9『私とお父さん』
亡くなった私のお父さんは、「水城綾芽」っていう存在の
、私っていう存在の全てだった。
私にとって『男性』はお父さんだけだった。『私=お父さん』って公式がなりたいぐらい、私にはお父さんしかなかった。
そんな感じだからお父さんが死んだとき、ものすごい虚脱感に襲われたんだ。『お父さん』っていう私の大部分がえぐりとられて、何もかもなくなった私に『リストカット』が埋まってくれた。
気持ち良かったんだ。リスカだけが、私に優しかった。リスカだけが私のことを理解してくれてるような気がして、リスカにすがるしか私が私であることができなくて。
でも、わかってるんだ。
リストカットは『お父さん』っていう幸福の代用品にすぎないって。けど、この快感からは逃げられない。私は『リスカ依存症』。
そんな、リストカットに縛られたときだった。二人目のお父さん、曇木夏樹に出会ったのは。
彼は雰囲気がどことなくお父さんに似ていて、私にとっても『男性』だった。お父さんしかいなかった私の『男性』に、彼がドカドカと入ってきた。
曇木夏樹は、お父さんは私にとって苦しいほど愛おしい存在になった。それは私がリスカに向ける感情で、『私=曇木夏樹』の公式が成り立てばどれほどいいことなんだろうって、思ったりもするんだ。
私は今、リストカットとは別の道を歩いてる。リスカに溺れても何も得られないのなら、私は別の道を歩く。
『リスカ依存症』だから、そう簡単にはいかないよ。リストカットを我慢してると耐え切れないほど苦しくなって、たまに切っちゃうときがある。
でも、お父さんと会う前に比べればものすごく数も減ったんだよ。あのときは毎日切ってたから。
今は、お父さんが私のストッパーになってくれる。私が持ってる刃物という刃物は全部取り上げてくれて、切ってしまったらしかってくれて、それでも私を見捨てずに見守ってくれる。
お父さんだけは裏切れないって、私もがんばれるんだ。
私はお父さんとチェスを打ってすごす平和でのんびりとした学園生活をおくってた。リスカができないのはつらいけど、お父さんと一緒にいれるなら悪くない。
けど、それは長くは続かない。私がお父さんを失ったように、私がリスカを手放したように。いつか終わりが来るって、心の隅ではわかってたんだ。
三年のとき、それは当たり前のようにやってきた。あまりに当たり前すぎて、あまりにストレートすぎて、私はそれに備えることができなかった。
それは私を苦しめる。誰もが当たり前に直面する、『進路』って形で。