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日本文学の話

「ところで四人は日本文学のどこをレポートしようと思ってるんだ?」

卓也は身を乗り出して四人に聞いてきた。

「みんなで話し合ったんですけど、平安時代の文学についてレポートしよう、ということになったんです」

京子が答える。

「平安時代といえば、竹取物語や土佐日記とかがあるな」

勇が呟くように言う。

「文学の流れとしては、都を奈から平安京に移した後、武家が政治に乗り出し、平家が滅びるまでの平安京が政治・文化の中心であった時期で、平安京またはちゅう中古というんだ」

和久は学習塾で教えている口調で宏明達に話す。

さすが、学習塾で教えているだけあるな、と思う宏明。

「大まかな文学の物語だけを説明するけど、まずは竹取物語からだ」

和久はそう言うと、ビールを一口飲んだ。

「竹取物語はかぐや姫として、今まで親しまれてきてるのは知ってるよな? 日本最古の物語で、作者は未詳」

和久はゆっくりとした口調で五人に話す。

「‘物語の出で来はじめの祖’と書かれていますよね?」

紀美は少し小さめの声で言った。

「うん。現存する最古の仮名の物語で、十一世紀の初めには、かなり普及してたんだ。これは余談だけど、かぐや姫に求婚する五人の貴公子のは奈良時代以前の実在した人物で、その人達をモデルにしたそうだ」

「そうなんですか!?」

京子が驚いた声を出す。

「うん。作者はそれらの名前を借りて、当時の貴族社会のおろかさを批判したといえる作品なんだ」

和久は宏明達の顔を見て答えた。

「次の作品にいこうかな」

和久がそう言うと、次に勇が話し始めた。

「『土佐日記』にしようかな。土佐日記は男性による仮名で書かれた最初の日記。平安時代、男性は漢字、女性が仮名で書くのが普通であったけど、いかにも女性が見物したことが見せかけた書き出しになっているんだ。土佐、今の高知県を出発し、京に着くまでの五十五日間の旅日記なんだ」

勇はいったん説明すると、軽くため息をついた。

「この物語は土佐で失った女児を追慕している。素朴な短文で、対句などの漢文的表現なんだ。土佐日記に関してはこんな感じかな」

勇は自分の番が終わると、卓也を見た。

卓也は頷き、

「次はオレの番だな。源氏物語でもいいかな?」

「ノンちゃんも好きだよな? 源氏物語」

茂は紀美のほうを見て言う。

「うん、そうだよ」

照れながら答える紀美に、卓也は笑顔になる。

「そうなんだな。源氏物語が好きだって言う人なかなかいないんだよな」

「私、源氏物語をレポートのに書く」

紀美は決めたように言う。

「作者は知ってるとおり、紫式部。この物語は、全五十四巻あり、最後の十巻を‘宇治十帖’というんだ。三部に分けて、第一部が二十三巻あり、光源氏が誕生してからの約四十年が描かれている。第二部は八巻あり、第一部とうって変わって晩年の光源氏の内面の苦悩などが描かれている。第三部は十三巻で、光源氏の死後が描かれている。仏教思想による憂愁が全編をおおってくれているんだ」

卓也が大まかに説明すると、ジュースを二口飲む。

「この物語の理念は‘もののあれ’ですよね?」

そう聞いてきたのは、紀美だ。

「‘もののあれ’って…?」

進が茂に聞いてくる。

「対象の本質に深く没入した時に得られる、心の底からわきおこるようなしめやかでしみじみとした情趣ってことだよ」

茂の説明に、ふーんと頷く進。

「源氏物語は日本古典文学の最高傑作なんだ」

そう付け加えた卓也。

「まぁ、こんな感じだ。もっと詳しい事が聞きたければいつでも…。レポート提出っていつなんだ?」

和久が茂に聞く。

「今月の最終の授業です」

「もう少し時間があるな。今日は急だったからこんな簡単な話しか出来なかったけど、提出日までに言ってくれたら色々話もするし、資料とか持ってくるよ」

「ありがとうございます。ぜひ、先輩の塾の授業がない日にでも…」

茂はお願いする。

「わかった。日本文学の話はここまでにして食事にしようか」

勇が自分の肩を揉みながら言う。

勇の提案に一同は頷くが、宏明だけはどうしても食事をするという気分にはなれなかった。

その理由は、里子だ。

偶然来た居酒屋に里子がバイトしていると知った時点で、日本文学の話を聞いているのか聞いていないのかわからない。

そして、日本文学の話を聞き終えた今でも、里子の存在が気になってしまうのだ。

宏明にとって、里子は大きな存在なのだ。

「里子と久しぶりに会ったよな」

事情を知っている茂が意味ありげにそっと耳打ちする。

「あ、うん…」

他の客に接客をしている里子を見ていた宏明は、慌てて茂のほうを見る。

「里子の事、ノンちゃんは知ってるのかよ?」

「いや、言ってない」

「そうか。まぁ、事情が事情だけに言えるわけないか…」

茂はそう呟くように言うと、レモンチューハイを飲んだ。

「紀美に聞かれたって答える気にはなれないけど…」

ため息交じりで言う宏明。

そして、また里子を見る。

「里子、あの頃と変わってない」

ポツリと独り言のように里子を愛おしそうに見つめて言う宏明。

そんな様子を不安そうに見つめる紀美がいた。








午後十一時過ぎ、お開きすることになった。

八人は楽しいひと時を過ごしたのである。

「山口、妹と一緒に帰らなくてもいいのか?」

卓也がほろ酔い気分の和久に聞いた。

「いいんだよ。アイツ、自転車で来てるんだ。しかも、オレは一人暮らしだから実家とは方向が正反対なんだよ」

和久は飲み過ぎているのか、頬を赤くしながら答える。

言葉はちゃんとしているが、足取りがおぼつかない。

「酔ってるみたいだな。オレ、家まで送って行こうか?」

勇の問いかけに、おちゃらけた声で返事する和久。

「オレもついていくよ」

「そうしてくれ。尾崎もいてくれたほうが心強いからな」

勇は卓也のほうを見る。

「じゃあ、オレ達はここで…」

茂は和久に挨拶する。

「レポートで何かあったら言ってくれよ」

フラフラと歩きながら答える和久。

「それじゃ、またな」

勇と卓也は五人にそう言い返すと、和久の後を追いかけていった。

「オレらも帰ろうか」

「うん、そうだね」

「あ、オレは…」

帰ろうとする四人にバツの悪そうな表情をする宏明。

「わかった」

宏明の内情を知っている茂は、宏明の事を察して頷いた。

「行こうぜ!」

茂は三人に向かって言ったが、紀美だけは一抹の不安が心の中にあったのだ。

しかし、紀美はその不安を口には出さず、茂達と自分の家路に向かうことにした。

茂達を別れて、約五分が経った頃、 バイトが終わって職場から出てきた里子。

里子は少しはにかんだ表情を宏明に見せた。

「元気だったか?」

宏明の問いかけに、うん、と返事した里子。

「少し歩こうか?」

宏明はそう聞くと、ゆっくりと歩き出した。

二人は無口でゆっくりと歩くと、やがて、公園に着いた。

公園に中に入った二人はベンチに腰を下ろした。

「お兄ちゃんと知り合いだったんだ?」

突然、里子は口を開いて聞いてきた。

「茂のバスケ部の先輩で、レポートを書くのに話を聞いてたんだ」

「そうだったんだ。今でも国語の教師、目指してるの?」

「うん。教員免許は取ったけど、学校は決まってない」

宏明は里子のほうを見ないで答えた。

「里子は何してるんだよ?」

「高校卒業してからフリーターしてる。あの居酒屋でバイト始めてもう三年よ」

誇らしげに笑って答える里子。

「里子にしては長続きしてるじゃん?」

「失礼ね。なんていうことを言うのよ。私は意外と根気があるのよ」

「そりゃそうだ」

頬を膨らませる里子に、ふっと笑う宏明。

「彼女はいるの?」

「うん。一緒にいた小柄で大人しい感じの女の子いただろ?」

「あぁ…そういえば…。あの娘と付き合ってるんだ」

里子は昔の彼氏が他の女性と付き合っているという少しのショックを受けつつ、宏明の斜め向かいに座っていた紀美を思い出した。

「里子は彼氏いるのか?」

「いないよ。当分、彼氏なんて作ろうなんて思わない」

「仕方ないか。オレとはあんな別れ方したから、他の男と付き合う気にはなれないよな」

宏明がそう答えると、二人の間に再び沈黙が流れる。

何を話していいのかわからない。

「ねぇ、宏明…」

「どうした?」

「昔のように戻ることは出来ない?」

里子の衝撃的な事を言った。

里子の問いに、戸惑ってしまう宏明。

「ご、ごめんね。こんなこと言って…」

慌てて戸惑う宏明に謝る里子。

宏明は首を横に振って、気にしていないことをアピールした。

「それより時間は大丈夫なのか? 実家にいるんだろ?」

「うん。そろそろ帰らないと…」

立ち上がって答える里子。

「途中まで送るよ。女一人じゃ危ないからな」

「ありがとう。宏明って何も変わってない。優しいところなんか…。私、今でも好きなのに…」

里子の言葉に振り向いた宏明の瞳には、今にも泣き出してしまいそうな表情で立っている里子がいた。

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