ゼリリン、優勝する
子供の部トーナメントが開催されてしばらく、順調に勝ち進みついに決勝へと歩を進めた。
ここまで身体強化と鋼の短剣くらいしか使っていないが、何事もなく勝利を手にしている。
そろそろ魔法とかも使いたいなぁ。
「むふふ、優勝まであとすこしよセリル!」
「うん、そうだね~」
テンションの上がったパチュルが、疾風の指輪を見つめながら気合いを入れている。
いくら気合いを入れても戦うのは俺なんだけどな……
でも応援してくれるのは嬉しいし、期待に満ちた顔は可愛いからいいけど。
ちなみに、ここまで戦った感じだと次の試合も楽勝だろうと思っている。
正確な表現ではないかもしれないが、魔物のランクでいうとEからDくらいの強さだ。
具体的にはゴブリンからグレートウルフくらいだな。
いくら鍛えていると言っても相手はまだ子供、大人の平均ランクDの人間種ではこんなものなのだろう。
「決勝の相手はさっき私にいちゃもんをつけてきた奴よ。同じ公爵家だから手練れを用意していると思うけど、あんたなら勝てるわ! さあ、いってらっしゃい!」
「ほいほい~」
そろそろ決勝の時間らしい。
もうちょっとジュースを飲んでのんびりしたがったが、仕方あるまい。
ゼリリン、いざ出陣!
「鋼の短剣よし、体調よし。……とうっ!」
「「「うぉおお! すげージャンプ力!」」」
既に召喚していた鋼の短剣を装備し、コロッセオの舞台上に飛び乗った。
これはお祭りだし、たまにはこういう演出も必要なのである。
会場もパフォーマンスが気に入ってくれたようで良かった。
「ちっ、パチュルのやつがこんな隠し玉を用意していたとはな。おい、負けたら承知しないぞ!」
「……わかってますよ」
公爵家の少年がなげやりに指示を出すと、フードをかぶった謎の人物が舞台に上がってきた。
装備は杖で背は高い、声から察するに少女だろうか?
顔はよく見えないが、この人も出場年齢ギリギリといったところだろうか。
「両者揃ったな、準備はいいか? ……よし、では試合開始!」
っと、考えている間に試合が始まったみたいだ。
身体強化発動っ!
「少年、君には悪いけど私にとっては遊びじゃないの、一撃で決めさせてもらうわ」
「ふむふむ」
相手は一撃で決めたいらしい、生命力がSSSで対魔力Sのゼリリン相手に魔法で一撃とは、ずいぶんな自信家だ。
まあ種族の秘密を知っているのは俺だけなわけだが。
「『親愛なる光の精よ、私に少しだけ力をかして』シャイニーアロー!!」
「ぬぉぉ!」
女の子が謎言語の詠唱を唱えると、俺の周囲から1ダースくらいの光の矢が飛んできた。
なんだこの詠唱は、母ちゃんの詠唱はもうちょっと長かったのに!
「ぬわぁーっ!」
「ちょっと、セリル!? ……いやぁぁ!」
「「「ちびっこがやられた!?」」」
飛んできた光の矢をよけようとしたが、数本まともに受けてしまった。
結構ちくちくして癖になる感覚だ。
「急所は外しておいたわ、でもこれで終わりね。審判さん、合図を」
「…………」
声をかけたが、審判は合図をしない。
まあそれは当然だ、既に完全回復して立ち上がっているのだから。
魔力とゼリー細胞があるかぎり俺は倒れない。
それにしても随分なよそ見をしているな、この間にさくっと攻撃を決めてしまおう。
俺は油断しない魔王なのだ、ずるいと言ってはいけない。
「ちょっと、審判?はやく手当てしないとさすがに命にかかわるわ……!」
「お姉さん、よそ見してるとあぶないよ」
「えっ? ……っきゃ!」
それ、場外へぽいーっとな。
「うむ、勝負が決まったな。選手の場外負けにより、勝者、リジューン王国公爵家長女、パチュル・ジェリー!!」
「「「うおぉっ! ちびっこつええぇぇっ!!」」」
「驚かすんじゃないわよばかセリル! 回復魔法が使えるならそう言いなさい!」
いや、回復魔法じゃなくて、回復スキルなんだけど…
だがこれを言っても伝わらないと思うので、ほっとこう。
「お疲れお姉さん、すごい魔法だったよ。……おや?」
「うぅぅ、負けちゃった。……あっ、見ないでっ!」
場外へ投げ飛ばされた女の子を見てみると、そこにフードが外れた素顔があった。
髪の色は深い緑で、耳がすごく長い…
これはもしや、あのファンタジーの定番エルフなのだろうか。
「もしかしてエルフ?」
「……そうよ、エルフよ。なに? エルフが出場しちゃいけないキマリとかあるの? 別に良いじゃない賞金目当てに参加したって、これでも人間基準の13歳なの。私だって新しい杖が欲しかったのよ…… うぅ……」
「あ、いや、そういう訳じゃないよ……」
そうか、ルール的には13歳までしか出場できないが、これはあくまでも人間基準の13歳だったわけか。
これはうまいことルールを逆手に取ったな、頭がいいぞお相手さん。
そして賞金目当てということは、勝つたびに賞金がもらえるような契約を公爵家と結んでいたのだろう。
俺なんてタダ働きだぞ、パチュルにしてやられたわ。
「きゃーっ! やったわセリル、優勝よ優勝!みてみてー!」
「お姉さん、あそこの表彰台でぴょんぴょんしてる女の子が雇い主な訳ですが、僕はお給料なしのタダ働きになります。負けたからといって、お姉さんもそう悲観することはありませんよ」
「えっ…… そ、それは災難だったわね。というか君本当に3歳なの?」
うむ、3歳だ。
それに、3歳が勝ち残ったのに報酬なしとは世知辛い世の中だ。
負けてしまったエルフさんにも強く生きてほしいものである。
ちなみに子供の部の優勝賞品は、金の頑張ったで賞メダルだった。
あまり使う予定がないものだが、まあお祭りだし、これくらいがちょうどいいのだろう。
どちらかというと、このメダルの価値は名誉によるところが大きいみたいだしな。
これを持っていると入試や就職に便利なのだろうと推測する。
「それじゃ、次はついにエキシビジョンマッチよ! ここまで来たからには負けはあり得ないわ!」
「まあできるだけ頑張ってみるよ」
さて、秘策もいくつか用意してあるし、今の全力を試してみるとしよう。
いくぞわんわん!




