来訪者と居住者 1
忘れたころに更新。まだ書くんですヨ。
ー何かの間違いだ。
李は日の照る通りをぼんやりと歩いた。白々とした壁が続く空間にいると、まるで音のない夢を見ているようだ。
玉儒は人が変わってしまった。
ーお食べよ
学寮のわずかの食事では足りず、いつも腹をすかせていた李に玉儒は菓子や果物を分けてくれた。
あの玉儒はどこへ行ってしまったのだろう。
李は力なく歩いた。
いつしか大路を越え、昨日見た商店の道からさらに西側へと進んだ。
自分でも何をしたいのか分からないまま足を動かしてきたが、ものが焦げる臭いを鼻に感じて顔をあげた。
塀の向こうで煙が立ちのぼっている。
李は気づいた、そこが何なのかを。李は頭をひとつ振り、両頬を挟むように手で叩いた。ぱちんと小気味よい音をたて、李の頬がなると気持ちがしゃんとした。
塀に沿って進むとやがて壁は切れ、門扉が大きく開いているのが見えた。
中を覗くと、荷車が二台あり、鎧姿の兵士が数人作業中だった。左手奥に片勾配の瓦で葺いた煉瓦の建物、対する右側は露天に作られた焼き場だった。
今は火が燃えつきたのか、薄い煙がわずかに漂っていた。
作業しているあたりから、カラカラと乾いた音がする。焼き場から骨を拾っているのだ。
昨日の朝に見た遺体らしきものも、先に派遣された二人も、ここで焼かれたのだろうか。
「誰だ!?」
李の心臓がはねあがった。左手から、眼だけを出し、頭ごと顔を布で隠した男が大股で近づいてきた。
頭部を覆う布も白なら、着ている衣も白い。袖口が肘より少し先の辺りで引き絞られてい衣だ。下にはいている袴は膝下くらいまでしかない。近づくにつれて徐々に見えてきたもから李は目を逸らせなくなった。衣には不穏な赤黒い染みがいくつも付いていたのだ。
「見かけない奴だな。胡人か? ここへは、みだりに近づくな」
男は李と同じくらいの背丈だったが、体の厚みは比べものにならない。どっしりした体格に負けたのか、履は破れひしゃげていた。
男は腕組みし、李を頭のてっぺんから足の先まで、穴があくほど何度も見かえした。
「わたくしは都より遣わされて来た……」
李はへどもどしながら、鑑札を男に渡した。
鑑札を受け取り、一瞥すると男は李に札を投げ返した。
「ここじゃあ、そんな札やら役職やらは何の意味もねえから」
帰った、帰ったと李を犬でも追い払うように手を動かした。
「あの、ここは……あ」
李は男が戻ろうとする建物の中を注視して、思わず指さした。
「あれは何ですか? 何なんですか!?」
男は面倒くさそうに李を振り返って見た。
「見りゃわかんだろ? 人だよ。行き倒れになったヤツ」
開けられた扉から見える室内には、腰ほどの高さの卓に寝かせられた変色した肉体が置かれている。李からは腹のあたりしか目に入らないが。その腹部は皮が大きくめくられていた。
「ひ、人の体を開くには天子さまからのお許しがなければ……」
「はあ!? そんなの待ってたら貴重な体が腐るだろうが。だいいち、この街がなんて呼ばれてるか、知らないのか?」
李は男の迫力に気圧されながらも答えた。
「……雲上の楽土」
「そうだ。『雲上』も『楽土』もこの世じゃねえ。だから、ここはここ。都やら天子さまやらは関係ねぇんだよ」
あまりの物言いに、李は開いた口がふさがらなかった。
「おおかた、青願について調べにきたんだろ? 最後はああなるのさ」
李に視線を向けたまま、顎で建物を示した。
ぎろりと睨まれ、李は足がすくみそうになったが、勇を鼓して男の腕を掴んだ。「教えてください。青願とは何ですか? 青い光と何か関わりがあるのですか?」 男はすがりつく李の腕を振りほどこうしたが、ふと動きを止めた。
「……おまえ、何か持ってるだろ?」
え、と李は男の瞳から険がわずかずつ消えていくのを認めた。
「持ってるだろ、なんか食いもの!!」
李は男の腕を離すと、懐からちまきを出す。男はそれを腰をかがめて凝視した。「話してやらないこともねえよ」
「え?」
「そいつと交換だ」
男は顔から覆いを取ると、李に手を差し出した。
素顔の男は、禿頭で面長そして意外なことに女顔。優美な眉と長いまつげをしていた。
李の返事も聞かずに、ちまきをかすめとると、竹の皮をむいて口にほうり込んでしまった。
呆れる李のまえで、男は目を閉じ飲み込むのを惜しむように長いこと噛んでいた。
「うん、美味い。桂花だろ? 作ったのは」
「彼女をご存じなのですか」
男はうなずいた。
「たまに親父が劉さまのところへ行くからな。土産に持ってくる。館の世話になってんのか……うらやましいぜ、三食あそこの飯かい」
男はひとしきり李をうらやんだ。
「それより、青願について教えてください」
李にちらりと視線を送り、男はあさっての方をみた。
「今夜は遅くまで外を見ていな」
「たったそれだけですか!?」
そのまま立ち去る男に李は食い下がった。
「ちまき一個ぶんだぜ? それくらいだろうが」
顔の覆いを直しながら男はさらりと言って踵を返した。
「馬さま」
建物から男と似た身なりのものが声をかけてきた。
「おれは、馬。馬昴。なんか美味いもの持って来たら、話をしてやらなくもないぜ」
年内に終わらせたい
食いしん坊ばっかり出てくる。
食いしん坊、ばんざい\(^o^)/