2『リストカット』
リストカットは楽しいよ。これ以上気持ち良いことはない。自分の中に、こんなに紅くて綺麗なものがあるんだよ。って、いつもお父さんに私の血を見せたくなってしまう。
私の机の上には、いつも小さなナイフが置いてある。ただのナイフと違うのは、場違いな場所に置いてあることと私の血で真っ赤に染まってること。
私は夜になっても家の明かりをつけない。明るいのは好みじゃない。暗いのは何も見えなくなるから、どことなく好き。周りが真っ暗だと、紅いリスカの痕がほんのりと光ってるみたいで、綺麗なんだよ。
時計の針が月と同じように沈みかけた時間に、私はそれを始める。
真っ暗な部屋のなか、お風呂あがりの私は濡れた髪も乾かさずに、イスに座るとナイフの刃を左に手首に近付ける。
胸の高まりを押えられない。背中がゾクゾクってする。純粋な私が、早く切れって焦らせてくるんだ。
私の左手の手首には、真新しい傷が五、六本。いつも傷の上に傷つけるからなかなか治らない。いや、治す気がないから治らないんだ。前に一番大事そうな血管を切ってしまって、血が溢れ出して止まらなかったな。まぁ、焦らなかったけど。あの時はあのままで良いと思ったし、今はもっと深く切れば良かったなぁとすこし悔しい。
私は刃先をゆっくりと傷に入れる。その時のナイフの冷たさ。あれは言葉にできない。言葉にできないほどの快感がある。
血が私の手首をしたたり落ちる。その血はとにかく紅くて、紅くて、紅くて紅くて紅くて、私には紅すぎた。でも、綺麗だった。
傷に沿って刃先を動かす。物凄く痛いけど、これが物凄く楽しいんだ。刃先が傷の終着点にたどり着くと、ゆっくりと刃先を傷から取り出した。
リストカットは楽しいけど、ナイフを取り出して痛みが消えたとき、残ったのは空しさだけだった。私は、全ての物事は自分にとって嫌なことと嬉しいことの繰り返しだと思ってる。現に、リストカットはそうだった。快楽を与えてくれたリスカが終わると、次に来るのは私の大嫌いな、絶対的に取り除いてほしい空しさ。
その空しさを紛らわそうと、私は今ナイフを入れた傷を舐め始めた。舐めて、自分に苦痛を与えて。リスカほどじゃないけど、これも好き。ただ、舐めた時に舌に染みる血の味は、私のとって少し辛かった。
わかっているんだ。
リストカットは私に『苦痛』という快感を与えても、『お父さん』という幸福は与えてくれない。そう考えたとき、苦痛という代用品は少し嫌になる。でも、もうこの快感からは逃げられなくて、リスカなしの生活は想像できなくて、もうすでに『リスカ依存症』。依存症だから、私はこれをやめられなかった。