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宏明の再会

それから、三日が経ったその日、午後六時にバイトが終わった宏明は、和久が働いていた塾とパチンコ店に行く事にした。

和久がパチンコ店で働いていた点に関しては、塾で何か詳しく知っているのではないか、と思い、塾に出向いた。

宏明は受付の女性に和久に知り合いで、この塾で働いていた事を聞きたい、と伝え、事務所の奥に通された。

塾は和久が亡くなっても授業が行われている。

当たり前といえば当たり前なのだが、奥に通された時に資料などたくさんあり、生徒のためになる授業をしている感じを受けた。

(オレも塾には中学三年の時に一年間だけ通ってたよな。受験で少しでも成績を上げるためだけに通ってたけど、それまでと成績が変わらなかったんだよな。なんのために通ってたんだって感じだったけど、志望校には受かったからいいか)

などと、自分が塾に通っていた時の事を思い出していたら、一人の四十代ぐらいの男性が入ってきた。

その男性は、塾長で小柄で優しそうな感じの人だ。

「お待たせしてすいません。塾長の中村です。山口先生のお知り合いだとかで…?」

塾長は軽く会釈をして、イスに座りながら宏明に聞いてきた。

「はい。大学の友人で…」

宏明はとっさに思いついた嘘を言った。

「聞きたい事があるとのことですが、山口先生のどのようなことを…?」

「ここで働いていた和久さん…いや、山口はどんな感じでしたか?」

宏明は和久の事を友人だと思わせるため、わざと山口と呼び捨てにすることにした。

「生徒に凄く人気ありましたよ。授業が分かりやすくて、ためになる授業だとかでね。こう言ってはなんですが、今時に若者にしては、ガッツがあって何事にも前向きな青年でした」

塾長は遠い目をして答えた。

どうやら、勇や卓也、里子が言っている人物とは、この塾では違うらしい。

「気分屋だということはなかったでしょうか?」

勇達に聞いた気分屋だということを話題にした。

「そんなことはなかったですよ」

塾長はきっぱりと否定する。

「山口はバイトだったんですよね?」

「はい、そうです。正社員で働いてもらっても良かったんですが、見ての通り小さな学習塾なもんで、あまり給料を出せないんですよ」

「経営者は塾長さんですか?」

「そうなんです」

「塾長さんも生徒に教える事はあるのですか?」

「しますよ。私は中学生の担当で、理科を教えています」

笑顔で答えてくれる塾長。

「そうなんですか。そういえば、パチンコ店でもバイトしてると他の友人から聞いたんです。何か詳しい事は聞いてませんか?」

宏明の問いかけに、しばし腕を組んで考え込む塾長。

少しすると、考え込む表情から何かを思い出した表情になった。

「そういえば、山口先生は午前中から塾が始まるまでの間、もう一つアルバイトをしたい、と言ってきたんです。私はこの仕事に支障が出ない程度ならいいとは言っておいたんです」

「そうだったんですか」

塾長は続ける。

「パチンコ店でアルバイトをし始めたのは、四ヶ月前からなんですけど、山口先生はやりたいことがあったみたいなんです」

「…と言いますと?」

宏明は塾長の言葉に意味がわからないでいた。

「山口先生がもう一つアルバイトをしたい、と相談された時に会社を経営したいと言っていたんです」

「会社を経営…?」

和久が会社を経営したいというのは、宏明自身驚いた。

「このことは他の先生は知っていたんですか?」

「いいえ。本人からは誰にも言わないでくれと言われていましたから、この塾では私しか知らないんです。会社の経営のために、資金作りを始めたのではないか、と今になって思うんです」

塾長はため息交じりで答えてくれた。

「具体的にどんな会社か言っていませんでしたか?」

「それは聞いていません。でも、恐らく塾とか教育関係ではないかと思います」

「なぜ、そう思われるんですか?」

「面接の時に教師になりたいけど教員免許を持っていない、と言っていたんです」

和久が面接時に言っていた事を思い出すように言った塾長。

「アイツ、そんなこと考えていたのか…」

宏明は和久の友人と疑われないようにこう呟いた。

「知らなかったんですか?」

驚いた表情をする塾長。

宏明と和久が本当に友人同士なのかと疑っていないようだ。

「えぇ…。他愛もない話や相談事はあるんですが、やりたいことがあるとかそういうことは話してくれなかったんですよ。オレはアイツになんでも話していたんですけどねぇ…」

宏明はいかにも和久と仲が良いというような口調で話した。

「そうだったんですか。まぁ、山口先生は内に秘めるというところがあったみたいですからね」

「内に秘める…?」

宏明は首を傾げる。

「ある日、仲の良い常勤講師と山口先生が話しているのをふと耳にしたことがあったんですが、やりたいことの話で山口先生は内緒だと言っていたんです。私はとっさに面接の時に言っていた会社経営のことかな、と思ったんです。それで内に秘めるところがあるんだな、と…」

塾長は腕を組んで答えた。

(田中さん達や里子の知る和久さんではないな。本当の和久さんはどっちだ?)

宏明は今までの塾長の話を聞いて思った。

「そうですか。アイツの意外な一面を知ったな}

右手の甲を顎に当てる宏明。

「他にお聞きしたいことはありませんか?」

「あ、いえ…。今日はお忙しいところありがとうございました」

「こちらこそ。また何か山口先生の事で知りたいことがあったらおっしゃって下さい。あまり答えられる事があるかどうかわかりませんが…」

塾長は笑顔で言ってくれた。











宏明が家に着いたのは午後八時半になろうとしていた。

「宏明、帰って来たのね。お客さんが来てるわよ」

母がリビングから玄関まで着いた途端、宏明に言った。

「オレに客…? 誰だろ…?」

急いでリビングに向かう宏明。

リビングに入ると、一人の高校生らしく男性が座っている。

その男性は、背を向けていて、誰だかよくわからない。

「あ、あのっ…」

宏明は背後から覗き込むように近付く。

男性は振り向くと、

「二葉さん! 遅いやん!」

明るい声が降り注いだ。

「あっ! 小川君! 何してんだよ!?」

「二葉さんに会いたくなって大阪から来たんや」

「学校は?」

「午後の授業は休んだんや。二葉さんに会いたいって思ったら授業なんて受けてられへんって思ってな。明日は土曜日で学校休みやし…」

「そうだったのか。…ていうか、ちゃんと授業受けないと…。それにしても、久しぶりだな。物作りのペンションで会ったきりだよな」

「そうやな。年に一回会うって言うてたのになかなかやなぁ…」

篤史はとびきりの笑顔で答える。

それから、二人は食事をして、篤史は宏明の部屋で泊まる事になった。

風呂が終わって、二人は宏明の部屋で色々話す事になった。

「へぇ…そんな事件が起こったんや?」

篤史は風呂からあがったばかりの髪をタオルで拭きながら宏明の話を聞いていた。

「うん。その事件の被害者の職場の上司に、どういう人だったのか話を聞きに行ってて、家に帰ってくるのが遅くなってしまったんだ」

「そうやったんか。急に押しかけて迷惑じゃなかった?」

篤史はしおらしくする。

「迷惑じゃないよ。小川君を見た時はビックリしたけど…」

「それは良かった。でも、二葉さんはその被害者と会ったことないん?」

「あるよ。まぁ、あるって言っても一回だけだけどな」

宏明はそう答えると、珍しく紅茶を二口飲む。

「ダイイング・メッセージはあるん?」

「‘九三五’と‘十一’の二つの漢数字が残されてたんだ。この二つの漢数字が、どういう意味での漢数字がわからないんだよな」

「その二つの漢数字の意味がわかれば、犯人に関する何かがわかるってことやな」

「あぁ…そうだ」

紅茶が入ったマグカップを手にして返事する宏明。

「そういえば、二葉さんて文学部の国文科やったよな?」

篤史が思い出すように事件と違う質問をしてきた。

「そうだけど、何か?」

「国語でわからへんところがあって教えて欲しいねん。ええかな?」

遠慮がちに篤史は聞いてきた。

「いいよ」

篤史は宏明の返事を聞くと、カバンから国語の問題集を取り出した。

「今、授業で『土佐日記』やってるねん。どうも、昔の文学はわからへんくて…」

苦笑しながらぼやく篤史。

「オレも中学と高校は日本文学はあまり好きじゃなかったんだよな」

宏明も篤史の気持ちはよくわかるというふうに同感する。

「そんなイメージないで。文学部に行ってるくらいやし、国語全般は全て出来るもんやと思ってたけど…意外や」

「よく言われるよ。さっ、やろうか?」

宏明は篤史が開けた問題集の『土佐日記』を教えるのに取り掛かろうと問題集に目をやった。

どう説明しようかと問題集を見ていると、ある部分に目が入った。

(これはもしかして…)

宏明は漢数字に関して何かわかりかけそうになった。

(和久さんがダイイング・メッセージ。もしかして、このことじゃ…? でも、靴跡はどう説明する? それに和久さんを殺害した動機だって…)

わかりそうでわからない宏明。

「二葉さん…?」

篤史は宏明を除きこむ。

「あ、うん…」

気のない返事をすると、ダイイング・メッセージと犯人の名前が浮かんだ。

(犯人はあの人だ!! なんで早くにわからなかったんだろう? 和久さんはあの時のことをダイイング・メッセージにして、犯人を示してくれていたのに…)

「小川君、ありがとう! 犯人がわかった!」

「ホンマに!?」

篤史の問いかけに、元気よく頷いた宏明。

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