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探索 1

 李が朝食の膳を厨へ持っていくと、桂花が入り口まで受け取りに来た。

「わざわざすみません。お部屋に置いたままでかまいませんよ」

 館の間取りの偵察がてらとは言えるはずもない。

「とても美味かったです。昨夜の料理も今朝の鶏肉入りお粥も」

 李が言い添えると、桂花はにこやかに微笑んだ。その肩ごしに、厨の卓で下男や下女が薄い粥をすすっているのが見えた。肉は入ってなさそうで、茶色がかっているのは自分が食べたものより麦の割合が多いからだろうか。

「……おかげで疲れもとれました」

 客なのだから、良いものを供されて当然かも知れない。けれど李はそこはかとない後ろめたさを感じ、そっと視線をそらした。桂花はそれには気づかない様子だ。

「そう言っていただけると、嬉しいです。皆の励みになります」

 その一言に李は救われる思いがした。今朝は薄汚れた服を着替えてこざっぱりした李には、まず何よりしなければならないことがある。決意を固めての朝なのだ。自然と体に力が入る。

 と、出し抜けに腹が鳴った。

 桂花が丸い目をぱちくりと見開き、小さく笑った。

「昨夜もたくさん召し上がっていましたものね」

 李は間の悪さに、いたたまれなくなった。

 少しお待ちくださいと、桂花は厨の奥に行って戻ってきた。

「こちら、少しですが」

 桂花は李に温かいちまきと饅頭を手渡した。

「次からは劉さまと同じくらいの量をご用意しますね」

「あの方もずいぶん食べるのですね」

 その言葉に食事をしていたものたちが李に冷たい視線を向けてきた。

 それに気づいたのか、すまなそうに桂花が眉を寄せた。

「劉さまは……満腹になることがないのです」

「あれだけ食べて?」

 ええ、と桂花はうつむき、所在なさげに指を何度も組みなおした。

 何かそれ以上話すこともできず、李は曖昧に頭を下げて厨をあとにした。


 厨は正面の入口から階段を半階分おりたところにある。宴会用の広間は一階だから、料理が冷めることなく運ぶことができるだろう。

 厨と同じ階に、下働きのものたちの寝部屋もあるらしい。廊下に添って扉があり、開け放たれた扉の向こうに畳まれ山となった布団があった。

 扉と反対側の簾子窓れんじまどからは、裏庭が透けて見えた。

 屋根つきの小さなつるべ井戸と、日当たりの悪そうな畑。

 桂花が小亮に手伝いを頼んだ畑だろうか、葉もの野菜などが育てられているようだ。

 劉は最上階の四階にいるらしい。

 昨夜の料理はあんなに年若い、しかも女性が調理場で指揮をとり調えたのかと思うと、李は桂花の技量に感服した。

 事実、昨夜の料理も朝食も極上だった。

 ただ美味いだけではない。桂花の料理は李の幼い頃を思い出させた。

 ――昨夜さいごに出た料理は、タカキビの粥だ。

 故郷でよく食べた懐かしい味だったのだ。

 山海の珍味や豪華な料理をさんざん口にし、みすぼらしと一度は激昂した劉を黙らせたのは、素朴な雑穀の粥だった。劉自身にも何か感じるものがあったらしい。

 劉の出自も調べなければ……そう思案しながら李が門をくぐると、駆けてくる小亮と出くわした。今日は体に釣り合うかごをしょっている。

「李さま、おはようございます」

 小亮は素足を揃え、きちんと頭を李に下げた。

 つられて李もていねいにお辞儀をした。

「お母さんは」

 元気か、と聞くのも変かと思い、李は口ごもったが小亮は勢いよく答えた。

「母ちゃん、あずきのお粥、たべた。いつもよりいっぱいたべた!」

「そうか、良かったな」

 くったくのない笑みで自分を見上げる小亮に、李は胸に広がるあたたかさを感じた。

「そうだ。小亮、あーん」

 李が大きく口を開けると、小亮も不思議そうな顔をしつつも、口を開いた。

 李は桂花からもらった饅頭を素早く半分にして小亮の口に入れた。

「胡麻餡!!」

 残り半分を李も口にほうりこんだ。黒胡麻はこうばしく、少量でも深いこくを生み出されている。

「甘いだろう?」

 うん、うんと小亮はうなずいた。

「じゃあな。今日は草とりの手伝いだな」

 小亮はもう一度大きくうなずくと、さかんに手を振って裏口へ走って行った。李はそれを見送ってから街へとおりていった。



 虹陵には小さいが官舎があるはずだった。

 大路を挟んで市場とは逆の地域には、商店主などの富裕層が住んでいる。

 家々は土の壁で区切られ、まるで回廊を歩いているような錯覚におちいる。

 閑静な邸宅は、玉儒ユールーの実家を思い出させた。何度か家に招かれたが、そのたびに李は自分の実家との暮らし向きの違いに戸惑ったものだ。

 大路から東側に何路か移っていくと、邸宅の造りが徐々に小さく粗雑になっていく。なかには空き家もある。

 時間のせいもあるだろうが、人影も少なく今朝も烏が上空を飛んでいる。あまりに静まり返った道を歩いていると、昨日のように路地に人が行き倒れているのでは、と背筋が寒くなる。

 都で調べてきた書き付けを見ながら通りを行きつ戻りつして、ようやくそれらしき館にたどり着いた。

「……」

 あまりの荒れように李は絶句した。

 館の外壁こそは残っていたが、門扉は片側は無くなっており、残る片方も上が外れて大きく傾いていた。

 李は入り口を斜めにふさぐ扉を体を小さくしてくぐり中庭へ進んだ。

 敷き詰められた石の間からは雑草が伸び、屋根瓦が割れて何枚も落ちていた。

 右手の水場には欠けた茶碗が二つほど。かまどにはしばらく火が入った様子がない。鍋釜の類いに至ってはいっさい見当たらない。

 李は反対側の寝室を確かめた。

 窓の板戸は下げられたまま。薄暗い室内は脂がすえたような臭いがした。

 寝台の布団は落ちくぼみ、誰かが寝起きしているように感じられた。

 今もここは官舎なはずだ。玉儒がいるならば、ここかと思ったが、あまりの荒廃ぶりだ。誰かが勝手に上がり込んでいる可能性もある。

 中庭に戻ると、門の向こうに人影があった。

「そちらのお知り合いの方でしょうか」

 遠慮がちに覗いていたのは中年の女性だった。片袖で口元を隠し、胡散臭げに李を見る。

「昨夜は帰られなかったようですから……」

「誰か、誰が住んでいますか」

 意気込んで李が尋ねると女性は半歩後ろへ退いた。

「困っております。あのような方にこの界隈にいられると……」

 眉根を寄せて、まるで汚いものでも見るような目を李に向けている。

「どんな人が住んでいるのでしょうか」

 李がなおも尋ねると、女性は小さく叫んで踵を返し隣の家に姿を消した。

 突然のことに戸惑う李に声が聞こえた。

「久しぶりだな」

 振り返ると、そこには見知った男が立っていた。

「玉儒……!」

今回出てきた官舎の家屋の造りを描写するために図書館から借りてきた本を参考にしました。建物の間取りを見るのが好きなので非常に興味深く読んで「おお、こんな感じの建物を想定すればいいか」とホクホク思っていたらば最後の数行を読んで撃沈。

『なお、こういった形態の家屋は宋までは全く見られない』

なんてこった!! 今作は一応かたちばかりは、唐から宋を想定して書いてる。

ああああ、と思いつつも結局その通りに書きました。

相変わらず、インチキな中国風です。

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