自己紹介(3)
「僕、一人で、本当に辛くて、苦しくて、本当に、ボスにあえて拾ってもらえて、部屋をもらえてうれしかったんです。住んでいいよって言われて、朝起きて暴れてもみんな受け入れてくれて、普通に接してくれて、僕の朝の発作をどうにかしてなくせないかって協力までしてくれて……。感謝してもしきれないんです。本当に、ありがとうございます」
ニールは立ち上がり、頭を下げた。驚いて立ち上がりそうになったボスを、静かにサキは手で制した。そしてゆっくりと立ち上がり、ニールの肩に手を置いた。
「顔をあげて」
ニールはゆっくりと顔をあげた。黒くて美しい目が、じっとニールを見つめていた。
サキはそっと、ニールの両手を取り、強く握った。
「エストレージャの意味を教えてあげる。星、って意味なのよ。私はこの集団に願いを込めたの。美しく輝く星が、綺麗だと言われない世界は悲しいわ。存分に力を発揮して、美しく輝いてほしいの。それに、星は願いを叶えてくれるっていうでしょう。
星に願いをかけたの。
エストレージャのみんなが、幸せになれますようにって」
サキはそっと、ニールを抱きしめた。
「あなたも幸せになれればいいなって、思うわ」
「はい……サキ様も……」
ニールは、大して年も変わらない少女の肩を、ぎゅっと抱きしめた。気が付いたら泣いていた。涙があふれて止まらなかった。
サキはそっとニールを体から離すと、優しく涙を指で拭った。
表情はなかったが、全身から優しさが溢れだしていた。ニールは泣きじゃくりながらも、ひっしにサキを見つめていた。
「さらに、私の苗字と名前、一つの星が咲くって意味なの。この国にはないけれど、私の故郷の文字には、文字には音のほかに意味もあってね。一つの星が咲く。なんだか素敵でしょう?」
「はい」
ニールはにこりと笑った。それをみて、またサキは首をかしげた。
「やっと笑ったわ」
サキはすっと後ろに下がり、ソファに座った。あわててニールもソファに座りなおす。
「ちなみにあなたの隣にいるレイカは、麗しき華という意味なのよ」
「サキ様……!」
ボスが思わず顔をひきつらせた。それを見た咲は、手を口元にやった。きっと笑うときの癖なのだろうと、ニールは思った。
「素敵な名前よね?」
「はい」
サキの質問に笑顔で答えたニールを横目に、うぅとボスはうなった。
「恥ずかしいんですよ、麗しきなんて……!」
「誇りにしなさいよ、美しい名前なんだから。あなたの右腕君も、嬉しくてにやにやしてるみたいよ」
「アクル!」
ボスは振り返り、ソファ越しにアクルを睨みつけた。あわててアクルは真顔に戻ろうとするが、うまくいかずに顔がゆがむ。
「笑いやがって」
「ボスの反応がかわいらしいから、つい」
「かわっ……!」
ボスの頬がかっと赤くなった。しかし、すぐにアクルに背を向けてしまったために、アクルはそれに気が付くことはなかった。
「……相変わらずね」
サキは呆れたような口調でそういうと、ちらりとレイカを見つめた。レイカは小さな声で、
「左様です……」
と答えた。サキはまた首をかしげると、ニールに向き直った。
「そろそろ私は仕事に戻るわ。分からないことがあったら、いつでも誰にでも相談しなさいね。エストレージャでの生き方を、いろんな人が教えてくれるはずだから。まずは、いろんな人とお話ししてほしいの。それが、分かりあえる近道だと思うから」
「はい。よ、よろしくお願いします」
ニールは緊張しながらも、早口でそう言った。
「こちらこそ、よろしくニール」
サキは立ち上がると、そっとニールの頬に触れた。吸い込まれてしまいそうな真黒な瞳で見つめられ、ニールはどぎまぎしてしまった。サキはニールに触れたまま、淡々と話しはじめた。
「最後にね、ニール。エストレージャの噂は数多くあるけれど、その中には真実もあるの。そもそも別に、エストレージャが特異すぎる人たちの集団、ってのは隠しているわけじゃないのよ。ただ、勝手にうわさが流れているだけ。
でもね、私のことは秘密事項なの。
だれもエストレージャに私がいるって知らないわ。
これはね、最重要機密だからなのよ。私の存在を知ったってことは、つまり、エストレージャに正式に入ったと同時に、大事な大事な秘密をばらされたってことなの。
絶対に秘密にしているのはね、私の居場所と正体がばれたら、すぐにでも私の持つ資産目当てに、不当な輩が屋敷に現れかねないからなの。選りすぐりの人たちが大量に来てしまったら? エストレージャが壊滅してしまうかもしれない。それが怖いの。
だからね、たとえ誰かに教えてって言われても、私のことは絶対秘密でお願いね。お金を大量に積まれても、絶対的な地位を差し出されても。
命が危険だったら言っていいけどね。そんな状況考えたくもないわ。
私のことをばらさないことは、つまり自分を守ることにもつながるって考えて頂戴ね。
よろしく、頼むわよ」
「……はい」
「いい返事だわ」
サキはそう言うと手を離し、すたすたとパソコンのある位置に戻ってしまった。何かのスイッチを押した音がし、すぐにデスクトップに明かりがともった。
「アクル、申し訳ないんだけれど、電気消してくれる?」
「はい」
アクルはそっと、電気のスイッチに触れた。カチという音の後、部屋から明かりがすっと消えた。
「行こう、ニール」
ボスがニールの背中を押した。暗闇に目はなれなかったが、部屋の扉が開いていたために、そこに向かって歩くことはできた。ニールはそこまで、足元に注意しながらゆっくり進んでいった。扉の向こうで、アクルが待っていた。
「失礼しました」
部屋を出る際に、ボスがサキに向かって言った。
「失礼しました」
アクルとニールも、それに続いた。
カタカタというタイピングの音に混じって、返事が聞こえた。
「いいえ」
無表情で呟いたが、その声には優しさがつまっていたように、ニールは感じた。