6『第2のお父さん』
曇木夏樹。第二のお父さん。
ここ数日の昼休みは彼とチェスを打つのが多い。私は相変わらず他人とは一歩引いていて、お父さんと関わるのが多い。とても負けたままにしておけなかったから、何度も挑戦するんだけど一度も勝てなかった。チェスの本をひたすら読んでも勝てなくて、いつもお父さんの優越感たっぷりの顔にむかついてた。
それと、鈴木先生との連日指導も日課になっていた。指導とはいっても、結局あの死神は何もしない。こっちは放課後強制居残りだっていうのに、そんなことはお構いなしみたいで鈴木先生はいつも美味しそうに和菓子を頬張る。昨日は大福でその前はどら焼きだった。どうやら前の桜餅を食べたときから、その和菓子店に通いつめてるらしい。
昼はお父さんとチェスを打って、放課後は鈴木先生の指導。夜には大好きなリストカット。
そんな日々のなか、手首の傷が少しずつ浅くなってるような気がした。どうしてだろう。毎日切ってるはずなのに。
「その手首、切りたいなぁ」
ポーンを動かすお父さんの手首は切りたくなる手首をしてる。細くて脆そうなのに肌は綺麗で、繊細な手首。時々、ふっと破壊衝動に駆られそうになる。
「丁寧に拒否して突き返すよ。痛いの嫌だし」
「別に怖がらないでよ。気持ち良いのに・・・」
私はカッターナイフを取り出すと、お父さんのポーンに傷がつかないように当てて、首を落とすような真似をする。一駒、一駒。盤上にあるお父さんのポーン全部に同じことを続けていく。
「どう? ぞくぞくしない?」
私が微笑みかけてもお父さんは無表情のままで、ゆっくりとため息をついた。
「それで、君の欲しいものは手に入るの?」
「欲しいもの・・・」私は呟いたけど、口を濁して答えることはできなかった。
快感。そう言ってしまえばいいかもしれない。けれどふと死んでいったお父さんが頭をよぎって、そう決め付けさせてはくれなかった。私が本当に望んでたのは、多分お父さん。お父さんと比べるなら、苦痛も快感もたかが代用品。
「本当に俺の手首を切りたいのなら、満足するまで切ればいいさ。君が望むなら。どうぞ、お好きなだけ」
曇木夏樹・・・お父さんはわたしに腕を差し出す。
私は息を飲む。目の前に欲しいものがある。お父さんが私に腕を差し出してる。なのに、なのに・・・私はカッターを持った手を動かせなかった。
どうして・・・どうして切れないの・・・すごく胸が高まって、腕がこんなに震えて、物凄く切りたいのに、どうして私、ためらってる・・・
手の震えをお父さんに気付かれないうちに止めるので心が精一杯で、私は切ることができなかった。カッターをゆっくりポケットにしまう。
「ふぅん、切らないんだ」
ちょっと挑発的な口調でお父さんは笑った。差し出した手で「君の番だよ」と促す。
「素直すぎたから、興ざめした」
気持ちを落ち着かせる中で最大限の強がり。私はチェスに集中しようとして、クイーンを動かした。
「えっ?」
お父さんは驚いた表情を見せると、私のクイーンをポーンで取っていく。
「あっ」って言ってももう遅い。このケアレスミスが原因で、その日も私は負けてしまった。