クスリ草のつぼみと、氷のウロコ
小さな町に、シュンという男の子が、お母さんと一緒に暮らしていました。
ところが、いつも大忙しのお母さんが病気になってしまいました。
シュンはお母さんを助けたくて、物知りのお医者さんにどうしたら良いか聞きました。
「お母さんは、とても大変な病気なんだ。クスリ草のつぼみがあれば、よく効くお薬ができるのだけど」
「僕がとってきます。クスリ草のつぼみは、どこにありますか?」
「丘の上にあるそうだ。でも、春になる前に見つけないといけないんだ。クスリ草のつぼみは、春になったら花になってしまう。冬の間しか、つぼみじゃないんだ」
「たいへんだ」
シュンは驚きました。もうすぐ、季節が変わる日が近づいているからです。
「お母さん、僕、急いでクスリ草のつぼみをとってくるね」
シュンは急いで家を飛び出しました。
驚いて、ウサギがピョンと道から跳び上がりました。
「シュンくん、そんなに急いでどこに行くの?」
「お母さんのために、クスリ草のつぼみをとりに、丘の上へ」
「たいへんだ、もう春が来てしまうよ。シュンくん、私に良い考えがある。先に冬の女王様のいる塔に行かないか」
「どうして?」
「冬の女王様に、冬を長くするようお願いするんだよ! ここから近いからね」
シュンはウサギをつれて、急いで冬の女王様のいる塔に行きました。
とても高い、立派な塔です。
ウサギによると、この塔に春の女王様がきて、冬の女王様が自分の家に帰ると、季節が春になるのですって。
塔の入り口には、大きな氷の竜が寝そべっています。雪の女王様を守っているのです。
大きくて怖いけれど、シュンは勇気を出しました。
「こんにちは! 僕はシュンです。どうか冬の女王様に会わせてください。病気のお母さんのために、クスリ草のつぼみをとってきたいんです」
大きな竜は目を開けて、
「なんだって」
と驚きました。
「それは大変。急いで冬の女王様に会いに行こう」
竜は、シュンとウサギを背中に乗せて、冬の女王様がいる塔のてっぺんまで飛んでくれました。
「ありがとう。氷の竜さん」
「どういたしまして。お母さんが早く良くなると良いね」
バルコニーに、突然シュンとウサギと氷の竜がやってきたので、冬の女王様は驚いて部屋から出てきました。
「はじめまして。冬の女王様。僕はシュンと言います。お母さんが病気で、お薬を作るために、クスリ草のつぼみをとりに行きたいんです」
「冬の女王様。シュンくんがとりにいくまでの間、ずっと冬にしてもらえませんか」
と、ウサギも冬の女王様にお願いします。
冬の女王様は、シュンくんを、なんてお母さん思いの優しい男の子だろう! と感心しました。
「わかりました。本当はもうすぐ春に変わるのです。でも、がんばって冬を長くしましょう。この塔に私がいれば、冬が続くのです。氷の竜にも協力してもらいましょう」
シュンとウサギはとても喜びました。
「でも、シュンくん。早くクスリ草のつぼみをとってきてね。シュンくんは、冬が長くなるようお願いしに来たけれど、早く春が来て欲しい人もたくさんいるの。ずっと冬にはできないのよ」
そういって、冬の女王様は、氷の竜から氷のウロコを1枚とって、シュンに渡しました。
「このウロコがお水のウロコに変わったら、すぐに春になるから、気をつけて」
「ありがとう、冬の女王様」
シュンとウサギは、冬の女王様と氷の竜にお礼を言って、氷のウロコを持ってクスリ草を探しに行くことになりました。
***
一方。別の小さな町に、アイナという小さな女の子が、お父さんと一緒に住んでいました。
ところが、いつも忙しいお父さんが大怪我をしてしまいました。
アイナはお父さんを助けたくて、物知りのお医者さんにどうしたら良いか聞きました。
「お父さんは、とてもひどい怪我をしている。氷の竜の氷のウロコがあれば、すぐ治るお薬ができるのだけど」
「私がとってきます。氷の竜の氷のウロコは、どこにありますか?」
「高い山の上にあるそうだ。でも、春になる前に見つけないといけないんだ。春になったら水のウロコになってしまう。冬の間しか、氷じゃないんだ」
「たいへん!」
アイナは驚きました。もうすぐ、季節が変わる日が近づいているからです。
「お父さん、私、急いで氷のウロコをとってくるね」
アイナは急いで家を飛び出しました。
驚いて、クマが道で転びました。
「アイナちゃん、そんなに急いでどこに行くの?」
「お父さんのために、氷のウロコをとりに、高い山の上へ」
「たいへんだ、もう春が来てしまうよ。アイナちゃん、僕に良い考えがある。先に春の女王様のいる丘の上に行かないか」
「どうして?」
「春の女王様に、春に変えるのを待ってもらうようお願いするんだよ。とても近いところだからね」
アイナはクマをつれて、急いで春の女王様のいる丘の上のお家に行きました。
とても広い丘の、可愛いお家です。
クマによると、春の女王様が家から出て、高い山の上にある高い塔に行くと、季節が春になるのですって。
家の周りには、たくさんのお花がつぼみをつけて揺れています。春になったら咲くのですって。
とても静かで怖いけれど、アイナは勇気を出しました。
「こんにちは! 私はアイナです。春の女王様に会いに来ました。大怪我をしているお父さんのために、氷の竜の氷のウロコをとってきたいんです」
すると、お家の周りのたくさんのお花のつぼみが揺れて、
リンリンリン、と音を出しました。
「春の女王様、大変ですよ、お客様ですよ。起きて、起きて」
春の女王様は驚いてお家から出てきました。
「はじめまして。春の女王様。私はアイナと言います。お父さんが怪我をして、お薬を作るために、氷の竜の氷のウロコをとりに行きたいんです」
「春の女王様。アイナちゃんがとりにいくまでの間、春にするのを待ってもらえませんか」
とクマも春の女王様にお願いします。
春の女王様は、アイナちゃんを、なんてお父さん思いの女の子だろう! と感心しました。
「わかりました。本当はもうすぐ春に変わるところです。でも、おでかけするのを、待ちましょう。この家に私がいれば、まだ春にはなりません。クスリ草にも協力してもらいましょう」
アイナとクマはとても喜びました。
「でも、アイナちゃん。早く氷のウロコをとってきてね。アイナちゃんは、春がまだ来ないようにお願いしに来たけれど、早く冬が終わって欲しい人もたくさんいるの。ずっと待つことはできないのよ」
そういって、春の女王様は、家の周りの花のつぼみを1本とって、アイナに渡しました。
「このクスリ草のつぼみが咲き出したら、もう待てないわ。すぐに春になるから、気をつけて」
「ありがとう、春の女王様」
アイナとクマは、春の女王様とつぼみたちにお礼をいって、クスリ草のつぼみを持って氷の竜のウロコを探しに行くことになりました。
***
さてさて。
この国に、とても立派な王様がいました。
でも、王様はとても困っていました。
冬が終わって春になる日はもうとっくに過ぎているのに、ちっとも春にならないのです。
王様は、シュンとアイナの事を知りません。
冬の女王様と春の女王様がどうしているのか、とても心配しています。
それに、ずっと冬のままでは大変なのです。
冬は食べ物があまりできないので、このままでは皆の食べるものが無くなってしまいます。
とても心配した王様は言いました。
「冬が長くて困っている。
塔に春の女王様が住んだら春になるから、誰か、春の女王様を迎えに行き、冬の女王様の住む塔に連れて行きなさい。
それができた人には、好きな褒美をあげよう。
ただし、冬の女王様と春の女王様に、ケガをさせてはいけないし、悲しませてはいけないぞ」
王様の言葉を聞いた人たちが、早く冬を終わらせて春にしようと思って、冬の女王様と春の女王様のところに行くことになりました。
***
さて、こちらはシュンとウサギです。
雪が積もって歩きにくいけれど、一生懸命進んでいます。ずいぶん探しているのに、まだクスリ草のつぼみは見つかりません。
「どうしよう。クスリ草どころか、他のお花のつぼみも見つからない」
「シュンくん、頑張って!」
雪の中、人に聞いても、
「見た事が無いよ」
という返事です。
シュンはどんどん心配になります。お母さんの病気を早く直したいのに、見つかりません。
***
アイナとクマも、一生懸命探しているけれど、氷の竜に会えません。
いったいどこにいるのでしょう。
雪の中、動物たちに聞いても、
「知らないよ」
という返事です。
「あれ、アイナちゃん、あれを見て」
クマが指さした先には、王様からの言葉が書いてありました。
アイナが声に出して読んでみます。
「冬が長くて困っている。
塔に春の女王様が住んだら春になるから、誰か、春の女王様を迎えに行き、冬の女王様の住む塔に連れて行きなさい。
それができた人には、好きな褒美をあげよう。
ただし、冬の女王様と春の女王様に、ケガをさせてはいけないし、悲しませてはいけないぞ」
アイナとクマは驚きました。
皆が困っていて、春にしようとしているなんて!
「どうしよう、クマさん。もうすぐ春になっちゃうわ!」
「アイナちゃん、クスリ草のつぼみを見て!」
アイナとクマは、大切に持っているクスリ草のつぼみを見ました。
少しだけ、つぼみがほころんでいます。
「大変! 春が近づいているんだわ!」
「急ごう、アイナちゃん!」
***
その頃、冬の女王様の塔の前では、氷の竜が、シュンくんのお願いのために頑張っていました。
「まだ冬を終わらせるわけにはいかないんだ! 悪いけど、冬の女王様には会わせないぞ!」
塔に来たたくさんの人が怒りました。
「なんて悪い竜だ! こらしめてやる!」
大変です。冬の女王様は慌てました。
「どうしましょう、シュンくんはまだ、つぼみを見つけられないのかしら。このままでは氷の竜が危ないわ」
冬の女王様は、冬の魔法で、皆をコチコチに凍らせてしまいました。氷が溶けるまで眠るのです。
「これでしばらくは安全ね。でも、あぁ、どうしましょう。シュンくん、早く早く!」
***
春の女王様のところにも、沢山の人がやってきました。
たくさんのクスリ草のつぼみが、アイナちゃんのお願いのために頑張っています。
「リンリーン! 悪いけど、春の女王様には会わせないよ!」
家に来たたくさんの人が怒りました。
「大きな音でうるさいつぼみだ! 音が出ないようにしてやる!」
春の女王様は慌てました。
「どうしましょう、アイナちゃんはまだ氷のウロコを見つけられないのかしら。このままでは、つぼみが全部切られてしまうわ」
でも、春の女王様には戦う魔法が思いつかず、つぼみを助けるために、急いで家を飛び出しました。
「私はここにいます!」
「春の女王様! どうして春にしてくれないのです。さぁ、今からすぐに塔に行きましょう」
「待って、でも、アイナちゃんが氷のウロコを・・・!」
「冬はもう十分です。これ以上春が来ない方が大変です」
春の女王様は、オロオロとしながら、沢山の人にお願いされて、塔に向かう事になりました。
***
ところで、あるところに魔女がいました。
魔女は、小さな男の子とウサギが、雪の中で泣いているのを見つけました。
シュンとウサギです。
魔女は驚いて、シュンとウサギを自分の家に連れて行こうと思いました。
魔女の家にたどり着くと、なんと、魔女の家のまえに、小さな女の子とクマが、抱き合って寒さに震えているのを見つけました。
アイナとクマです。
魔女は驚いて、アイナとクマも、自分の家の中に入れてあげました。
「いったい、小さな男の子とウサギ、それから小さな女の子とクマが、こんな寒い雪の日にどうしたっていうんだい?」
「病気のお母さんのお薬のために、クスリ草のつぼみを探しているのに、見つからないんです。もう春が来てしまうので、泣いていました」
とシュンとウサギが言いました。
「私は大怪我をしたお父さんのお薬のために、氷のウロコを探しているのに、見つからないのです。春になったら、見つけられないのに」
とアイナとクマも泣きました。
「おやまぁ、それは大変。ところで、二人とも、ずっと冬が続いているのに、どうしてもうすぐ春が来ると知っているんだい?」
そう言われて、シュンとアイナがそれぞれ出して見せたものは・・・。
「あっ! それは、ひょっとしてクスリ草のつぼみ!」
「あぁっ! それは、氷の竜の氷のウロコなの!?」
シュンが差し出した手の平には、もう溶けかけているウロコがあります。
アイナの差し出した手の平には、もう咲きかけているつぼみがあります。
「やっと見つかったのに、もう咲きかけている!」
「やっと見つかったのに、これじゃお薬ができないわ!」
シュンとウサギとアイナとクマが悲しそうに泣き出すのを、魔女が優しく言いました。
「大丈夫、この魔女様が、今ここですぐに薬に変えて上げよう」
驚いて魔女を見あげると、魔女はウィンクしてみせました。
「咲きかけているけど、まだ花というよりツボミだし、溶けかけているけど、まだ水というより氷だから間に合うよ」
シュンとウサギとアイナとクマは飛び上がって喜びました。
「私に作れない薬は無いよ。さぁ今から急いでつくってしまおう」
「ありがとう、親切な魔女さん!」
「大好き、優しい魔女さん!」
「一人で住んでいるから、今日は賑やかで良い」
と言いながら、魔女はあっという間に、シュンのお母さんのお薬と、アイナのお父さんのお薬を作ってくれました。
***
さて。こちらは冬の女王様と、春の女王様です。
春の女王様はたくさんの人に連れられて、塔のお部屋にやってきたのです。
塔の部屋の中で、女王様たちは、シュンとアイナの事をとても心配しています。
「どうしよう。冬を長くしようと頑張ったけれど、もうこれ以上は限界だわ」
「仕方ないわよ。春にしないと、他の皆が困っているわ。でも、あの小さな二人はどうしたかしら」
冬の女王様は塔を出ることになりました。
塔を出ると、凍っていた人たちの氷が溶け、門番の氷の竜もちゃぽんと水の竜に変わりました。
「冬の女王様。シュンくんたちは大丈夫だったでしょうか」
「分からないわ。うまくお薬が出来ていると良いけれど」
それから、凍らせた人たちに、
「ごめんなさい。もうしないわ」
と謝って、冬の女王様は塔を去っていきました。
さて、春の女王様が住んでいたお家の周りでは、満開になったクスリ草の花がたくさん風に揺れています。
「アイナちゃんたちは大丈夫だったかしら・・・」
春の女王様も、塔のバルコニーから、すっかり春になった様子を見て、とても心配しています。
「春を皆喜んでくれているけれど、アイナちゃんのお父さんは元気になったかしら・・・」
***
心配ありません!
親切な魔女のお陰で、シュンとウサギは、作ってもらったお薬を持って、母さんのところにひとっ跳びです。
そして急いでお母さんにお薬を飲ませると、お母さんはみるみるうちに元気になったのです。
「シュン、ウサギさん、本当に有難う」
「お母さん、元気になってよかった! もう無理しないでね」
「シュンくん、これで安心ね」
アイナとクマも作ってもらったお薬を持ち、お父さんのところに、魔女がぽんっと送ってくれました。
急いでお父さんにお薬を飲ませると、お父さんのケガはあっという間に治りました。
「アイナ、クマくんも、心配かけたね。有難う!」
「お父さん、元気になって良かった!」
「アイナちゃん、本当に良かったね」
すっかり元気になったので、冬の女王様と春の女王様、それから親切な魔女にお礼に行くことになりました。
***
春の女王様の塔のところで、シュンとウサギとお母さん、それからアイナとクマとお父さんが出会いました。
一緒に仲良く、すっかり氷が溶けてお水になった竜にお礼を言いました。
水の竜はとても喜んで、ちゃぽんちゃぽん、と皆を背中に乗せて、塔のてっぺんまで飛んで連れて行ってくれました。
春の女王様も、皆が元気な様子にとても喜びました。
「あぁ良かった! とても心配していたの!」
***
さて、冬の女王様の方は、もともと春の女王様がいた、丘の上のお家に住んでいました。順番に空いたお家に住むのですって。
家の周りのクスリ草の花が、嬉しそうに声を上げました。
「良かった、フフフ、良かった、フフフ!」
冬の女王様も、皆が元気な様子に大喜びです。
「二人とも、お父さんもお母さんも元気になって本当に良かった!」
***
今度は皆で魔女のお家にご挨拶です。
魔女は、たくさんの人がやってきたので驚きました。
とても喜んでくれました。
「嬉しいね。良かったら、またこれからもたくさん遊びに来ておくれ」
こうして、シュンとウサギとシュンのお母さんと、アイナとクマとアイナのお父さんとで、魔女のお家で楽しく過ごす日が多くなりました。
みんなすっかり仲良く元気いっぱいにくらしましたとさ。
おしまい