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急速な変化

 納品が終わった後は途端に暇になるけれど、今日はタナベさんの所――とは言ってもドアの前までだが、家から出る事が少し嬉しい。スーパーで買い物をするのも、ふらふらと散歩に行くのも嫌いじゃなかった。

 だけど、今は。どうしても高齢の女性が怖くて行けない。

 だから束の間の外の空気は少しだけ気分を浮上させる。何でもない普通の日、完全にお休みで時間がたっぷりあるから朝は割りとのんびり過ごす。

 早くも遅くもない午前に、階段を降りてタナベさんの部屋へ向かった。コサージュの感想を書いたメモをポストに入れて、ドアノブに掛けられた紙袋を手にする。中はいつものように綺麗に洗われていて、タナベさんの几帳面な所に小さく笑みが滲んだ。

「……あれ?」

 タッパーの上に置かれている折り畳まれた紙に気付き、タナベさんの部屋のドアと四角いメモを見比べた。


 ――タナベさんから、だよね。


 そうとしか考えられないけれども、初めての事につい動揺してしまう。直ぐに見ようかどうしようか悩んで、部屋に帰ってから見る事にした。


 内容が気になるせいか、足取りは些か早くなって。自分の部屋に戻ってから、入れられていた紙をそっと開いた。


「アドレス?」


 URLらしき物だけが書かれたメモに首を捻りながらも、携帯のWebを開いて一つ一つ打ち込んでいく。約二十分掛けて完了した打ち込みに妙な達成感を覚えて、我に返るなりがっくりと肩を落とした。


 ――私は玄関で何をやってるんだろう。


 そんなに焦る事でもないのに、何故か焦燥感に駆られて一生懸命打ち込んだ。接続する前にサンダルを脱いで、紙袋をテーブルに置く。ラグの上にぺたんと座り、携帯を両手で握りながら恐る恐る接続した。

 暫く待ってから表示されたのは、沢山の数字とアルファベットの羅列。画面いっぱいに出てきたそれにビックリして固まっていると、携帯がブルブルと振動した。小さなメールのアイコンが表示され、一旦ページを閉じてメールを確認する。


 “こっち。http://www.―――”


 タナベさんからのメールだ。掲載されたURLはリンクになっていて、選んだら「URLに接続する」という選択のページが開いた。

 インターネットは怖い。だけど、タナベさんが老婆に関係のあるサイトを送ってくるとは思えない。だから特に気にせず開いたけれど、もしもコサージュ関係でモデルが沢山載っているサイトだったらどうしよう、と一瞬だけ考える。


「大丈夫、だよね」


 たとえモデルが載っていたとしても老婆の確率はきっと低い。接続して開くのを待ち数秒間ドキドキしていると、パッと画面がページに繋がる。さっきのような羅列はなく、あったのは名前を入れる場所とボタンらしきものだけだった。

 名前の部分に“しづき”と入れて、入室と書かれたボタンを押す。


 コサージ伯:今持っていったでござる。足音した。

 So-ta☆:すぐ来るかなー

 コサージ伯:来そうだな、見た目からして真面目っぽい

 コサージ伯:携帯アクセスキタ。入れるように少し弄る

 So-ta☆:パソコン持ってないパターン。いやあ裏切らないねぇ。

 コサージ伯:まさか携帯からとは。おい、変わりなく見れるか?

 So-ta☆:うん平気。あ、来たねぇ

 コサージ伯:来たな。



「……え!?」


 Chat、と書かれたページに目を向ければ、そこには沢山のメッセージ。

 もしかして奏太くん?と、誰……?コサージ伯と書かれた人の打ったであろうメッセージを読み、何となくタナベさんだと気が付いた。

 入力する場所の隣に“発言/リロード”というボタンがある。上部に書かれた説明を読んで、大体のやり方を理解した。取り敢えず、入力したメッセージは「こんにちは」で、ボタンを押す。



 しづきさんが入室しました。

 So-ta☆:あれ、入って来たよね?

 コサージ伯:アクセスはあるな。

 So-ta☆:しづきさーん。

 So-ta☆:もしかしてやり方がわからないとかいうオチ?

 コサージ伯:機械に疎そうなイメージはあるでござる。

 So-ta☆:なんとも現代版大和撫子。

 コサージ伯:奥ゆかしいのう

 So-ta☆:それなにキャラなのさ……

 しづき:こんにちは



 一気に流れ出すようにして現れたメッセージに慄きつつ、チャットの雰囲気に飲み込まれる。



 So-ta☆:こんにちはー

 コサージ伯:こんにちは

 しづき:リロードっていうのは更新のことでしょうか。

 コサージ伯:そうでござる

 So-ta☆:チャット初めて?

 しづき:初めてです。奏太くんとタナベさんですよね?

 コサージ伯:ござる、ござる

 So-ta☆:うん。ここ俺らしか居ないから気兼ねなく話そー

 しづき:ござる?



 私が打つ何倍もの速さでメッセージを打つ二人に気後れして、一度画面から目を離した。二人しか居ないと言うことは、他に誰かが来る可能性がないと言うことなのだろうか。勝手の分からないチャットで疲れを感じるものの、タナベさんの口調に新鮮な気持ちになった。こんな喋り方の人だとは知らなかったけれど、思っていたよりもずっと楽しい人だと気付けた事に嬉しくなる。



 So-ta☆:しづきさんにお礼をね、言いたいんだってさ。

 コサージ伯:いつも有り難うございます。

 So-ta☆:煮物が美味しいって

 コサージ伯:がめ煮でござる!

 So-ta☆:……ああそう、それ。がめ煮。

 コサージ伯:蓮根が絶妙な歯応え!

 しづき:こちらこそ、コサージュありがとうございます。とても可愛くて重宝しています。

 So-ta☆:打つの遅いね、しづきさん。

 コサージ伯:携帯ならしょうがない。

 しづき:すみません。不慣れで……。



 やり取りを何度かして、申し訳ないながらも抜ける事を伝えたら二人はあっさりと了承してくれた。常に繋げたままにしてあるから何かあればここ(chat)に来て、と奏太くんは最後に発言して。

 久しぶりに沢山キーを押したせいか、指先は疲れていた。返事の速さを見るに、二人は相当パソコンを使い慣れているんだろう。


 ページを閉じて、携帯を畳む。これはどうした事だろう。いきなり距離の縮まった事に妙な不安を抱いてしまう。


 若葉さんに聞いてみようか。それとも、三年を過ぎたから交流を深めようとしてくれているだけなのだと、良い方だけに取るべきなのだろうか。やけに不安になってしまうのは、やっぱり少し怖いからだ。


「……若葉、さん」


 早く会いたい。若葉さんに聞いて欲しい。目まぐるしく変化する住民に、嬉しさとは裏腹に言い様のない不安を覚えていた。



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