3 双子と、ボスの恋愛事情(1)
屋敷は、いつだって闇の中にある。
いや、そこには確かに光が存在するのだが、それも忘れてしまうほどに、その屋敷はある色で統一されていた。
その色は黒。漆黒の色。どこを見渡しても、その屋敷は黒だった。
黒、黒、黒黒黒。
扉が閉まり、日の光が完璧に遮断された屋敷は、時間というものを感じさせない。この屋敷に時計がなかったら、きっといつが昼か、いつが夜か分からなくなってしまうだろう。
カーテンは全て閉まり、完全に外からの光を受け付けない。
扉の下から少しだけ漏れる光は、この屋敷にはそぐわない。
その光だけではない。この屋敷には、色と言う色が排除されていた。
青も黄色も緑も紫も桃色も橙色も。なにもかも。その屋敷は、黒に染まった屋敷だった。壁という壁。カーテンというカーテン。床という床。
時計の針や食器など、少しは白いものもあった。しかし、時計の色はやはり黒が基準であったし、食器の模様はやはり黒であった。
全てを受け入れているのか。全てを拒絶しているのか。
そのどちらともいえる黒に、この屋敷は飲み込まれていた。希少な白は、ひっそりとその黒に身を置いているようだった。白に限りなく近い明りは、屋敷中を明るく照らしてはいるものの、黒を強調させるだけであった。
そんな屋敷に、唯一存在する色があった。
深紅の薔薇。
深い深い赤色だけが、この屋敷に点在していた。
黒い皿に、水がはってあり、そこに緑の部分を切り取られた薔薇が、浮いている。そんな芸術作品が、屋敷には多く存在していた。
大きくて長い食卓の真ん中に、点々と一定間隔で置かれた、薔薇。階段のニッチに、これもまた点々と一定間隔で置かれた、深紅。置時計の隣、鍵かけの横、本棚の隅に置かれた、異質。
それは黒の中で堂々と目立ちながらも、どこか申し訳なさそうに、屋敷に居座っていた。
薔薇たちは、生花である。いつかは、枯れてしまう。だんだんと黒ずんでいく。闇に染まるかのように、黒ずんでいく。
そんな姿が好きだと、この家の主は言っていた。
美しい花が好きだと言っていた。そしてそれが黒に染まっていく姿も好きだと言っていた。
私みたい、なんて言うつもりはないのよ、とその人は言っていたが、それでも、そんなセリフを聞いたレイカは、泣きそうになったのを覚えている。
せめてあの人がもう一度、楽しいと心から笑ってくれたら。
そう思い、レイカはエストレージャという組織のボスになった。仲間を募り、探し、求めた。
この屋敷の主はいつか、笑ってくれるだろうか。この屋敷の主はいつか、心の中に違う色を灯してくれるだろうか。
この屋敷に、少しずつ色が増えていくのを、レイカは願っている。
黒い廊下に、カツンカツンとヒールの足音が響いた。ボスとアクルは、大食堂へ向かっていた。
朝の九時。早く朝ご飯を食べた者は、そこで新聞を読んでいるか、もしくは自室に帰っているかもしれないが、誰もいないということはないだろう。数人かは、そこでたわいない話をしたり、知識を分け合ったりしているはずだ。
二人の間に、会話は無かった。アクルの手にしている紙袋が、時々静寂を破るように、がさりと音を立てる。
それぞれ、あの少年について考えていた。あいつはいったい……なんなんだ? 考えているうちに、あっという間に大食堂に辿りついた。やや古びた扉を押しあけ、二人は大食堂へ入った。
その部屋は大食堂と言うだけあって、かなりの広さがある部屋だった。
昔はダンスパーティーに使われていたというのだから、この屋敷内でもかなりの大きさを誇る部屋であることは間違いない。
大食堂には、二人用の机、四人用の机、大人数用の机が置かれており、一番奥には、部屋の隅から隅まで伸びている巨大な机が置かれていた。この屋敷に住まう人全員が席に着いたって、まだ十分に余裕のある席数だ。
巨大な机は、毎晩の食事に使われる。仕事があって屋敷にいない者以外、夕ご飯は一緒に食べるのが、この屋敷の習慣であった。
エストレージャの全員が、顔をそろえて食事をする。そんな光景を、皆が好んでいた。皆が愛していた。皆が楽しんでいた。わいわいがやがや、といった言葉がよく似合う、食事風景。ボスも、もちろんその風景が大好きだった。
しかし、夜以外は比較的静かな食堂である。ボスとアクルが食堂に入ると、右端の席に並んで座っていたふたつの頭が、ぱっと振り返った。
「ボスー!」
「お帰りなさい!」
そこに座っていたのは、金髪の少女たちであった。
髪を短く切り、黒いワンピースを身にまとっている。
一人は右側に黒の眼帯をつけ、右側に黒い薔薇の髪飾りをつけていた。
もう一人は左側に黒の眼帯をつけ、左側に黒い薔薇の髪飾りをつけていた。
その黒に映える健康的な肌、真っ赤な唇はかわいらしく微笑んでいた。青い目が、ボスを見つめる。まるで鏡映しのように瓜二つな双子は、勢いよく立ちあがると、手を広げてボスに駆け寄った。
「おかえりなさい!」
「おかえりなさい!」
両端から、ぎゅうとその双子はボスに体を押し付ける。
「怪我はありませんか」
「アクルになんかされませんでしたか」
「おいこらマクロ」
アクルに突っ込まれた少女は、べっと舌を突き出す。
「左目に眼帯をしている私はミクロですー、馬鹿アクルー」
「え、あれ、今日は逆なの?」
と戸惑うアクルを見て、二人は同時にきゃらきゃらと笑った。
「だまされたー!」
「だまされたー!」
「左目に眼帯をしているのがマクロ」
「右目に眼帯をしているのがミクロ」
「今日もいつもとかわりませーん」
「やーい、アクルさんだまされたー!」
「……なんだその冗談は」
アクルのあきれ果てた表情を見て、双子は同時ににやりと笑う。
「だまされるかなぁと思ったんですよ」
「だまされるよなぁと思ったんですよ」
「確信かよ」
「ボス、朝からどこに行っていたんですか?」
「ボス、朝からいなくて寂しかったです」
「お前ら次は無視か、こら」
アクルの突っ込みを完全に無視し、双子はボスを見つめた。
「今日は朝市に行って来たんだよ。お前ら飯は?」
「食べました」
「ハムサンドとオレンジジュース」
二人は二コリと笑うと、同時においしかったです、と付け足した。
「そうかそうか、よかった。デザート買って来たんだけど、いる?」
愛らしい双子の姿に、思わずアクルの頬も緩む。
「ほしいです!」
双子は同時に万歳をした。
かわいすぎるっ! と叫びそうになるのを必死に押さえて、アクルは代わりににこりと微笑んだ。
「デザートはリンゴだよ。赤いだろ! でかいだろ!」
ボスはアクルから紙袋を奪い、双子にその中を見せた。
「うわっ!」
「綺麗!」
双子は鈴のような声で、歓喜の声をあげる。
「包丁持ってきますね」
「ボスとアクルさんも食べましょう!」
双子の提案に、ボスはちっちっちと人差し指を立て、それを横に振る。双子は意味が分からないらしく、きょとんとした顔で右に首を傾けた。
傾けるタイミング、角度までぴったりである。どっかでこいつら練習してるんじゃないか、とアクルはひそかに思っている。
「このまま食べるのが、一番、うまいんだよ」
ボスはにやりと口先で笑うと、リンゴをひとつ取り出し、豪快にかぶりついた。
「きゃぁ!」
双子は同時に声を上げ、ぴょんぴょん飛んだ。今度は、二人交互にである。ミクロが着地したらマクロが飛び、マクロが着地したらミクロが飛ぶ。
部屋で絶対に練習してるだろ。じゃないとあのぴったりは説明できない。
アクルは愛らしい双子の姿を、じっと見据えて、そんなことを考えていた。
いつだか、本当に聞いたことがある。双子は腹を抱えて笑っていた。
「そんな暇があったら、鍛えますよ!」
「銃の練習してますよ!」
「二人で話しますよ!」
「なんで」
「なんで!」
「なんで二人で首をかしげる練習をしないといけないんですかぁ!」
きゃらきゃらきゃら、とあまりに楽しそうに笑うので、偉く赤面したことを覚えている。さすがに爆笑する姿は、ぴったりでも鏡映しでもなくばらばらだったので、笑う練習はまだだったんだな、とアクルは思うことにしている。
いつの日か、二人同時に笑い、同時に手をたたく。そんな日が来るはずだ。
「いただきます!」
「いただきます!」
双子は赤いリンゴを手に取ると、やはり同時に、口を大きく広げてかぶりつこうとした。
「まぁまてまてまて、座って食べろ、な!」
ボスは笑いながら、二人の頭を撫でた。薔薇の髪飾りがふわりと揺れる。
「はぁい」
「ボスは一緒に食べないんですか?」
見上げる二人の視線を、自分の子供でも見るような優しい目でボスは受けとめた。
「一緒に食べるよ、腹へった」
じゃぁ早く! とボスの手を引く双子を、慌ててボスは止める。
「待て待て、ちょっとアクルと話があるんだ、席取ってて」
ボスは紙袋からリンゴを三つ取ると、傍にあった机に紙袋を置いた。
「んじゃ、よろしく」
「はーい!」
「待ってます!」
双子は頷くと、少し離れた四人席へと座った。