エピローグ 命の消えた異世界で
――これが今日までの経緯を綴った物です。
信じてもらえるかわかりませんが僕の事は心配しないでください。
どれ位掛かろうと必ず帰ると約束します。
手紙にこの世界の花の種を何個か入れておきますね。
僕の知る限り、そちらの世界に無い品種だと思います。
最後に母さん、晩御飯を作れなかった事、ごめんなさい。
帰ったら必ず埋め合わせをします。
では、皆の幸せを願っています。
鍵屋幸子様。
鍵屋裕様。
月城雄二様。
どうかこの手紙が三方に届く事を信じて。
鍵屋瑞希。
†
手紙を書き終えた僕は手紙を紙飛行機の形に折る。
ノートの切れ端に書かれた物で、緑色の染料で幾何学模様に炙った様な羊皮紙……風の媒介紙を重ねて折った紙飛行機だ。
「ミズキ、オフチチノ?」
僕達が命を探す旅に出ると決めてから数日が経った。
もう言語を解する飴は残っていない。
僕とシェリーは以前の様に言葉が解らない状態に戻った。
それでもシェリーが何を言っているのか、なんとなくわかる。
「うん。これを出したかっただけなんだ。もう一回作ってくれてありがとう」
シェリーの魔法、僕の世界へ繋がる部屋の前で紙飛行機を構える。
今日までの記憶と、皆への想いを込めた。
届くかはわからない。
けれど、シェリーは想いが強ければ大丈夫と言ってくれた。
だから信じる。皆にこの手紙が届いてくれる事を。
「どうか届いて……」
念じながら紙飛行機を飛ばす。
風の媒介紙の力は自分で風を生み出して飛んでいく。
紙飛行機を目で追いながら届く事を願う。
見えなくなっても両手を合わせて見送った。
「じゃあ行こうか」
手を差し出して『行こう』という意思を伝える。
「レレ、チニカヒョフ」
僕の差し出した手を握ってシェリーは笑顔で頷いた。
今でも言葉は解らない。
けれど、どこか違う所で繋がっている気がする。
大きな荷物を背負って歩き出す。
事前に準備していた物で、衣類、食料、食器類、各種媒介紙など多彩だ。
長旅になるし、補給は各地の村や国で出来るけど、僕等には徒歩しか選択肢が無いから歩くしかない。だから必要な道具は多い方が良い。
未だに……そんなに直変わったりはしないけれど、体力を付けたい。
きっとシェリーと旅をしていたら勝手に付くのかもしれない。
「最初はどこに行こうか?」
城下町を抜けて、門を潜り、橋を渡った所で尋ねる。
「マッリサヒナ。チッミホソハチサナ」
指を向けながらシェリーは答える。
その方角は行った事が無いと言っているんだと思う。
「わかった。そっちだね」
シェリーの指差した方向へ身体を向ける。
「ミズキ」
「なに?」
「ズト……」
恥ずかしそうにフードを深く被って顔を隠したシェリーが何かを伝えようとしている。
フードでは隠しきれない頬は赤く染まっていた。
「え?」
「ズット、イッショ。ヤ、ヤク……約束」
……未来への希望は沢山散らばっている。
シェリーの日本語を聞いて確信した。
今日もこの世界は、風が空気を駆ける音と葉が擦れる音しか聞こえない。
足音は二つ。
影も二つ。
鼓動も二つ。
人も、虫も、獣も、鳥もいない静まり返った世界。
これからもこの世界は僕達に絶望と挫折を繰り返すだろう。
だけど。
命の消えた異世界で、僕達は探し続ける。
――どこかで待っている命に手を差し伸べる為に。