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三話 真の友情

 ――僕は()いという言葉が好きじゃない。


   †


 雨は嫌いだ……。

 あの日を思い出すから。

 お父さんとお母さんのお葬式の日も雨が降っていた。


 日本では毎日十人もの人間が死んでいる。

 統計は毎年変動するけれど、それでも僕にとって死はとても身近なものだった。

 そう、交通事故。

 僕が小学校に入学してしばらく経った頃の事だった。

 僕の両親が、その十人に含まれた。

 車は便利で身近な道具だけど、最も身近な危険なんだ。

 それを僕は幼い頃に学んだ。

 悲しかった。つらかった。苦しかった。

 胸を抉られるみたいに心が痛かった。

 そこにいる事が当たり前の人がいない……唯それだけなのに涙があふれる。

 魂が抜けた様に放心している間にお葬式は終わり、僕を誰が引き取るか、という話になっていた。

 その頃には僕の涙は枯れていて、遠い目を地面に向けていた。

「――――――――――」

「――――――――――」

 女の人と男の人が僕に何かを言ったけど、その言葉は僕の耳には届かなかった。

 その言葉が僕へ掛けられた優しい物だとは子供ながらに気付いていたけど、それでも弱く反応する事しかできない。

 やがて僕はその二人に引き取られる事になった。

 僕のお父さんとお母さんの従兄弟で昔からの親友だと名乗った、どこか醒めた女の人と、優しげな男の人。

 二人はとても僕の事を考えてくれて、仕事があるはずなのに毎朝学校へ向かう僕に『行ってらっしゃい』帰ってきたら『おかえりなさい』と言ってくれた。

 休日になれば毎週の様にどこかに連れて行ってくれた。

「私は花の先生をしている。花についてなら世界で一番詳しい」

 先週行った遊園地でずっと俯いていた僕を見てか、その日は他県の景色が綺麗な山に連れて来られた。

 そこは色々な花々が咲き誇っていて、とても綺麗な花畑。

 だけど、僕の瞳には何も映っていなくて……。

 女の人は何の反応も示さない……示したとしても『ごめんなさい……』と一言しか話さない僕に花について詳しく話してくれた。

 男の人も同じ様に慰めてくれるのだけど、僕はそれに応えられなかった。

 家に……僕の家では無い、二人の家に帰ってもそれは変わらない。

「今日は私が作る。料理という物は女が作った方が良いのだ」

 いつもは男の人が料理を作るのだけど、女の人が料理を作った。

 正直、味はまずかった。

 何も言わずに僕は黙々と口に入れて、食べ終わったら椅子に座って窓から外を眺める。

 もちろん何かが見えていた訳じゃない。逆だ。何も見たくなかったんだ。

 朝が来れば二人に見送られて学校に行く。

「おはよう。瑞希くん」

「…………」

 先生も優しく声を掛けてくれるのだけど僕の態度は変わらなくて、机に座っているだけ。

 イジメとかも無くて、クラスの子も心配して何度も話し掛けてくれるけど。

「ありがとう……ごめん……」

 同級生の気持ちに応えられず、一日中窓の外を眺め続ける。

 何かを考えているわけじゃない。

 考えたくなかった。

 お父さんとお母さんを忘れたくなかった。

 でも、少しずつ、時間が経つ度に、お父さんの顔も、お母さんの顔も、思い出せなくなっていって……悲しかった。

 だから僕は、みんなの事が嫌い。

 大嫌いだ。

 口には出さないけれど、憎らしくてしょうがなかったんだ。

 お父さんのマネをするな。お母さんのマネをするな。

 僕から大切な物を奪うな。

 二人、先生、同級生に、そんな事ばかりを考えていた。

「瑞希くん。今日はお休みだけど、どこか行きたい所はないかい?」

「ない……です……」

「じゃあ今日は――」

 僕が小さく呟くと女の人が何かを言おうとするも男の人が首を振って止める。

 二人は僕を元気付ける言葉を何度も話してくれたけど、やがて二人は僕がいる部屋から出て行き、何かを言い合っていた。

 子供ながらに悪い事をしてしまった自覚はある。

 それから二人は何かを話し合う事が増えた。

 僕は一人の時間が増えたから、むしろ良かったとさえ考えていた。

 そして翌週。

 金曜日、翌日が休みというその日に学校から帰宅した僕は唖然とした。

 家中が花だらけだったからだ。

「なにが……」

 その時ばっかりは心が花に奪われた。

 だって庭から玄関、廊下からすべての部屋に至るまで、様々な花が飾られていて、あまりにも綺麗だったから。

「どうだ、瑞希。私は華道の大先生だと言っただろ?」

 花に唖然としている僕に女の人が言った。

 女の人は子供の様に遊び心を刺激した様な、楽しげな笑みを浮かべで僕に自慢する。

「瑞希くん。僕達はこれから瑞希くんに僕達を知ってもらおうと思うんだ」

 男の人も優しく、丁寧な口調で僕にそう語り掛けた。

「…………」

「私もこの男も、花しか知らない。花以外の生き方を知らない。悔しいが、私には瑞希を元気にしてやる事ができない。その方法がわからない。だから私が元気になる方法を瑞希に教える事にした。わかったな?」

 言っている意味がわからなかった。

 何もかも滅茶苦茶で……でも、その表情は今までとは変わっていて……。

「う、うん……」

「よし、初めて頷いたな。これから凄いからな!」

 弱く、脅された子供の様に頷く僕に女の人はとっても良い笑顔を向けた。

 それからが本当に凄かった。

 毎日家に帰ると花が元気に咲いていて、装飾の様に飾り付けられていた。

 しかもどの花も男の人が一から育てて、女の人が飾っているらしい。

 そんなバカな、と思うのだけど、少しでも怪しむとどうやって育てたのか、どう飾ったのか態々一から順に最後まで話し出す。

 自分達の花に対する気持ちがどれ程の物なのか話終わるまで止まらない。

 僕も気持ち負けして、他の事は聞こえないのに、何故かその事だけは耳に入った。

 忘れようとしても、次から次へと滝の様に教え込まれる花の知識。

 花の事なんてどうでも良かったけど、二人が花をどれだけ好いているのかはわかった。

 そして二人が僕に対して抱いている気持ちも……。

 ここから先は考えない様にした。わかってしまえば、何もかもを忘れてしまう。

 本当のお父さんとお母さんの事を。

 だから僕は可能な限り抵抗しようと心に決めた。

 大人には勝てないって解っているけど、心だけなら負けない。

「遊んで……きます」

「おお! 瑞希、友達ができたのか?」

「は、はい」

「行ってこい! 子供は友人と遊ぶのが自然なのだ」

 僕は嘘を吐いた。

 本当は学校でいつも独りで、話し掛けれても断っている。

 それなのに二人は目頭に滴を溜めて、凄く喜んでいた。

 罪悪感はあった。

 僕の事を第一に考えて、親切に接してくれる二人に嘘を吐いている。

 それだけで胸がチクリと針を刺す様に痛んだ。

 僕は公園の、見えにくい場所に座って夕方まで時間が経つのを待つ様になった。

 そんな日々が何週間、何ヶ月と続く。

 気が付けば、僕の中で二人への考えが少しずつ変化していた。

 醒めた様な印象のある女の人……本当はとても優しいけど、不器用な人。

 優しい男の人……相手の事を考えていて、うわべだけではない、本当に優しい人。

 だけど、僕は二人をお母さんお父さんと呼びたくなかった。

 呼んでしまったら何もかもが変わってしまう様な……嫌な気持ちになったから。

 だから本当は気付いているのに、その言葉を心の奥底に閉じ込めた。

 半年が過ぎた頃には、同級生は僕を諦めて自分達のチームを形成していた。

 僕も授業以外は窓の外を眺めるばかりだったのでしょうがない。

 こうした日々は年を明けても続き、進級しても変わらなかった。

 四月。

 桜が咲き誇る季節。

 それは桜に限らず様々な花々が芽吹く時期。

 家では二人の花が今までに増して輝きを増す季節でもあった。

 進級してクラス替えもあり、知っている人と知らない人がクラスメイトになっていた。

 先生は今まで通りの人で、後から聞いた話だと、自分から立候補してくれていたとか。

 でも、僕は相変わらず、新しい同級生にも今まで通り接してしまう。

「え? あいつ、親なしなの?」

 振り返ると僕の方を眺めながら話している男の子数人が見えた。

 僕が見ると気まずそうな表情に変わって、足早に廊下に去っていく。

 偶にある事だ。

 多くの場合、僕に近付いてもこない。

 そもそも僕が心を開いていないのだから当たり前なのだけど。

 しかしその子は違った。

「なあ、親がいないってどんな気分なんだ?」

 その子は実に嫌な子だった。

 相手の気持ちも考えずにこんな事を聞いてくる精神を疑う。

「…………」

 当然僕は無視を決め込んで、窓の外を眺める。

「おい、無視すんなよ」

 なんて、言っているけれど僕の耳には届かない。

 いや……彼の言葉なんて聞きたくもなかった。

 胸を抉られる様な痛みがするだけで、良い事なんて一つも無いんだから。

「一緒に帰ろうぜ?」

「班帰宅だから……」

「おれ、おまえんちと家近いから同じ班だし。ていうか昨日も一昨日も一緒だっただろ」

「そう……」

 どうにもその子は登下校同じ班だったらしく、毎日話し掛けてきた。

「かあちゃんがホットケーキにメープルシロップとはちみつを一度に掛けるなって言うんだぜ? じゃあ今度はチョコとメープルとはちみつにするから大丈夫だよな?」

「…………」

 男の子は毎日飽きもせずに僕に話しかけてきた。

 何が珍しいのか知らないけれど、男の子は色々な話をしてくる。

 聞いた限り、男の子は重度の甘党らしい。口を開けばお菓子の話をしていて、給食で甘い物が出るといつも争奪戦に参加している。

 僕は……ご飯が美味しいとか不味いとか、どうでもいいから……。

「なあ、鍵矢は何が好きなんだよ」

「…………」

「一つぐらいあるだろ? なあ? おまえいつも、つまんなさそうじゃん」

「……、……だ……」

 図星――という物なのだろうか。

 お父さんとお母さんが死んでから毎日が、つらくて、苦しくて、悲しい。

 だけどそれ以上に、何もかもがつまらなかった。

 その言葉を、嫌いな彼から言われて、僕は両親が死んでから初めて怒った。

「嫌いだ! 皆大っ嫌いだ!」

 男の子は唖然としていて、僕はその場から逃げる様に走り去った。

 それから男の子は難しい顔をする様になった。

 当然僕に話す口数も減って、甘い物を食べる時以外は考えに没頭していた。

 やっと静かになった。僕はそう考えていた。

 そうして清々した気持ちで迎えた日の朝、その日は僕の嫌いな雨が降っていた。

 こんな日は学校に行くのも嫌だけど、行かないと二人が何を言うかわからない。

 二つを天秤に掛けて、僕はいつも通り登校した。

 その日は男の子は先に行っているという話で、いなくて静かだった。

 登校して教室に入り、自分の机を見て首を傾げる。

「……?」

 ――黄色い花が花瓶と一緒に僕の席に置かれていた。

「くっ……う……」

 僕はその花を目に入れて、今まで溜めた物が噴出した気がした。

 両親が死んでから、これまで泣きたくても泣けない。

 何をしていても虚無感だけがあって、意味もなく悲しかった。

 なのに僕はわんわん泣いた。

 教室にはクラスメイトもいたのに、人目を憚らずに泣き続けた。

「これをやった人は手を上げなさい!」

 当然事態に気付いた先生が朝の会に真っ赤な顔で尋ねる。

 そこに手を上げる――男の子。

 男の子は既に頭に大きなコブを付けていて、何があったのか想像しかねる姿だった。

「どうしてこんな事したの!?」

 黙っている男の子に叱り付ける先生。

 僕には何故、男の子が怒られているのか解らなかった。

 だって僕達はまだ小学生低学年だったんだから、机に花を置くという行為がどういう意図をしているのか知らなかったんだから。

 だから僕は、男の子の前に立って、こう言った。

「違う! 月城くんは何も悪い事なんてしていない!」

 いつも塞ぎ込んでいる僕が大声を出したから驚いている先生と男の子。

「彼は、月城くんは……僕の友達だから!」


 黄色い花――ゼラニウム。


 花言葉は「慰め」「真の友情」「決意」「君ありて幸福」。

 四月から十一月まで咲く、アフリカ原産の綺麗な花。

 彼は、月城雄二は僕の家が花屋だと知って、興味の無い花言葉まで調べてくれた。

 この事実に気付く為には、母さんと父さんが僕に花の事を教えていないとダメだし、彼が僕を心配してくれなければ実現しなかった。

 母さんと父さん、彼だけじゃない。

 色んな人に助けられて、僕は今ここに居られて、沢山の優しさを受けていた。

 そんな人達の想いを踏み躙っている僕を、僕自身が嫌になった。

 だから僕は嫌いという言葉が好きではない。

 何かを否定する、人、物、想いを踏み躙る言葉だから。


 僕は雨の日が好きだ。

 母さんと父さん、親友が、僕に手を差し伸べてくれていた事に気付けた大切な日。


 僕にとって彼等は、現実は――決して捨てられない……大切な宝物。

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