一件落着(2)
アクルとニールが下に降り、向かった場所はボスの部屋だった。アクルが扉をノックすると、どうぞ、と中からボスの声がした。
入ると、ソファにボスが偉そうに座っていた。足を開き、腕を組み、ふんぞり返っている。その正面に、ウラウとティラ、それにウラウのお付きの女性二人が座っていた。四人とも、縄で胴をぐるぐる巻かれている。腕も一緒に巻かれていたため、身動きができない状態だった。足首には何の梗塞もなかったが、だからといって逃げようとする人もいなかった。四人の後ろに、ラインが立っていたからだ。
ボスは、二人を横目で捕えると、言った。
「無事そうで何より。いろいろ話したいし褒めたりもしたいが、とりあえずまぁ座れ」
そう言ったものの、ボスがソファの真ん中から動く気配はなかった。ボスの左右どちらかに二人が腰掛けるのは不可能だ。
戸惑うニールをボスの左側に座らせ、アクルは右側に着席した。
「こいつらにいろいろ聞きたいことがあって、聞いていたんだ」
そう言ったボスの口調は、どこか深く沈んでいた。怒っているというよりかは、不満げな声と形容した方がいいような声だ。
「話しを戻すぞ、ティラ」
ボスはあいも変わらず偉そうに、ティラに言った。対するティラは、恐れている様子はなく、むしろ困ったような表情を浮かべていた。何を訊問しているんだ? アクルはいろいろな例を考えたが、思いついた中では一番平和で、しかし一番重要な問題について、ボスはティラに訪ねていた。
「君の後ろにいる、そのラインが、君の、唇を奪ったり、いやらしいことをしたり、誘ったり、そういうことは、なかったんだな?」
そういう訊問をしていたのかい。
首が思わずがくっと下がりそうになるのをなんとか押さえ、アクルは横目でボスを見る。ボスの向こうに、困惑の表情を浮かべるニールが見えた。
そりゃそうだ。子供には少し、きついというか、リアルな内容だろう。しかし、エストレージャにいる以上、この問題は受け止めて置いた方がいいのだ。
「ああ」
ティラはゆっくりと返事をした。きっと、しつこく同じ質問をされたのだろう。
「手を握られ、体を密着させられはしたが、キスは寸でのところで避けた」
「ああ」
「君に惚れたとか、そういう類のことは言われた」
「言われた」
「信じよう。そして謝る。全て嘘だ。申し訳ない」
「ちょっとは本当だよ」
口を挟んだラインを、ボスは睨みつけた。ラインはひきつった笑みを浮かべ、ボスから目をそらした。
「こわぁい……」
「黙れライン。いいか、全て、嘘だ。もし少しでもこいつに恋心とかをいだしてしまったのなら本当にすまない。しかしこいつはやめておいた方がいい、こいつに恋をしたって何にもならん。でも君は、そういう心は抱いていないし、ラインにキスとかをされ、秘密だよ、とか言われているわけでも、ない」
「ああ」
「誓える?」
「誓える」
「よし」
ふん、とボスは鼻をならすと、次にはあとため息をついた。
「いやもう本当に申し訳ない。手をつないだりされて不愉快だったら、ほんと、もう、自由になったあとにそいつのこと二三発殴っていいから」
「ボス、ひどいじゃないか」
「ひどくねぇよ。二十発三十発でもいいよ」
ラインはまたも、睨まれる。
「余計なことはするなと言ったはずだ」
「しなかったじゃない」
「ぎりぎりだよ! キスしそうだったじゃねぇかよお前!」
ボスは勢いよく立ちあがった。皆ぎくりとするが、ラインだけは涼しそうな表情でボスに応戦する。
「避けられるの前提だよ」
「避けなかったらどうするんだよ!」
「唇と唇がぶつかっていたかも」
「貴様、のうのうと! いいか! あとでみっちり俺が説教食らわせてやるからな!」
「やだよ!」
「うるせぇ! なにがやだよ、だ!」
二人のやり取りは続いた。挟まれているリッツの四人は、きょとんとその様子を見ている。まさかあの謎に包まれた集団、エストレージャのボスと副ボスが、こんな言い争いをしているなんて、誰が想像しただろう。
こんな、だったのか。そうでも思っているに違いないと、アクルは心の中で苦笑した。
こんなもんなんですけどね。
「まぁ、取りあえず、お前らの説教ね」
肩で息をしながら、ボスは深く腰かけなおし、四人を睨みつけた。
「あ」
ティラが、何かを思い出したように呟き、急いで黙った。ボスの顔から血の気が引く。
「やっぱりラインが何かやらかしましたか……」
「い、いや、違う」
「じゃぁどうしたよ?」
「……一つだけ、質問がある」
「なんだ?」
「この状況は、エストレージャにとって作戦通りだったのか否かを知りたい」
ティラは不満げに言った。しかしその言葉に、ボスはほうと満足そうに笑った。
「なるほど、気になるか」
「気になる」
「じゃぁ、この作戦を作った本人に手短に話してもらおう。アクル」
「えっ」
アクルは、驚いて訊き返してしまった。ボスはせかすように、手を前後に動かした。
「おっとそうだ、あのな、こいつが今回の作戦を練ったんだよ。アクル、今この状況は、俺たちにとって……いや、お前にとって、作戦通りの結果なのか?」
「はい……作戦通り、です」
「ラインとか言うやつが裏切った風に見せたのも?」
ティラの言葉に、アクルはそっけなく頷いた。
「あぁ」
「盗聴器をつけられるだうと踏んで、盗聴器がつけられたら、あらかじめ決めて置いたセリフでラインが合図を送り、お前に違う作戦を言わせた?」
「そうだ。盗聴器がつけられなかったパターンも、もちろん予想済みだ」
「私たちが、盗聴器を通じてラインから真実を聞かされたと勘違いし、このような行動にでることも?」
「予想済み。ラインさんが気絶させられるってのは、ちょっと驚いたけどね……」
「すぐにかけつけただろう」
ラインは困ったように笑った。アクルも、それに苦笑で応じた。
「さすがに最後の戦闘では、臨機応変に動いてもらったけど……ラインさんが戻ってくるとか、イレギュラーなこともあったしね。それでも、ここまでの流れは、予想通りだ。まぁ、いろんなパターンを想定して、たくさん作戦を練ってはいたけど……」
アクルはここまで言うと、ティラをちらりと見た。ティラはアクルと目が合うと、露骨に嫌な表情を見せた。思わずアクルはもう一度苦笑する。
「だそうだが、いいか?」
ボスの言葉に、ティラはふんと鼻を鳴らした。
「ラインの名前はこちらにばれているが、いいのか?」
「かまわないよ」
と答えたのはラインだった。
「これそのものが偽名って可能性、あるだろ」
「……なるほどな。考えてもきりがないと。分かった。作戦どおり、だったというわけだ」
「あぁ」
アクルはもう一度、頷いた。小さくティラは舌打ちをした。何かを呟いたが、アクルには聞き取れなかった。
「じゃ、終わり! 次俺の番」
ボスは無理やり話しを断ちきると、手をまっすぐ上に伸ばした。
「お説教だ」
そして嬉しそうに、口の端で笑った。