7『変わりゆく気持ち』
補導最終日。
いつものことだけど、鈴木先生という税金泥棒は何もしない。
「ある意味何もしないのが一番辛いんですけど」
って進言してみたけど、この死神は一向にお構いなしで、今日はみたらし団子を食べている。というか何なんだこの死神のマイブーム。
口のまわりをべとつかせて団子を食べる鈴木先生の前で、私は自分の血を見つめていた。
この人はいろんな意味で神経が図太いらしく、私がリスカをしても止めることはない。逆に包帯を手にとって、「手当ては任せてください」とでも言おうとするぐらい。
私は顔を歪めながら手首を切っていく。リスカで電撃が走る頭の中を、ひとつのことがグルグルと回っていく。たったひとつのわからないこと・・・私の欲しいもの。
リスカする前は欲しいものがあった。私の全てはそれだったんだけど、ある日それがなくなって残された穴にリスカが入ってきた。
「鈴木先生」
私が呼ぶと死神は串をくわえて「はいっ?」って返事した。
「前に先生が手首切ったとき、『切ない』って言いましたよね。どうして、そんなこと言ったんですか?」
鈴木先生は「ほぅ」って何かに感心すると、べたついた口を上品に拭いて笑みを浮かべた。
「リストカットに期待を持ち過ぎてたんですねぇ。水城さんが大切にしているものでしたから、素晴らしいものだと思っていたのですよ。あなたならもっと素晴らしいものに手が届くのに、リストカットに固執しているのは、切ない気分になりますから」
「私に何が届くっていうんですか?」
「おや、また自分を卑下しますね。目を見ればわかりますよぉ。前は素晴らしいものを持っていたのでしょう? 私では届かないものです」
そのときの鈴木先生は今まで見たことのないような瞳だった。何も映らない漆黒が、白くも見える。
「まぁ、水城さんは取り戻したみたいですね。良かったですね」
あぁ、そうか・・・私の望んでたものって、コレだったんだ・・・
鈴木先生の瞳を眺めると、その答えが見えてきたような気がした。
いつのまに、私は一人で立っていたんだろう。一人で立ててたから、一人で立てると思い込んでたから、倒れてるって気付かなかった。だから、無意識のうちに肩を貸してくれる人を望んでた。そしてそれはもう・・・
私は、鈴木先生に優しく微笑んだ。こんな朗らかな笑みを浮かべるのは、いつ以来だろう。
「良い顔をしますね、水城さんは」
「鈴木先生は、じれったいんじゃありませんか? ほら、クイズ番組で簡単な問題に苦戦してるのを見てると、答えはこうだってじれったく思える。まさに、そうな感じじゃありません?」
鈴木先生も、何色とはいえない瞳で私に微笑んで
「それは、面白いことを言いますね」
「その手首も、何度切ったんですか?」
「おや、これはあの一度だけです。正真正銘綺麗なものですよ。ですが、他人の手首を何度切ったか、それは覚えていないのですよ。切ないことです」
治りかけの手首の傷を見つめて黄昏てる鈴木先生は、まさしく死神だった。世の中全てを見てため息をついたような、そんな顔だった。
「下手をすると、水城さんまで切っていたかもしれませんからねえ。本当に、嫌になる腕ですよ、はい」
やっぱり、この人は・・・