プロローグ
ーー20年前、冬。
「約束だよ?」
少女は目に涙を浮かべて問う。外気で冷たくなった指を絡めながら、返事を待つ。
「…わかったよ。約束」
相手の少年も頷く。表情はどことなく浮かないが、少女に笑いかける。
これもまた世の中に大量にありふれた別れのひとつだった。
また会う約束をした、まるで少女漫画のような別れ。
お互いのため別れなければならなかった二人の男女。
ただの一時の別れになる、はずだった。
ーー無機質に響くキーボードを打つ音。
デジタル時計は23:00を示し、あたりは静か、ただ一人、男はモニターと向き合っていた。
今日もまた残業。パソコンは嫌いだ、目がチカチカする。須川悠斗はため息をついてそう思った。
平気で労働法を無視するこんな会社になんで勤めてしまったのだろう、何度も繰り返した自問を思い浮かべていると、スッとコーヒーの入ったマグカップが置かれた。
「先輩、よかったら気分転換に」
にっこり微笑むのは須川の後輩である村山晴樹であった。
「ありがとう」
須川もそう微笑み返して作業に戻る。
ちなみにこの残業は須川がなにかをやらかしたとかそういう類ではなく、今何度目かの教育係を須川はしている。そして、その研修真っ最中の新人の社員の一人が損害をだしてしまった。そのために彼が尻拭いをさせられているということだった。
「じゃあ僕、あがりますね」
スーツをサッと羽織って村山は、「失礼します」
「おう、お疲れ」
須川はにかっと笑って後輩に手を振った。
それから45分ぐらいでその尻拭いは終わった。家族も待つことだし、と須川は足早に職場から去った。