13『痛み』
その夜、私はお父さんとの約束を破った。ボーッとしてたら、知らず知らずのうちにナイフを持ってて。
嫌だった。やりたくなんかなかった。この時以上にリスカが怖かったことはない。けど、頭で拒否しても、何故か身体は止まってくれなくて。
ナイフを持った手が震えて、すごく痛かった。いつもみたいな爽快感は全くない。ただ痛いだけの、とても不快なリストカット。
真っ赤な血液が私の手首をつたって、ポツンと一適落ちていく。上手く切れなかったから出血の量を抑えられなくて。
じっと、血が溢れる傷口を見てた。手か震えてたから、とても不細工な傷口。まるで、私のようだった。
私は手首を切った。リストカットした。お父さんとの約束を、破った。
赤黒い傷を見つめながら、私は自分に失笑してしまった。何やってんだろ・・・お父さんにあたってリスカして。自分で堕ちていく道を選んじゃってる・・・
バカだよね。最低だよね。お父さんが私のこと見限ったって、誰も責められない。
わかってる。私が選ぶ道は一つしかないってこと。答えなんてもうとっくに出してる。
けど私のわがままで、それを認めたくなくて、お父さんのこと傷つけて、自分も傷つけて・・・
このままお父さんと一緒にいたって、私たちは不幸になるだけ。だって、私はお父さんを傷つけてる。リスカに向けた感情を、お父さんにぶつけてるから。手首の代わりに、お父さんを傷つけてるから。
ねぇ、許してなんて言わない。
見放さないでくれなんて、言ったってムダ。
ただ、少しだけお父さんにも迷って欲しかった。
少しだけお父さんも後悔して欲しかった。
それが、今の私の存在価値になればいいって思った。
でも、それじゃ私は『今』に固執して人間卒業を受け入れないだろうね。だから、お父さんは私を傷つけた。それも、私のためだから。
私は吹っ切れたように動き出すと、傷の手当てをして携帯を開いた
送信ボタンを押して、送信が完了する数秒じっと待つ。
お父さんへ送るメール。それはすごく短くて、きっと無愛想に受け取るだろう。でも、他に私が伝えることなんてないから。
『人間卒業するって、決めたから』
完了の画面が表示されて、それは、もう戻れないということの証だった。