14 一件落着(1)
ウラウは、大男だ。横にも縦にも大きい。子供のニールからしてみれば、自分より五十センチ以上も高い相手なんて、まるで巨人のようだった。その男を、白いスーツを身にまとった女性は、軽々と肩に担いでしまった。
「…………」
開いた口が、本当にふさがらなかった。
あんなことしちゃうの、あの人。
ボスは気絶したウラウを肩に担ぎながら、屋敷に歩いて行った。その途中で、思い出したかのようにぴたりと止まり、上を見上げた。
まず、ボスの視線は、ニールと合った。安心しろ、とでも言いたげに、手をすっと挙げ、微笑む。次に、ボスの視線はアクルを捕えた。手をぴんと伸ばし、ぶんぶんと振っている。
「あぁ見えて力持ちだからなぁ」
ニールの気持ちを読み取ったかのように、隣にいたアクルが言った。ニールが隣を伺うと、アクルはボスに返事をするかのように、片手を軽く挙げていた。その姿を確認したボスは、満足そうに屋敷に戻って行った。
苦笑交じりに、アクルは続ける。
「本当にすごい人なんだぜ」
「…………本当に」
ニールには、その言葉を返す以外に何も残っていなかった。
本当に、なんだろう。綺麗。美しい。強い。強情。強力。魅力的。素敵。そんな言葉にはおさまらない人だった。
屋敷の二階、アクルと共にニールはそこにいて、一部始終をしっかりと見ていた。
自分のいたグループのボスが、そそくさと逃げようとしたこと。それを、今後所属するグループのボスが止めたこと。
少しの戦闘。
ひやっとする場面で、隣にいたアクルがボスを守ったこと。
信じられないことだったが、アクルはボスの後ろに近づいた女性二人を、見事に撃ち抜いた。屋敷の二階から、しかも、一歩間違えばボスにあたり、一瞬でも遅ければボスの命が危ない場面で、彼は冷静に、確実に仕事をこなした。
その後、黒ずくめの女性の接近。その女性は、アクルの指示を受け、その場に行った。気配を消せる子なんだと、アクルに紹介された。ヤツキという女性は、二階からではよく分からなかったが、何か行動を起こし、少しだけボスと話すと、屋敷に戻ってきた。きっと何かあったのだろうと、アクルとニールは察していた。
「あの二人はどうするつもりだろう……」
アクルは、自分が倒した二人を眺めながら呟いた。銀髪の女性と金髪の女性は、肩を撃ち抜かれ、仰向けに倒れたまま起き上がらない。
「……あの二人は」
死んでしまったのでしょうか。
ニールがきくよりも前に、アクルが口をあける。
「死んでなんかいないよ。麻酔弾ってやつ。肩を狙って効くなかなって思ったけど、きいたみたいだね」
「ウラウさん……リッツのボスに撃った弾は?」
「あれは普通の弾。大丈夫、足にかすめただけだから、今頃ボスが包帯でも巻いてあげてるよ」
「……アクルさん、僕、よく分かっていないんですけど、リッツがみんなで押し寄せてくるって、アクルさんたちは分かっていたんですか?」
アクルは窓の外にやっていた視線を、ニールに向けた。
「どうしてそう思うの?」
「アクルさんはすぐに僕を連れて二階に向かいました。僕がミクロ、マクロと屋敷を探検した時には見つからなかった、隠し扉から……だれにも見つかることなく。もし緊急事態だったのに、あんなに冷静に行動できたのなら、凄いなって思って」
「なるほどね。ま、そのとおり、全部全部作戦だったんだよ」
「……リッツのみんなが屋敷に押し寄せてくるような、作戦?」
アクルを見上げ、首をかしげるニールの姿に、思わずアクルは笑ってしまう。
「そうそう。ちょっと俺が作戦立てて、みんなで実行したの。ニールにはまだ言ってなくてごめんな。今日、言おうとしてたんだよ、本当に。そしたら今日の朝やってきちゃって、あいつら。それはちょっと誤算だったから焦ったけど……こうなるように、俺たちが、仕向けたんだよ」
「……すごいですね」
「ありがと。詳しいことは、もうちょっと落ち着いたら教えてあげるよ」
アクルはそう言うと、話しはもう終わりだと言うように、ニールの頭を撫でた。ニールもそれを悟ったのか、何も言わなかった。
「んじゃぁ、下に降りようか。ここ、真っ暗で怖いでしょ」
「ちょっとだけ」
ニールは笑った。その部屋は真っ暗で、光が入ってくる場所は、アクルとニールが門をのぞき見ていた窓しかなかった。アクルが窓を閉め、遮光カーテンで窓を覆ってしまうと、その部屋に光が無くなった。
ニールはアクルの裾を握りながら、そっとその部屋を出て行った。
アクルがその部屋のドアを開けた時に、その部屋の隅から音が聞こえた。パソコンを起動する音だ。
誰か人がいたのか? とっさにニールは振り返って、その音の正体を探ろうとしたが、アクルに背中を押され無理やり部屋から出されてしまった。あまり気にはならなかったが、それでもその瞬間だけ、ニールは違和感を覚えた。
誰か、いた……?