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四話 決意

 ポタポタと水滴が落ちる音が聞こえる。

 気が付けば地下宝物庫ではなく、王族の部屋にあるベッドに座っていた。

 三ヶ月も放置されていた所為か、かなり埃っぽい。けれど、元は王族が使っていただけあって柔らかくて暖かい上質のベッドだ。

 外を見ると、昼間はあんなに晴れ渡っていたというのに、雨がざあざあと白雨の様に降り続けている。

《大切な人と二度と会えない》

 この言葉は僕にとって死刑宣告も等しい言葉だ。

 僕はまだ、何も返せていない。

 不器用で優しい母さん。

 いつも誰かを心配している、人の良い父さん。

 甘い物が大好きな、考え無しだけど優しい心を持った親友。

 皆に会えないと思うだけで悲しい気持ちになる。

 だけど……雨の音が少しだけ、この気持ちを和らげてくれる、そんな気がした。

「みずき、大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ。心配させてごめん」

 せめてシェレイリアにだけは心配を掛けたくない。

 でないと、昔心に誓った……もう誰も傷付けないと誓った幼い僕に笑われてしまう。

「雨が降ってきてくれてよかった……」

「……みずきは雨が好きなの?」

「うん、大好きだ」

「そう……私も雨は好きよ」

 それは良かった。

 よく雨は悲しい象徴として扱われる事が多いけれど、僕は優しい気持ちになれる。

 耳を澄ますと沢山の雨粒が空気を切る音が聞こえてくる。

 命のいない、寂しいこの世界で、雨がまだ居てくれた事が嬉しい。

「やっぱり、みずきはこの世界にいるべきではないわ」

「どういう事?」

「私はこう言ったはずよ。『このままでは』ってね」

「……え」

 その言葉の意味する物は……可能性。

 僕を救い上げる言葉。

 しかし。

「だけど、それができるなら、シェレイリアはどうしてここにいるんだい?」

 命がいないと諦めてしまった世界。

 もし異世界という存在に気付いていたのなら、異世界へ渡るという手段もあったはず。

 少なくとも魔法という便利な技術が存在するのなら、僕はそうする。

 もちろん、それが出来ない何かがあるのかもしれない。

 焦って尋ねてしまったけれど、出来ないからシェレイリアは諦めたはずなんだ。

 だけどシェレイリアは首を横に振って。

「魔法とは無から有を創り出す学問」

 無から有……少なくとも僕の世界では実現は不可能だ。

 捻くれた考え方をすれば、いくつか上げられる物があるけれど、それでも何も使っていない、という条件を加えると、やはり存在しない。

「私は宮廷魔術師団、無の派閥の魔術師。これでも魔法に関しては詳しい方よ」

「無の派閥?」

「ええ、目で見えない物を研究したり、ここに無い物を探したりするのが仕事。その最たる研究に異世界の存在の有無という物があったわ」

「じゃあ……僕がここにいるという事は……」

「そういうこと。異世界が存在しているのなら、みずきを元の世界へ送り返す事も理論上では可能なはず」

 どんな理論で実証できるのか、僕には解らない。

 それでもシェレイリアの言葉なら信じられる。

 付き合いは短いけれど、嘘を言う様な人じゃないと思うから。

 シェレイリアは僕が安堵の息を吐いたのを微笑んで言った。

「あなたを元の世界に必ず帰す。私とみずきの約束よ」

「ありがとう……」

 頷いたシェレイリアは笑顔で立ち上がる。

「じゃあ、準備をしないといけないわね」

「準備?」

「そうよ。無から有なんて格好付けたけれど、それは理想で、魔法だって万能じゃないの。火や水を使う時に紙を見たでしょう? ああいう物があった方が良いのは魔法も変わらないわ」

「へぇ……」

 言われるまで忘れていたけれど、シェレイリアが魔法を使う時に、何も使わずに魔法を出した事は一度もない。

 僕等の世界とは違っていても、同じ様に複雑な部分があるのかもしれない。

「必要な手順を調べたり、道具を集めたりしないといけないの。手伝ってくれる?」

「もちろんだよ。というか、僕の為にシェレイリアはがんばってくれるのに、見ているだけなんて言われたら、逆にどうしようって思うよ」

「ふふ、そうね。あ、でも何もできなかったとしても、みずきの知っている食べ物を作ってもらうのは良いかもしれないわよ?」

「それは良いね。僕が作れる物なら作ってみるよ」

 こうして僕とシェレイリアは来た道を戻って城の外へ出る。

 行きは冷たいと思ったお城だけど、なぜか、とても暖かい物に感じた。

 外はまだ雨が降り続けている。

 地面に雨粒が弾ける音が響き、世界が雨一色の様な錯覚を抱く。

 生きているのは隣の少女と僕だけ……怖いはずなのに、優しい気分になる。

「こっちよ」

 シェレイリアは王族の部屋から持ってきた質の良いコートを僕に掛けてくれた。

 誰かの物を勝手に使う事に躊躇いはあるけれど、雨が強いのでフードまで深々と被る。

 三ヶ月も放置されていた衣類だとダニや虫食いが凄そうだと考えるも途中で気付く。

 まさか虫も……。

 きっとそうなのだろう。

 山からお城まで僕は虫すらも見ていないし、あんなに自然が豊かな場所を歩いたというのに、虫刺され一つ無い。普通だったらありえない事だ。

 考えない様に首を振ってシェレイリアの後ろに続く。

 同様にフードを付け根の部分から被ったシェレイリアは建物の外に歩き出した。

 フードは……この世界で言う魔法という技術が使われているらしく、僕の知るどんな傘よりも雨粒を弾いている。

 ……不思議だなぁ。

 やはり魔法という技術は僕にとって馴染みが薄い、不思議な学問だ。

 しばらく歩くと隣の建物が見えてきた。

 確かシェレイリアが話していた宮廷魔術師団の施設だったっけ。

 曰く、シェレイリアが属していた、無の派閥以外にも沢山派閥があったらしい。

 お城と同じく石作りの建物に入ると、直前まで雨に打たれていたのでコートから水が滴る。けれどコートの内側には水滴一つ通していないのだから魔法の凄さが伺える。

 建物の中は、やはり少し埃っぽい。

 三ヶ月もの間、誰も使っていなかったのだからしょうがないけれど。

「ここが無の派閥、魔術師団長の研究室」

 部屋の中は道中よりも更に……数年の年期を感じさせる埃が積もっている。

 同時に沢山の本や資料が散乱している、まさに研究室という名に恥じない部屋だ。

 描かれている文字は僕の知らない物だ。元々外国語に詳しく無いけれど、ここが異世界だからか、見た事の無い種類の文字だと思う。

 よく眺めるといつもシェレイリアが使っている札も沢山散らばっていて、表面に透明な幾何学模様が炙られていて、紙の先が透けて見える。

 これが無の派閥と呼ばせる由縁なのかもしれない。

「ここに帰る方法があるの?」

「ええ、三ヶ月前……皆が消えた後、興味本位でそういう資料を見た覚えがあるの」

 話しながらシェレイリアは辺りを探し始める。

 当然ながら埃が舞う。

「それっていけない事なんじゃ……」

 僕は人がいない事にまだ慣れていない所為か、怖くなって尋ねる。

「叱ってくれる人がいるなら、私は喜んで罰を受けるわ」

 気付かずに間違った事をしてしまった時に叱ってくれる人がいない。

 それは、とても悲しい事だと思った。

 何よりもシェレイリアに悪いと解っている事を僕がさせている。

 それだけで胸にチクリと罪悪感が沸く。

「手伝うよ。どんな物を探せば良いの?」

「そうね。媒介紙……この辺りにも散らばっているから可能な限り集めてくれる?」

 媒介紙というのは、きっと先程目に付いた透明な札の事だ。

「わかったよ。他にできる事があったら教えて」

「ええ……あ、みずき、先に詳しい話をしておくわね」

「うん。何かな?」

「今直という訳ではないけど、飴の効果が数時間もすれば切れてしまうの。まだ四つ残っているから大丈夫だと思うけれど、できるだけ節約したいから、必要な事を話しておくわ」

 当然の様に会話できるから忘れていたけれど、僕とシェレイリアは言語の壁がある。

 一度飴を食べれば一生効果があるのなら楽なのだけど、そこまで異世界の道具も便利ではないみたいだ。

 四つ、つまり後二回しか、僕とシェレイリアは言葉での意思表示ができない。

 本当に大事な時に使わないといけないという考えは正しい。

「わかった」

「そうね。まずは食料なのだけど、各派閥の食堂……この際だからお城から頂いちゃいましょうか。お城の王族にしか出されない食材を保存している氷室があるのだけど――」

 基本的には生活する為の話が多い。

 シェレイリアでも一日や二日でできる問題ではないそうで、早くても数日は必要らしい。

 だから氷室……冷蔵庫の様な、氷で包まれた大きな部屋があって、そこに保存されている食材を使って料理を作る事になった。

 僕の世界でいう牛や豚みたいな家畜も消えたけれど、既に肉にしていた物は残っていて、氷室みたいな場所には残っている。

 氷室以外の場所に放置された物も、乾燥はしていたけど腐ってはいない。

 憶測だけど命がいない……菌の類も消えてしまったのかもしれない。

 ちなみにシェレイリアは何週間に一回は首都に訪れて必要な物を持ち帰っていたらしい。

 料理はコンロなどある訳も無く、厨房と表現した良さそうな調理場で、薪をくべて火を点ける石釜などが設置されていた。

 薪では火力が足りない場合、シェレイリアが赤い札を使って火を強めてくれる。赤い札……火の媒介紙は金銭的に高いので、元々は貴族や王族が食べる様な高級料理で使われた調理法なんだとか。

 水は近くに井戸があった。

 飲んでみた所、味も良くてお腹を壊さなかったから大丈夫だ。僕の世界と違って排気ガスなどが無い影響なのかは解らないけれど、世界全体が綺麗なんだと思う。

 最終的に、魔法に関しては僕に手伝える事は少ないし、飴の効果が切れたら更に難しくなる――という事で僕が家事全般をする事になった。

 石釜で料理を作った事が無かったので大変だったけれど、シェレイリアの世界と僕の世界とでは料理の形態に結構差があるのに、シェレイリアは僕が出す料理を好奇心旺盛に食べてくれて、おいしいと嬉しそうに言ってくれた。

 なんというのか、初めて料理を作って母さん達に食べてもらった時を思い出す。

 もちろん幼い僕が作ったのは簡単なお菓子だったんだけど、それでも母さんと父さんはシェレイリアと同じ様においしいと言ってくれた。

 それがとても嬉しかった。

 尚、僕の親友である雄二は不味いの一言。

 お世辞とか無くて、きっぱりと言う人だから、彼においしいと言わせるのが目的になっていて、いつのまにか料理が僕の趣味になっていた。

「みず、キ。ホモマソテウミァッテ……ホフサザニメミタミチヘ」

 そして遅い昼食を終えた頃、ついに飴の効果が切れた。

 事前に話していた事なので驚きはしなかったけれど、言葉が通じないのは不便だ。

「チニカヒョフ」

「うん。手伝うよ」

 昼食を片付けた後、僕達は先程の部屋に戻って資料を調べた。

 もちろん僕がした事と言えば透明色の媒介紙を山になる位束ねた位だけど。

 シェレイリアは一冊の本と研究資料を見比べたり、別の部屋……専門書だけを集めた図書館の様な場所から様々な道具や資料を持ってきて読み漁っていた。

 僕はシェレイリアが集中できる様に身の回りのお世話をする位しかやる事が無くなり、炊事洗濯などを重点的に行っている。

 洗濯機を使わずに衣類を洗ったのは初めてだったけど、うまくはできた。

 そうした生活が四日と続き、ついに研究が終わった。

 五日目にシェレイリアは朝から夜まで実験室の様な清潔な部屋に閉じこもった。

 良くはわからなかったけど、入っちゃダメという動作をされたので、部屋の前に食事と換えの衣類を置いたりと、僕は昔の母さんの気分を味わった。

 そうして六日目の朝、シェレイリアは実験室から出てくると笑顔でこう言った。

「サンエチク、ミズキ」

 実験室は最後に見た時と違って、部屋一面にあの透明な媒介紙が張られている。

 そして赤、青、黄、緑、白、黒と様々な媒介紙が法則性のある張り方をされて、複雑な幾何学模様が四角の部屋を天井から壁、床にまで描かれていた。

「ミズキ、ホメノ」

 シェレイリアはあの意思疎通のできる飴を箱から取り出して自分の口に入れる。

 そしてもう一つを渡して、僕も口に入れた。

 やっぱり不思議な味だ。

 甘くも辛くもないのに、癖になる様な……そんな味。

「みずき、聞こえる?」

「うん、聞こえるよ」

 安堵した様に頷くとシェレイリアは真面目な表情に切り替わる。

 その表情は、母さんが花に向き合っている時と同じ、仕事の顔なのだと感じた。

「私のできる限りの事はしたわ。正直、これで失敗したら打つ手は無い」

「ありがとう」

「みずき、失敗したら――」

 シェレイリアの言葉を遮る様に告げる。

「一滴でも可能性があるのが、僕にとっては奇跡なんだ」

 シェレイリアに出会えた事、シェレイリアが僕の帰る手段を知っていた事。

 シェレイリアが優しかった事、シェレイリアが生きていてくれた事。

 可能性の話をしたら……それはきっと我が侭だ。

 だから、失敗なんてしない。必ず成功する。

 僕は、ここまでしてくれたシェレイリアを信じる。

「僕はシェレイリアに感謝してる。もしも失敗したとしても、悲しくはあるけれど、その時は諦められる」

「……そう」

 何かを言いたげにシェレイリアは目が泳いだけど、やがて静かに目蓋を閉じる。

 そして黄金色に輝く瞳を開いてシェレイリアは口を開く。

「ねえ、みずき。私の我が侭を聞いてくれる?」

「我が侭?」

「ええ、みずきの今日一日を私に譲ってほしいの」

 我が侭と呼ぶには随分と小さなお願いだった。

 魔法使いの我が侭だから凄く大変な物だとも思ったのだけど、シェレイリアらしいとも思う。シェレイリアはどうにも僕に何かを頼む事に抵抗があるみたいだから。

 きっとそれは……。

 もちろん僕の答えは決まりきっている。

「そんな事なら喜んで付き合うよ」

「そう! じゃあ準備しないといけないわね!」

 満開の笑みを浮かべてはしゃぐシェレイリア。

 その姿に、どうしてだか胸に何かが刺さった様な気がした。


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