表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Wrist cut ~人間卒業式~  作者: シュロしん
「Wrist cut」
8/17

8『スティール・メイト』

「今日こそ勝つよ」


 お父さんへの宣戦布告。今日は、負ける要素がひとつもないから。


「本当に勝つ気?」


「逆に負ける理由が見当たらないけど」


 お父さんは「そうなんだ」って言うと、駒を並べ始めた。相変わらずの余裕めいた表情が気に食わない。今日はその顔をズタズタにしてやる。


「じゃあ、私から」


 私はポーンを進ませてビショップの道を開けた。


 リストカットはもう、やめることにした。そろそろ飽きたし。リストカットに代わる、大事なものを見つけたから。新しいお父さん、曇木夏樹。


 私が本当に欲しかったのはお父さん。そう気付いたから、私はリスカから逃れても案外やっていけそうな気がする。『リスカ依存症』だから、そう簡単にはいかないかもしれない。でも、お父さんがサポートしてくれるなら、やってみる価値はあると思う。


「ねぇ、何か賭けてみない?」


「賭けるって何を?」


「お互いの恋愛」


 私が何気ない表情で提案すると、お父さんはいつものように動揺せず「ふぅん」って呟く。


「OK。ただ、君が勝てたらの話だけどね」


 こういうのって初めてで言いにくいんだけどさ。


 二人目のお父さん、曇木夏樹は『男性』だった。一般的にも男性で、私の中でも男性なんだ。今まで、お父さんしかいなかった私の『男性』に、雲木夏樹がドカドカと入ってきた。


 彼がとても愛おしい。それは私がお父さんに向ける感情で、リスカに向ける感情で、『私=曇木夏樹』の公式が成り立てば、どれだけいいことなんだろうって、思ったりもするんだ。


「チェック」


 両方の駒が少しずつ減っていって、お父さんがチェックをかける。


「君が望むなら、何をしてもいい。綾芽さん、だっけ?」


 私はルークを壁にして、キングを奥に逃がす。キャッスリング。


「本当に、君が望むのなら」


 一手一手、攻防がどんどん進んでいくなかでそう言ったお父さんの顔を見る。


「『だっけ』は余計でしょ」


「チェック」


 気がつくと、ポーンの壁の前にお父さんのナイトが進んできて、チェックをかけてきた。とっさにビショップでナイトをとる。ちょっと、まずくなってきたかなぁ・・・


「やっぱさ、三回勝負にしない?」


「そうすると、君の勝つ確率より俺の勝つ確率の方が上がると思うんだけど」


 うぅ、確かに・・・けど、大丈夫。今日は負けるはずないから。


 お父さんがポーンを動かすと、私は大きく深呼吸して、お父さんに微笑んだ。


「私が望むなら、何でもしてくれるんだよね?」


「君がチェスで勝ったらね」


 お父さんも私に、微笑を返してくれる。


「私がリスカしようとしたら、止めてくれるの?」


「君が望むなら」


「その約束、破ったらどうなるか保証できないけどなぁ?」


 私が黒い笑みを浮かべると、お父さんは私の前で初めて苦笑した。


「手加減したつもりはないんだけどね」


 リストカットほど、気持ち良いものはない。なのに、私はそのリスカを手放そうとしてる。


「それで、君の欲しいものは手に入るの?」


 お父さんの問いに、私は自問自答してる。今でもわからない。リスカで、私が得てるものって何なのだろう。


 だから私は、別の道を探すことにした。リスカに溺れて逃げても何も得られないのなら。


 じゃあ、そろそろ逆転の時間かな。


「チェック」


 私は余裕たっぷりに笑みを浮かべて、顔を歪めるお父さんを見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ