぶつかるのだろうか。
「って、初戦からルゥルゥか」
「のじゃぁーっ!? なぜ初戦からおぬしなんじゃっ!? 変更を、組み合わせの変更を希望する!」
「いや、無理だよ」
「そこを、そこをなんとかっ!」
相手が俺だと分かった瞬間、ルゥルゥが無駄な抵抗を始めた。
審判さんの前までいって抗議をしているようだ。
ていうか早く試合はじめようよ。
審判さんも苦い顔をしているし。
「いいえ、ダメです。組み合わせはランダムに決められていますので、公平性は保たれています。諦めてください」
「のじゃぁぁ…… そんな、あんまりじゃ、あいつワシの魔法効かないんじゃぁ…… 終わりじゃ、何もかも。ここで実力をアピールすれば良い男が寄ってくると思ったのに、あんまりじゃ」
「ダメです」
「…………」
あっ、ルゥルゥの目から光が消えた。
絶望を宿した表情でこっちに向き直っている。
ごめんよ、でもこれ試合だからしょうがないんだ。
あとでミルク奢ってあげるから、元気出せよ。
「それでは、亜空の魔女ルゥルゥと、クローム神聖国の勇者セリルの試合を始める。……はじめっ!」
『うぉおおおっ! やれぇチビッ子ぉおおっ!』
審判の合図と観客の声援と共に、俺の第一試合が始まった。
それじゃ、まずはダークオーラと身体強化からだ。
相手は魔法メインだし、遠距離攻撃よりも接近戦の方が分がいいだろう。
「手加減はしないよ、……ゼリリンダッシュっ!」
「のじゃぁああっ!? 速いっ!? しゅ、【瞬間移動】っ!」
「あっ!? 逃げた! ……どこだ?」
一気に間合いを詰めたのはいいけど、ルゥルゥが跡形もなく消え去った。
まさか初手で空間魔法を使うとは思わなかったな、やりおる。
というかあのロリ魔女、どこに逃げたんだ?
周囲を見渡しても見当たらないぞ。
「……ハッ! まさか上かっ!?」
上を見たが、居ない。
あっれー?
「ぬわはははっ! 見たかチビッ子、これがワシの魔法【瞬間移動】じゃっ! 場外の人込みに紛れてしまえば、おぬしも追っては来れまい」
「えっ」
……まさか、リング内じゃなくて場外に出ていたとは。
さすがルゥルゥやる事が汚い。
でもそれって、アレじゃない?
アレだよアレ。
「勝負ありっ! 亜空の魔女ルゥルゥの場外負けにより、勝者、勇者セリル!!」
『うぉおおおっ! なんだか分からないけどチビッ子が勝ったぁああっ!!』
やっぱり判定勝ちだった。
「そんなっ!? ばかなぁああっ」
「ロリ魔女は頭がいいけど馬鹿だね」
よし、1戦目勝利。




