出席番号30番
1番初めに俺を「面白い」と言ったのは誰だ? 俺は面白くない。俺を笑うな。俺は見せ物なんかじゃない。
……まただ。また、期待するような視線が注がれる。ここで何も言わなければ、空気が読めないヤツとして何かのターゲットにされるのだろう。それだけは嫌だ。俺は平和に人生を過ごしたい。
どれもこれも、「太陽」という変な名前を付けた両親と、暇な授業をする教師どものせいだ。パプアニューギニア? そんな遠い異国の話したって、俺も含めた低脳が聞く訳ねぇだろ。ウチの担任でもあるくせに、いい加減分かれよ。
「え、せんせ何? パパは牛乳屋?」
爆発的な笑いに包まれる。そしてその笑い声を聞いて安堵している自分。……何喜んでんだよ。バカじゃねぇ?
先生は、冷ややかな目でクラス……の中にいる俺を見ている。
……消え去りたい。主に俺を。
確かに、楽しいことは好きだ。でも、俺は自分を面白いとは思わない。みんなを楽しませなきゃいけないという重圧に耐えられるだけの力量がない。
だから、頼む。
みんな、俺の方を向くな。俺に期待するな。頼む――。
◇◇◇
「そうだったんだ……」
俺の話を聞き終えた彼女は、小さく息を吐いた。
昼間は強かった風は随分落ち着いたらしく、虫の鳴く声がする。話している間に日は完全に落ちてしまった。学校の階段で長話なんて初めてだ。閉じ込められてないだろうか。
「私も、そうだよ」
「……何が?」
何が「そう」なんだ? 可愛くて大人しくてちょっとそそっかしい、みんなから愛されるクラス委員のくせに。
「私、演じてるの。『可愛いクラス委員』を」
「え」
演じ……ている? あれを全て? まさか。あり得ないだろう。
「教室で……って言うか、みんなの前でやってること、ぜーんぶ演技なんだよ。ゲンメツした? 私、本当はぜんっぜん可愛くなんかないの。頭の中ではクラスみんなを見下してるの。ごめんね。こんな奴となんか一緒にいたくないでしょ? ほら、明るくてカワイイクラス委員の美波ちゃんが、実は愚痴っぽくてネクラだったなんて、最低でしょ?」
「そんなこと言ったら、俺もだ。俺だってみんなを」
「違う。太陽くんは、人を楽しませようと一生懸命になってるの。それってすごいことだよ。私には、……ううん、誰にも出来ない。太陽くんにしか」
「そんな……」
嘘だろう?
俺にしか出来ないなんて、そんな苦しいことがあって良いのか? そんなことを言って、みんなで俺にこの役割を押し付けようとしているだけじゃないか。
「本当だよ。私は太陽くんを尊敬する。私なんて」
「なんて、とか言うな」
俺には「役割」を押し付けているくせに、自分は逃げるのか?
見れば、彼女が固まっている。言い方が強すぎたか。
「間違ってるよ。お前は演じてるなんて言ったが、それはお前の一部に既にあった要素なんだ。今まで現れなかっただけで、それもお前の本質なんだよ。じゃないと、そんな風に振る舞えない。……それに、俺には、今のお前もすごく魅力的に映ってる」
「太陽くん……」
潤んだ瞳が俺を捕らえ、放さない。
「美波……」
彼女の名前が口をついて出る。
視線を、離せない。
「なーんてね」
「え?」
美波は階段からスッと立ち上がると、俺を振り向いた。グラウンドの明かりが、彼女を背後から照らす。
「ここじゃなんだし……ちょっと歩かない?」
「い、良いの?」
……経験値の無さが存分に出てしまった。
「けほん。……行ってやっても良いけど? でしょ」
教室で見るよりも格段に魅惑的な笑みを湛えた彼女は、俺の手を取り優しく引き上げた。
◇◇◇
「太陽くん、」
「その呼び方やめてくれよ」
学校から無事に脱出した俺たちは、手を繋いだまま、ぶらぶらと歩いていた。
「どうして? ……ひーくんとか」
「……ひーくん? 何で?」
「お日さまだから」
イタズラっぽく笑った彼女が、照れたように繋いだ俺の手を握りしめる。
単純だな、と思ったが、彼女の笑顔を見ていると、悪くないと思えた。
「ひーくん、先生のこと、どう思う?」
「先生? ……あぁ」
そうだった。今日は色んなことがありすぎて、あんなにでかい出来事さえも別の日のことのように思えてしまう。
「その話してたんだったな。脱線させちゃって、こんな時間にまでなっちゃってごめん」
「ううん、色々聞けたから」
「先生、だろ? ……案外、俺は嫌じゃなかったんだよな。ジュースも、飲んだ瞬間はビビったけど、心の奥底では『やっぱりな』って」
「そっか……」
考え込むように斜め下を見る彼女は、ふと俺を見上げ言った。
「私もそう思う。だって、あんなクラスにしたのは他でもない私たちだから。でも、やり方は他にもあったんじゃないか、っては思う」
「そうだな……」
余程俺らが憎かったのか? 本当は殺してしまいたいくらいに。何故? 崩壊した学級に耐えられなくなったから?
「公園だ……懐かしい」
「入る?」
「うん」
俺の手を離れ、スキップするように駆ける彼女は、やっぱり綺麗だった。
「ねぇ、ひーくん」
「……なに?」
「私さ、『お前』なんて初めて言われた」
「そういえば……ごめん」
あの時は熱が入り過ぎていた。申し訳なさと恥ずかしさが混ざり、顔が熱くなる。
「嬉しかったよ。なんか、本気で話してくれてる感じがして。それに……夫婦みたいだし」
この言葉は、そういうことなのだろうか。遠回しな言い方がもどかしい。
「それって……」
「今日は寮なんか帰らなくても良いかも」
「え?」
「ほら、来て。もう……押しが弱いんだから……」
ぐいっと手を引かれる。倒れ込んだ先は、草の生い茂った木陰。そして、
「ご、ごめ……」
「バカ! 謝るとこじゃない。……あそこなら、どっからも見えないよ?」
彼女が指差した先には、草生い茂る所にひっそりと佇んだ遊具。ボロ……と言って差し支えが全くない、むしろもっと酷そうな、撤去される寸前と言って過言でないくらいのものだ。
「行こ」
俺の手を握った彼女は、今度は慎重に手を引いた。
「遠慮とか、なしだからね」
「おぅ」
前を行く彼女に着いて中を覗いてみたが、予想を裏切らず随分狭そうだ。彼女の中はもっと狭いかも、なんて。
「ふぅ……着いたね」
「そうだな」
あぁ、この時間がもどかしい。早く彼女を押し倒したい。遠慮はいらないって言ったもんな?
彼女の微笑みが俺を待っている。




