ゼリリン、ラスボスをやってみる
夕方になり、姉弟揃って入試の結果発表を見に来ていた。
ルー兄ちゃんも教室での説明が終わっており、すでに合流している。
「レナ姉さん、セリル。も、もし入試で落ちても、つ、次があるから! 大丈夫だよ!?」
「むにゅむにゅ…んぁ?」
「大丈夫だよルー兄ちゃん、試験簡単だったし」
なぜか試験を受けた俺たち以上に緊張しているようだ。
いつもの事だけど、ルー兄ちゃんは真面目すぎるな。
レナ姉ちゃんなんて、もうイベントは終わったとばかりにお昼寝モードから復帰しないんだぞ…
どちらも極端過ぎる。
でも、そんなに心配ならさっさと結果をみて安心させてあげないとね。
俺は兄想いのゼリリンなのだ。
……そして合格発表が記されている掲示板を目で追っていくと、やはりと言うべきかなんと言うべきか、特待生の項目にでかでかと俺とレナ姉ちゃんの名前が刻まれていた。
まあ、わかりきってたことだけどね。
筆記試験では一問も解かずに寝ていたようだけど、戦闘部門というカテゴリーで特待生枠がある以上、試験官を出し抜ける姉ちゃんが落ちるわけがない。
「あ、特待生枠に僕たちの名前があるよ?」
必死に名前を探しているルー兄ちゃんに、それとなく教えてあげる。
そもそもなんで一般枠から探し始めるのだろうか、一般枠だとうちの経済的に無理だって。
「えっ!? あ、ほんとだ!! すごいよレナ姉さん、セリル!」
「ありがとうルー兄ちゃん」
「ふわぁぁ…… ありあとー……」
うむ、これで心置きなくお家に帰れるというものだ。
一件落着だね。
ちなみにだが、帰りの竜車には当分乗る予定はない。
しばらくこっちでブラブラしてから、気が向いたときに帰る予定だ。
なにせ母ちゃんの門限地獄から解放される数少ない機会だからね、ここらで迷宮を一気に強化する計画があったりなかったりする。
王都からロックナー家まではだいたい3週間、誤差で数日の遅れくらいは許容範囲なので、その間は自由時間なのだ。
クローム神聖国で数日間狩りをして、何食わぬ顔で王都にもどるのが俺の作戦である。
「それじゃ、僕はもうそろそろ竜車に乗って帰るね」
いや、帰らないんだけどね。
「うん、父さんと母さんにも結果を伝えるんだよ?」
「ばいばいセリルー」
そうして俺は別行動を取る事になった。
◇
合格発表から1時間、俺は王都のスラム街まで足を運んでいた。
もちろん人気のないところで収納するためである。
ちなみに竜車は校門の前にいくらでもあった。
おそらく落ちた子なんかの送り迎えのために集まってきているのだろう、数日後もあるかはわからないけど、なかったら馬車でいいや。
さて、徹夜で狩りまくるかな。
収納っ!
いつものように亜空迷宮までやってきたわけだけど、まずはここ一ヶ月間のDPの確認だ。
放置してたからどうなってるかわからないしね。
虹色のコアを確認する。
【亜空間迷宮、DP:8210】
…………ん?
……8210ってなんだろ。
ああ、8千210ポイントか。
なるほど。
わからん。
いやまて、どういうことだ、明らかにポイントの数値がおかしい。
いくらなんでも増えすぎだ。
なにが起こっているか分からないが、とりあえず、明細履歴を見よう。
明細履歴:
人族の死体(+74)
人族の死体(+102)
ドワーフ族の死体(+75)
エルフ族の死体(+421)
人族の死体(+76)
人族の死体(44)
獣人族の死体(62)
……etc
う、うそん……
明らかに冒険者を殺しまくってますやん。
もしかして、迷宮の場所がバレてわんわん達と戦争になったのか?
確かに一ヶ月間放置してたけど、まさかこの短期間でこんなことになってるとは思わなかった。
いま土の迷宮がどうなってるかは分からないけど、一度状況を把握しに行ってみよう。
幸い土迷宮のコアはまだ健在なようだし、わんわん部隊が全滅したということはないのだろう。
もしわんわんがやられていれば、防衛力のない迷宮のコアは壊されているはずだからね。
そして俺は少し焦りながらも、土の迷宮へと転移した。
「わんわんっ、何があった?」
「…っ!! クゥウン…」
「ふむふむ、なるほどなるほど……」
正確には何を言っているのか分からないけど、マスター補正でなんとなくニュアンスが伝わってくる。
わんわんの話をまとめるとこうだ。
①まず、いつも通り狩りをしていたある日、森で人間に遭遇する。
②俺から人間はやばいと教わっていたわんわん部隊は、その場で即逃走。
③しかし人間側に部隊の一匹がバレてしまい、討伐隊が組まれる。
④洞窟に籠城するも、人間に見つかり全面戦争。
ということらしい。
つまり、俺がいない間に冒険者にみつかってしまい、この森では見かけない危険度の高い魔物を討伐する依頼が出されたという事だろう。
見つかったのがCランクの魔物なので、最初のうちは弱い冒険者との闘いになっていたが、ボスであるわんわんはAランク魔物であるために完全に返り討ち。
それを繰り返しているうちに、だんだんわんわんの危険度を理解してきた冒険者が高レベルになっていき、今に至るという事なのだろう。
明細履歴に高ポイントとして入っているのは強い冒険者で、低ポイントで入っているのは弱い冒険者ということなのだろうと推測する。
これはあれだ、一刻も早くここから脱出したいね。
群れを守るためにわんわんが戦っていたらしく、部隊はまだ一匹も欠けていないが、それでも戦っていた本人は満身創痍だ。
次に強い冒険者と戦闘になったら絶対に全滅するだろう。
あれだけ人間からは逃げろって伝えたのになぁ……
「よし、わんわんは部隊ごとまとめて俺の影に隠れろ。ここのコアは放棄し、次の拠点へと移る」
「グルァンッ!」
どうやら分かってくれたようだ。
まあ、ここでコアを失っても[300]DPだ、今の貯蓄量を考えればどうという出費でもない。
近くに教会のコアとかあるしね。
そして俺の影にすべての部隊を収納し終えた時、その足音はやってきた。
どうやら次の冒険者らしい。
今すぐ逃げたいけど、わんわんを見られてしまっている以上は何かしらの弁明が必要だ。
俺の使役していた魔物が人を襲ったんだから、対策しないと神聖国で捕まっちゃいそうだからね。
だから俺はとりあえず冒険者を待つことにした。
弁明の仕方というか、言い逃れの方法はすでに考え付いている。
名付けて、ドッペルゲンガー作戦だ!!
すると、向こうもこちらに気づいたらしい。
……人数は3人。
一人は金髪ドリルの幼女に、一人はどこかで見たことのある美エルフ、そして歴戦の戦士と思われる剣士だ。
「ふふん、わたしが来たからには迷宮のボスなんて一巻の終わりよ! 覚悟しなさいっ! …って、あれ?」
「おや、どこかで見たことのある顔だね」
「んん? あのボウズ、でかくなっちゃいるが、もしかしてあの時のちびっこか?」
そう、パチュルに美魔女さん、闘技大会の時のA級剣士さんのパーティだった。
パチュルはともかく、美魔女さんと剣士さんは単体でA級の実力がある。
いくらわんわんでも戦ったら勝ち目は無いだろう。
間一髪だったな。
そこで俺は考えていた言葉を発する。
「ようこそ、記憶の大迷宮へ。歓迎するよ人間共。僕はこの迷宮の主、ドッペルゲンガーさ」
俺の大嘘が決まった。




