5『チェスと少年』
昼休みになってやっと解放されて、暇だったのでその曇木というやつの所に行くことにした。
さっきから物凄く機嫌が悪い。まあ、あれだけのことをやったんだからすぐに学校中の噂になるわけで。普段も他人の目は気にしてないけど、遠巻きに気持ち悪がられたらさすがに不愉快。
学校の隅に置いてけぼりになってたベンチに行ってみると、その曇木という人はチェスの盤を広げて、真剣な顔をしていた。相手もいないのに何真剣になってるんだろう。
「そこはルークよりビショップでしょ」
私は冷たく声をかけた。すると、曇木夏樹はチェス盤から目を反らさず
「いや、ここはルークでこっちのポーンを取っておいた方がいい」
ルークを摘んでポーンを倒すと、初めて私の方を見た。
「あぁ、何か噂されてるね、名前は・・・水崎だったか、な」
失礼な挨拶だった。それに名前違うし。ただでさえ不快な気分なのに、より不快になる。
「水城。水城綾芽。あんたは、私と話していいの? 気持ち悪いんでしょ」
「それは、俺がこの場所からいなくなる理由にはならない」
そう言ってまた私がいなかったように一人チェスを打つ曇木夏樹を、私はじっと見つめて観察していた。
確かに、雰囲気は少し私に似てる・・・いや、お父さんに似てるんだ。
オシャレには興味がないのか飾った所はひとつもないし、制服の着こなしも雑。チェスの駒を見つめる瞳は綺麗に濁っていて、それもお父さんに似ていた。
「それで、何か用?」
「別に用はないけど。暇だったからブラブラしてただけ。何なら、チェスに付き合ってあげてもいいけど」
曇木夏樹は私の誘いを了承して駒を並べ始めたから、私もベンチに座って駒を並べる。
チェスなんてなかなかしないけど、きっと強いと思う。子供の頃から、相手の虚を突くずる賢さはあるから。そうそう無様な負け方はしない。
ところが、私のシミュレーションと現実はどんどんずれていく。思うように攻められず、私の駒は次々と取られていき、次第に身動きがとれなくなって、二十分もかからず
「チェックメイト」
手も足も出なかった。想像以上に無様な負け方。
「チェスはそんなにやらないみたいだったけど、攻め方は上手かったよ。コツさえ掴んだら、もっと強くなれる」
上から見下されてるような言い方で、かなり不快だった。
時計を見ると、そろそろ昼休みが終わりそう。思ったよりも時間が早いなぁ。負けたまま終わらせたくないのに。
「また明日、リベンジに来る」
私は負けてムシャクシャしたまま立ち上がる。
「あぁ・・・あと、これからあなたは『お父さん』」
何気ない表情で私が告げると、曇木夏樹は「はぁ?」って首をかしげる。
「あんたのあだ名、お父さん。何か親父っぽいから」
冗談半分でそう決めた。本当に、見間違うほど雰囲気がお父さんに似てるから。