双子と、ボスの恋愛事情(2)
ボスは何か、アクルに双子は知らなくていい何かを伝えるのだろう。それを察し、双子は遠くの席を選んだ。そんな姿を見て、アクルは感心した。まったく、察しがいい。とても十と少しいった少女だとは思えない、聡明さだ。アクルは、その二人の賢さが好きだった。可愛いふりして、頭がいい。かっこいいな、とも思っていた。
さらにかっこいい女性が、おい、とアクルのむこうずねを蹴る。
「でっ! ちょっとボスいきなり何を……」
「何双子見てめろーんとしてるんだよ。恋か」
「どっちに!」
「そこかよ!」
「え、いや、だって、ねぇ」
「ミクロ派かマクロ派かなんて深い話、俺にはまだちょっとわかんないかな」
ボスはわざと苦笑いを顔に浮かべ、そっとアクルから視線を外した。
「いやいやだから違いますって」
アクルの必死の弁解に、へぇ? と疑いの目を向けるボス。大の男が、両手を前にあわあわとしている姿に、思わず吹き出してしまう。
「笑うし!」
アクルは必死に突っ込む。いや、すまん、と笑いをこらえつつ、ボスは咳払いをした。
「で、俺に話ってなんです?」
真剣な表情に戻り、アクルは尋ねた。
「うん。あの少年の様子、俺の代わりに見といて。今治療室にいるから。いきなり起きて暴れだしちゃったらさ、ルークだけじゃ対応できないかもでしょ。傍にいて護衛してて。あの少年が起きて、暴れなかったら、すぐに連絡ちょうだい。あとギル見かけたら、俺のとこに来るように言って。俺しばらくここいるから。いなかったら俺の部屋来いって言っといて」
「分かりました。直接ギルに連絡は取らなくていいんですか?」
「いいよ、あいつ昨日夜遅くまで仕事してたみたいだから、寝てるかもしれないだろ」
「了解です。じゃぁまたあとで」
「ん、よろしく」
ボスは手に持っている紙袋から、リンゴをふたつ、アクルに手渡した。
「はい、ルークと少年に」
「俺のじゃないんだ……」
「冗談だよ、みっつ持ってけ」
ボスはもうひとつのリンゴを、ほいとアクルの手の上に乗せる。リンゴはアクルの右手に、すっぽりとみっつおさまった。
「おー」
その光景を見て、ボスは感嘆の声をあげる。
「……何でしょう」
「いや、手、でかいなーと思って。なんで片手でみっつ持てるんだよ」
「女性は手、ちっちゃいですよねぇ」
「俺は女の中ではでかい方だと思うけどな……」
「比べっこしましょうよ」
そういうと、はいとアクルは自分の左手の平をボスに向けた。
「へ?」
「……いや、ほら」
アクルはボスの右手を取ると、自分の左手にそれを重ねた。
「ひゃっ、ちょ、な!」
「……ちっさー!」
ボスの悲鳴にも近い叫び声と、アクルの驚きの声が廊下にこだまするが、それでも二人は声の音量を下げようとはしない。
「えー! こんなに小さいんですねー女性の手って!」
「えええええ! え、あ、アクルは大きいんじゃないかな! 手!」
「かっこいいですか?」
「え? は? かっこ? あ、うん、か、かっこいいんじゃないかなー!」
ボスは赤面し、声もひっくり返っているが、犯人のアクルは特に気にしていないようだった。
「手フェチですか」
「違います声フ……何を言わせるんだてめぇ」
思わず冷静になってしまう、ボスであった。
「声フェチですか」
「うるせぇし」
「声フ」
「うるせぇし」
「否定しない!」
「お黙り!」
「ていうか」
アクルはふいに、ボスの手を握った。
「へ……?」
ボスの頬が、とたんにまた赤くなる。思考回路が停止する。
な、な? へ? 何事?
アクルは、そんなボスの心中を察することも、赤くなった頬に気がつくこともなく、ただボスの爪先をまじまじと見ていた。
白と黒に染まったボスの爪先は、いつも真っ赤だった。
「爪危なくないですか」
「…………」
「長すぎやしませんか……生活しづらいだろうなぁって思うんですけど。携帯のボタンとか押せるんですか」
「……案外押せるもんだぞ、ですよ、案外、えぇ」
「そうなんすか」
「う、うん。今度爪伸ばしてみればいいんじゃないですか。塗ってあげるよ」
「いやですよ!」
「赤しかないけどね!」
「でしょうね! 俺が真っ赤にしちゃったら、斬新なファッションだってからかわれますって。もー」
そう言って、アクルは、何事もなかったかのように、ボスの手を離した。ボスの手は、支えが無くなり、宙に浮いた形になる。
ボスは少し遅れて、浮いていた手をひっこめた。
何なんだよ。もう。
「んじゃ、またあとで。なんかあったら呼んでください」
「うん」
アクルは軽く頭を下げると、その場を駆け足で去って行った。暗い廊下に消えていく背中を、ボスはじっと、見つめていた。
「あの鈍感、いいかげんどうにかした方がよくないですか」
「馬鹿ですよ馬鹿、へらへら笑って何考えてるのか」
ボスの後ろから、そんな声が聞こえ、ボスはひぃと振り返る。少しだけ空いた扉から、双子の右目と左目が、ボスをじっと見つめていた。
「……どこから聞いてましたか」
「なんかアクルがボスの手を握ってるところからです」
そうか。なんだ。声フェチってのはばれてないな。
「ってそこじゃねぇよ!」
「え!」
「何がですか!」
ボスの唐突すぎる突っ込みに、双子は慌てふためく。
「え、すみませんどこですか!」
「それより前から見ていた方がよかったですか!」
「大切なお話をされていると思っていたんですが」
「おふたりが何か叫んでいるので」
「思わず気になって聞き耳立てちゃったんですけど」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
双子は半泣きになりながら、扉をそっと閉めた。
ボスは黒い廊下に一人ぼっちである。
「や……ごめん違う……」
ボスは扉をゆっくりと開けた。双子は扉の近くに、そろって正座していた。
「………………ごめん誤解だ、君らはなんにも悪くない。俺が全てにおいて悪い」
「……いいえ」
「……全て悪いのはあのアクルです」
双子の言動に、ふっとボスは笑う。
「リンゴ食べようぜー」
ボスは双子に手を差し伸べた。双子は同時に、ボスの手に片手をのせる。立ち上がった双子は、ぎゅうとその頭をボスの腕におしつけた。これでもかというほど、強くボスの腕に自分の腕を巻きつける。
「なんだよ双子ちゃん」
「アクルは馬鹿ですよ」
「鈍感ですよ」
「…………知ってるよ」
あいつ以外の、多分全員が、俺の気持ちに気が付いているのに。
でもそれは、アクルのせいじゃない。
「双子ちゃんは優しいなぁ」
「ボスのが優しいですよ」
「ボスのが素敵です」
「ありがと」
ボスは少しだけ、切なくなった。
「さ、デザートにしよう」