ゼリリン、恋のキューピッドになる
「なぜか見られている気がする」
「クゥン……」
「そうか、わんわんもそう思うか」
わんわんがカイザーフェンリルに進化した直後、イメージの払拭のために学校を目指していたのだが、街道を歩く人たちの視線が厳しい。
まるで俺たちを見てはいけないものをみてしまったかのように、チラ見した瞬間逃げ出す人までいるくらいだ。
「謎は深まるばかりだ」
俺たちがいったい何をしたというのだろうか、世知辛い世の中になったものだな。
それからしばらく王都の人たちの注目を浴びつつ闊歩していると、突然衛兵や冒険者たちがわらわらと集まってきた。
なんの騒ぎだろうか。
「おいっ! そこの少年大丈夫かっ!! 今助けるぞっ!」
「……むっ?」
衛兵や冒険者のリーダーらしき、見事な大剣を背負った青年が話しかけてくる。
あのお兄さんなかなかやるな、身のこなしが本物の戦士のそれだ。
ついでに、お兄さんの隣にいる魔法使いっぽい人もそこそこの腕に見えるし、なかなか良いパーティだね。
ランクで言えばAランクパーティくらいだろうか。
しかし、大丈夫かとはどういう意味なのだろう。
大丈夫もなにも、俺はわんわんと一緒に散歩しているだけなのだが。
「僕は大丈夫だよ。でも、今はちょっと用事があるから、また今度ね。行かなきゃいけない所があるんだ」
ニィルさんにこのわんわんを見せつけたいので、今は相手をしている場合ではない。
今からならニィルさんの登校時間に間に合うだろうし、急げば学校に着く前にお披露目できそうだ。
「なっ!? まさか、自分だけが身代わりになり、この王都を救おうっていうのかっ!? そんな、こんな子供が身を挺して俺たちのために……。くそっ!」
「きっとあの子、自分を囮にして私達の準備の時間を稼ごうとしているのよっ!」
「どうにか、どうにか出来ないのかっ!」
「無理よ、今ここであの魔物を攻撃すれば、確実に背中の子供が死ぬわ。あの狼の力は、どう見積もってもS級はあるもの。あの子を守りながら戦うなんて不可能だわ」
「それじゃ、僕は急いでるからまた今度で」
お兄さんと魔法使いっぽい人が何やら喚いているが、ぞろぞろと人が集まってきたので突っ切る事にする。
「わんわん、ダッシュだ」
「ウォオオオンッ!!」
「ま、待てっ!」
待つわけがない。
今日の俺は予定のあるゼリリンなのだ。
そして冒険者と衛兵の群れを、S級魔物の突破力で強引に押し切り駆け抜けた。
スピードを上げると人にぶつかりそうな事がよくあるので、途中からは屋根を利用しながらぴょんぴょん飛び跳ねていく。
「うーむ。筋力が上がったからか、ジャンプ力がすごい」
今のわんわんは一回のジャンプで屋根を二つ飛ばしくらいしている。
俺も強化装備具込みなら似たような事はできるけど、改めて見るとめちゃくちゃだな。
しかし移動速度があがるのは良い事だ。
もう学校付近まで来たし、そろそろ名誉挽回のチャンスも近い。
すると、探していた人物が見つかった。
「あ、ニィルさんだ。おーいっ」
さっそく見つけたので、屋根から飛び降りて彼女の近くに落ちる事にする。
「はっ!? この声はセリルくんぇええええええっ!? ちょ、ちょっと待っあぎゃぁあああっ! ……ぶくぶくぶく」
「えっ」
飛び降りた瞬間、ニィルさんが絶叫をあげて気絶してしまった。
口から泡を吐いて倒れている。
どうしたのだろうか。
周りに居た生徒たちも蜘蛛の子を散らすように逃げていき、誰もいなくなってしまった。
「えっ、あの。……えっ」
「ぶくぶくぶく」
「ふむ。……あっ! 分かったぞっ!」
そうか、みんなわんわんにビビってるんだな。
いくらカッコよくても、数メートルもある狼が空から降ってきたら、そりゃあ怖いかもしれない。
なるほど、納得だ。
「しかたない、わんわん影に隠れていてくれ。このままニィルさんを放っておくわけにもいかないし、一旦ニィルさんを休ませよう」
「ウォン」
さて、しかし困ったぞ。
もしわんわんがこの街の脅威として捉えられていたのだとすれば、後から衛兵さん達や冒険者がやってくるのは必定。
どう言い訳した物か。
「僕の従魔だと言っても、あの様子じゃ聞き入ってくれないだろうし。うーむ。……せやっ!」
適当に誤魔化しちゃおう。
そうだ、それがいい。
そしてニィルさんを木陰で休ませ待っていると、予想通り冒険者や衛兵さんたちがわらわらと集まってきた。
さっきより人数が多いし、いろいろ準備してきたのだろう。
さっきの剣士っぽいお兄さんもいる。
とりあえず手を振っておこう。
「おーい」
「あの子はっ!? き、君大丈夫だったかいっ!」
「うむ。間一髪だった」
「そ、そうかい。……ずいぶんとドッシリ構えてるね。すごい胆力だ。それで、あの狼の魔物はどこへ?」
「追い払ったよ」
「えっ!?」
お兄さんが驚く。
まあ無理もない、あのS級魔物を追い払う事の出来る存在なんて、今集まっている人たちが束になっても厳しい。
俺がやったと言っても信じてもらえないだろうし、通りすがりの人がやったといえば色々と言及されるだろう。
だが、それでは終わらないのが魔王ゼリリンだ。
「そんなバカなっ!? あれはとんでもないモンスターだよっ!? いったい誰がっ!?」
「こいつがやりました」
「えぇっ!?」
そう言いながら、ススッと指をニィルさんの方へ向ける。
気分は先生にチクる感じ。
「この子がかいっ!? ……とてもそうには見えないけど」
「間違いないです。僕は見ました、魔法陣を使って彼女が狼と会話するのを。確か、テイムがなんたらかんたらって言ってましたよ」
「テ、テイムだってぇっ!? 伝説のスキルじゃないかっ!」
「はい。なにやら巨大狼と交渉したあと、狼はこの場を去って行ったので間違いないです」
「……そうか。テイムを行うには膨大な魔力が必要だと聞いていたが、この子が気絶しているのもそのためか」
お兄さんの言葉に、周りの人が納得したように頷く。
ふぅ、これで俺への言及もこれ以上行われまい。
あとは開発した魔法陣をニィルさんが王国全体に広めるだけだ。
そうなれば王国からも報酬が出るだろうし、彼女の立場も高くなる。
結果的に学校では天才と呼ばれるルー兄ちゃんとも近づき易くなるだろうし、万々歳だね。
研究に協力してくれた彼女に対する、ゼリリンアシストってやつだ。
完璧な作戦である。
……それじゃ、頃合いを見て逃げ出そうかな。




