3『授業中に』
学校は、いつも切りたくなる場所だ。
「教科書四十七ページ。生物の形や性質などの特徴は、親から子へ伝えられていく。これを遺伝といい、遺伝の対象となる・・・」
特に授業中は、唐突に切りたくなってくる。ただ、ここで切っていろいろと面倒を起こすのは嫌だから、黒いリストバンドをした左手がうずくのを必死に押えようとする。まぁ、別に切ったって構わないんだけど。
「遺伝の研究では、遺伝形質の異なる親同士をかけ合わせ・・・」
何度か担任が、教科書を読みながら私の隣を通り抜ける。大して良い声でもないのに、この声は授業を受けてる生徒に眠気を誘って、絶好の子守唄。
「一対の対立形質のうちFに現れる形質を優性形質・・・」
切りたい。手首を切りたい。
手首を切らないと死んでしまう。今、切りたい。
私は自然と、内胸のポケット手を伸ばして、護身用のカッターナイフを握っていた。
「その要素は染色体に存在する遺伝子に対応すること、配偶子が形成される・・・」
刃を出す。まだ使ったことの無い銀箔の刃先は、綺麗な水が凍ったように綺麗に輝いてた。
リストバンドをとって、刃先を手首に当てた。冷たくて気持ち良い。まるで、雪が降って一面銀世界の外に出たときのような爽快感。これが、リストカットの醍醐味なんだ。
さらに、こんな人がいる前でリスカをする背徳感が私の気持ちを昂ぶらせた。ちょっとスリルがあって、ドキドキする。
「じゃあ、次のページ。水城さん読んでみて・・・」
担任が私を呼ぶ声が聞こえる。けど、そんなもの今はどうでもいい。ただ、手首が切れればそれで・・・
「水城さん? 水城綾芽さん、どうしたんですかっ」
他の生徒たちが私に注目して、どよめきが起きる。「なになにっ」って声が聞こえたと思ったら、すぐにみんなは凍り付いて動けなくなっていた。みんなの息遣いが聞こえてくるほど教室が静かになって、その中で場違いな私がいる。一人、楽しそうに手首をを切ってる私が。
「このカッターも、結構切りやすいんだなぁ・・・」
自分の世界に入って独り言を呟く私を見て、担任は悪魔を見たような顔をする。
「水城、さん・・・何をして」
「先生もどうですか? 気持ちいいですよ」