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みんなの話

「妹がきっかけだったらしい」


思い出すようにして、奏太くんが目を細める。タナベさんとの付き合いがどれくらいなのかは分からない。だけど、きっとこうして懐かしむ位には関係が深いのだろう。


「初めは妹が喜んだから、覚えようとしたらしいんだよ。手先も器用だったし、センス良いのもあって」

「あ……コサージュ」

「そう。ビーズとかで色々作ってやったりして、妹も喜んでたみたいで。でもさ、中学くらいになると態度も変わって来たらしくて」


ごそごそとジーンズのポケットに手を突っ込んで、奏太くんは小さな花飾りを取り出した。


ローズピンクのとても小さな薔薇。

愛らしく可憐なそれをテーブルの上にそっと置く。


「これ、とれたやつなんだけど、あいつが高校んときに作ったんだって」


シリコン素材のようなもので作られた薔薇は、一枚一枚の花びらを組み合わせて接着させているように見えた。手間と時間が相当掛かっているだろうと、素人の私が見てもわかる精巧さ。


「細かいな」


ミニ薔薇を見た若葉さんはぽつりと呟く。私もそれに頷いて、奏太くんを見つめた。


「高校時代のあいつの彼女が、あいつに向かって投げ付けたんだ」


スウッと表情を冷たくして、吐き捨てるように奏太くんは言った。怒りの秘められた瞳が薔薇の方に向けられている。

どうしてそれを奏太くんが持っているのかは分からないけれど、タナベさんが受けたショックは考えるだけでも背筋を冷たくさせた。ただの喧嘩で投げ付けた、ということもあり得る筈なのに、奏太くんの表情はそれを暗に否定しているようにも見える。


「気持ち悪いって」


その一言だけで、何となくの状況は察する事が出来た。言われたのはタナベさんで、言ったのはその彼女だろうか。


「追い討ちかけるみたいに妹にまでそう言われたあいつの味方に、誰もなってやらなかったんだよ。親も友達も」

「……奏太くんは?」

「情けない事に気付けなかった。俺が知ったのは、っていうか……知ることが出来たのは会いに来てくれたからだし」


ピンクローズの花の裏には、透明なものが引っ付いていた。糊か何かできっと剥がれた跡なんだろう。その部分を指で触りながら、奏太くんが息を吐き出す。


「色々聞いて、後悔もした。何で気付いてやれなかったんだって自分を責めたりもしたんだ」


奏太くんの話を聞きながら私の頭の中に浮かんだのは、膝を抱えて俯いたタナベさんの姿だった。外見を見たことは無いけれど、ボンヤリとイメージした姿はとても寂しそうなもの。


妹さんに喜んで貰えて、嬉しかったタナベさん。ちまちまとした小さなモチーフを作っていたタナベさん。認めてくれる人が、応援してくれる人が居なかったという、タナベさん。


奏太くんの話は、それからぽつりぽつりと続いた。


「まぁ居ないことになってる息子な訳だから、小学校低学年の時は転々とさせられてたよ」


家庭の事情で一時期、九州に行っていたという奏太くんがそこでタナベさんと知り合ったこと。


「小学生なのにやたら手先が器用で、コイツすっげー!ってなったんだ。だから引っ越してからもずっと連絡は取り続けてた」


離れてからも連絡を頻繁に取り合い、お互いの趣味の話で盛り上がったりしていたらしい。そんなやり取りが突然途絶えて、それから一週間も経たないうちにピンクローズを握り締めて、タナベさんが着の身着のままで奏太くんを訪ねて来たこと。


「泣くんだもんなぁ。俺は気持ち悪いのかって。どうにかしてやりたくて必死に頭下げたよ、父親に」


実家に帰らなくても良いようにと、奏太くんが住居から生活費から収入源まで見つけタナベさんの為に尽力したこと。そして、タナベさんと奏太くんが知り合いで友人だと知ったかつての住人が、コサージュ関連で奏太くんにしつこくしたことなんかも聞かせてくれた。



若葉さんはデザイナーで、お父さんは一応社長。奏太くんは有名人の息子、タナベさんはコサージュ職人。巴さんは地元では有名なお店の、人気キャバクラ嬢だったということ。

近所付き合いが希薄なのは、そういう背景もあってのことだと奏太くんは語った。


今までの住人がどんな人だったかは分からない。だけど、こうして奏太くんが話してくれたということは、多少なりとも受け入れて貰えたからだったんだろう。


不規則な生活リズム、希薄な近所付き合いに一番端の不思議なアパート。

必要以上に関わらないでいられる距離が好きだった。だけど、こんな風に仲が深まるだなんて思ってもみなかった。


「最初から何となく大丈夫な気はしてたんだ。深入りして来ようとしないし、紫月さんは“良い人”だなって思ってた」


奏太くんの言う“良い人”は言葉通りではないと思う。それでも、だからこそ受け入れて貰えたのだと今ならはっきりと理解出来る。


「……そうだったんだ」

「若葉さんがちゃんと話してるの見た時はマジでビックリしたし」

「余計なこと言うな」


ぴしゃりと奏太くんに言い返す若葉さんはどこか恥ずかしそうで、二人のやり取りに笑みが溢れる。


「詳しい事情も話さないでひたすらがめ煮を作って貰うなんて悪い、ってあいつも思ってたみたいだし。だから、深く考えないで“そうだったんだな”くらいに思ってて欲しいんだ」


そう言って纏めた奏太くんは、二三やり取りをしてからすぐに腰を上げた。


去り際に父親だと言う人の切り抜きを見せてくれたけれど、私の記憶の中には残っておらず苦笑いするしかなかった。


そんな私とは正反対に、奏太くんは心底可笑しそうに笑って自分の部屋に戻っていった。




――短い期間で凄く濃い時間を過ごしたような気がする。見送って、色々なことを振り返っていた私に若葉さんが優しく告げる。


「聞いてくれてありがとう」

「お礼言われるような事じゃないよ。聞くことしか出来ないなんて」


力になれた訳でもなくて、ただ私は聞いただけ。奏太くんが辛かったときも、タナベさんが辛かったときも、私は居合わせてなんか無くて、過去の話を聞くことしか出来ていない。それに、最初は急激に縮まりそうだったから不安だった。今は全て自分のことがバレているから人の話も聞けるけれど。


「聞かないって道もあっただろ?」

「……うん、でも――知りたいって思ったことはあるから」

「紫月は、優しい」

「若葉さんの方が優しいよ。私よりずっと優しい」


きょとんと目を丸くする若葉さんを横切って、携帯電話を手に取る。久しぶりになるけれど、タナベさんにメールをしよう。

がめ煮をまた作ります、だから――可愛いコサージュをまた見せて下さい、と。

いきなり作るのを止めたことも謝って、タナベさんの作ったコサージュが似合う和服の写真も送ろう。

あなたの作品は素晴らしいと、思いが届きますように。



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