自己紹介(5)
食事は、大層賑やかな物となった。ニールが屋敷にやってきたときの立食パーティーも、とても豪華な物だったが、さらに数段豪華になった食事に、ニールは目を見張った。様々な国の料理が、広いはずの食堂に、所狭しと並んでいた。
その日も立食パーティーだった。皆、正装をしていた。そのことにニールは驚いたが、エストレージャのメンバーでは、スーツをこのんで着る人が多いことを双子から教わった。ボスがスーツが好きだから、というのがその理由だった。
「私たちはスーツじゃなくてドレスだけどね!」
「その方がいいんだって、ボスが!」
そう言って、双子はスカートの端をつまんで見せた。いつも人形のような服装をしている二人だったが、そのパーティーではさらにめかしこんでいて、とてもかわいらしかった。
「ニール用の服も、そのうち作ってくれるよ」
「オーダーメイドでねっ」
普段着のニールの気持ちを察したのか、双子はそう言って、ニールに笑いかけた。
食堂には、どこからか大型のスピーカーが持ち出され、陽気な音楽が鳴り響いた。黒い壁の部屋に、いつもよりも明るめの照明も用意された。
ニールは、部屋の隅に置いてある椅子に座っていた。先ほどまで一緒にいた双子は、アニータと共に音楽の選曲をしていた。男性陣は、不要な机や椅子をどかし、ダンスのできるスペースを作っていた。ニールも何か手伝おうとしたが、アクルに止められた。
「主役が働いちゃいけない! ボスがもうすぐ来るだろうから、俺の代わりに話ししてて」
アクルの言うとおり、ニールが椅子に座ってからほどなくして、ボスが食堂に入ってきた。いつもと変わらぬ白いスーツの格好だったが、髪型だけが違った。いつもおろすか、高い位置でポニーテールの結びをされているその髪は、首のうなじのあたりでお団子にして結ってあった。綺麗な花と、星の髪飾りをつけていた。
ボスはニールを見つけると、片手を挙げて挨拶をした。慌てて立ち上がるニールを見て、ボスは楽しそうに笑った。
「食事の時だけでいいんだよ、そういうのは。疲れてるだろ、ゆっくり座ってろ」
ボスはニールの肩をたたくと、ニールの左隣の椅子に座った。
「準備にはもう少し時間がかかりそうだな」
「そうですね」
「あれな、あいつ」
ボスは、椅子をいくつにも重ねて運んでいるアクルを指差した。スーツを着ていたが、力仕事だというので上着を脱ぎ、腕まくりをして働いていた。ふらつく足元を笑われ、大声で反論している。
「大声馬鹿」
「馬鹿って……」
ニールは苦笑し、横目でボスを見た。あまりに愛おしそうにアクルを見つめるボスの視線に、ニールは赤面してしまった。
「あいつ、元泥棒、今は作戦たてるお兄さん」
「ど、泥棒なんですか?」
「うん」
唐突な事実に、ニールははぁ、と答えるしかなかった。ボスは気にせずに、続けた。
「泥棒も泥棒、超有名な大泥棒。今回、リッツのたまり場に行って情報収集してもらったんだが、そんときに鍵を開けて、入れるようにしたのがアクル。入って情報収集してくれたのが、ヤツキ。お前の隣に座ってる」
「へ?」
ニールが右側を向くと、そこにはヤツキがいた。いつもと変わらぬ、全身黒い服を身にまとっている。
「うっわああ!」
ニールの反応に、ヤツキは腹を抱えて笑うと、立ち上がった。
「特技は気配を消すこと、十八番は盗み聞き、あとは人を驚かせることかな。見ててね」
ヤツキは、選曲に真剣な双子に近づくと、背中を思い切り叩いた。ぎゃぁと双子が飛び上がった。半泣きでヤツキを叩いている。ヤツキはまたも腹を抱えて笑うと、選曲に加わった。
ボスはその光景を見つめながら、ニールにまた話しかけた。
「得意って言っても、気配を消すのは大変だ。盗聴して帰ってきて、すぐに俺に報告をくれたんだけど、汗だくだった。報告したらすぐに倒れるように寝ちまった。彼女のおかげで、リッツが人攫い屋を雇っていたことが分かって、俺たちが作戦をたてやすい状況になったんだ」
「そうだったんですか……」
「おう。んで、ラインをリッツに派遣、向こうの参謀と接触して盗聴器をつけさせて、偽の情報を送り込み、向こうが何かしらアクションを起こさなければいけない状況を作り出した、エストレージャの作戦係が、アクルだ。金もなく時間もない彼らが、焦って奇襲してくるだろうという読みまでばっちり。あいつは泥棒してたときから、作戦立てるのが上手だった」
「凄い……」
「あいつはそういうことに関しちゃスペシャリストだからな。まぁ作戦立てるために情報を集めてくれたのが、あそこですでに酒に手を出している紫お兄さん」
ボスが指差した先には、疲れたからと言ってお酒に手を出そうとしているギルがいた。彼女であるアニータに、馬鹿じゃないの! とどなられている。しぶしぶギルはグラスを戻し、力仕事に戻って行った。
「あいつが情報を集めてくれなけりゃ、作戦自体がたてられなかった」
「どうやって集めたんですか……?」
「地道に集めたぞ、あいつは。過去の新聞から近所の人たちの噂まで、細かくな。ギルにとってはいつものことなんだろうが。あいつの記憶力は尋常じゃないし、洞察力も勘も天下一品だ。俺にはまねできないね。
で、あの演技力抜群の女たらしラインが、実際にティラと接触、作戦通りにうまく誘導してくれた。冷静に盗聴器を仕掛けられたのに気が付いたり、相手を揺さぶったり、ほんとにあいつは天性の詐欺師だと俺は思う。泣いた女は数知れず。しかも悪気が無いんだから、大したもんだよ。でもね、実はいい奴だから、あいつ」
「知ってますよ。優しいですもん」
もったいないんだよな、とボスがもらし、ニールは小さく笑った。
「で、今回の作戦に欠かせなかった、そしてこれからのニールの生活にも欠かせない装置を作ってくれたのが、ギャンだ」
ギャンは、いつもの仕事着とは違い、シンプルなスーツを着ていた。大きな机を一人で運びながら、食事を運んできたファインと談笑していた。
「腕利きの大工だ。俺はあんま機械に強くないんだが、ギャンがいるから大丈夫なんだ。小さいものから大きいものまで、なんでも直してくれる。睡眠ガス充満装置でリッツの雑魚子供たちをまとめて眠らせられたのは、ギャンのおかげだ。
ついでに、ニールの部屋に子供たちが来たのに、時間差があったのは知ってるか?」
「いえ、今知りました」
「そっか。ふたつのグループに分かれてきてな。最初にニールの部屋に入ったのはアニータだったそうだ。彼女は腕っ節も強いし、武器ならなんでも操れる。リッツの子供たちはたくさん面白い武器を持っていたから、勉強になったと言ってたぞ。いくら子供だからって、何十人といる子供たちを、気絶させるでもなく、戦意を喪失させるまで、ルークとアズムを守りつつ、さらには双子が子供たちを連れてくるのを待って……戦い続けたんだ。凄いだろ?」
「強いんですね……」
「ほんとに強い。強いし華麗に戦うぞ、あいつは。いつもはおっとりしてるけどなぁ、実は凄いんだ。能力的には、ニールと近いものがあるかもしれないから、いろいろ話も聞いてくれると思うぞ」
「あとで、話してみます」
「おう。アクルの作戦では、アニータと双子でできるだけの人数をニールの部屋に誘導することになってた。見事に誘導してくれたんだ。双子ちゃんたちも、普段は可愛いが、なめちゃいけない。アニータと一緒で、ミクロとマクロも戦闘員なんだ」
「そ、そうなんですか?」
驚いて言葉の詰まるニールを見て、少し楽しそうに、ボスは頷いた。
「あの二人は、コンビネーションが凄い。二人曰く、互いの行動が分かるそうだよ。凄いねぇ」
「そういえば。話すのも流れるように……それって、能力だったんですか?」
「能力の一環だよ、たぶんね。俺は今回、双子ちゃんの活躍は見れなかったし、本人たちもアニータがほとんど戦ってくれたって言ってたけど……目撃者のアズムによれば、その場にいた子供のひとりがナイフを出したんだと。そしたら、まずミクロがそのナイフを発砲、浮き上がったナイフを、少し遅れて発砲していたマクロの銃弾が捕えて、ナイフはまっすぐアニータの方へ飛んで行ったらしい」
「ひえー」
「喧嘩じゃ勝てないかもしれないぞ」
かかか、とボスは白い歯を出して笑った。
「いい腕の医者ルークに、看護師であり薬剤師でもあるアズムのことは、よく知ってるだろ」
「はい」
「それから、天才的に料理の美味いファインのことも」
「はい。ほんとに、みなさんにはたくさんお世話になりました」
「そうだな。そこまでしてでも、皆はニールのことをエストレージャに迎え入れたかったんだよ」
「僕は、幸せ者です」
「そらよかった」
食堂の準備がちょうど整ったようだった。陽気な音楽が部屋中に響き渡る。食事の前にと、ファインが個々人に飲み物の注文を取っているところだった。
ボスは若干声をひそめて、ニールに語りかけた。