ボス対ボス(3)
「俺を殺すなよ。殺すような素振りを見せてみろ、押してやるからな」
「まじかよおい」
「信じなくてもいいぜ。どこかに隠れてるニールのガキが、爆発してもいいんならよぉ」
ウラウは、屋敷の二階からいつ攻撃が来るか分からない状態に置かれていることを、よく理解していた。遠目ではよくわからないように、口をあまり開けず、ぼそぼそと話し続けた。しかし、あふれ出る勝利の笑みは、どうしても押さえきれなかった。
勝った。こいつは俺を解放せざるを得なくなるだろう。このスイッチを奪い返さない限り。問題のスイッチは、ウラウが握り締めたままだった。腕を伸ばし、体の横に密着させている。レイカからスイッチは取れる位置になかった。取ろうしたら、ウラウが何をするかは、レイカも察していた。こいつは迷いなく、スイッチを押すのだろう。
スイッチが本物かどうかは怪しいところだったが、万が一のことを考えると、迂闊な行動には出られない。レイカは生唾をごくりと飲み込むと、冷静にウラウに訪ねた。
「なぜニールに爆弾を?」
「単純さ。万が一俺があいつに襲われたら、このスイッチを押して身を守る」
「最悪だな」
「自分の命が大切なんでね。ニールはやるよ、だから、俺をここから逃がしてくれ」
「その足で歩けるかよ」
「痛いが、なんとかふんばりゃいけるだろ。ほら、解放してくれよ。門まで俺を連れて行ってくれたら、スイッチを屋敷の中に投げる」
「お前は逃げて、俺たちの情報が売り買いされる、と」
「そうさ。でも、ニールが爆発するよりかはいいだろう? どうする?」
レイカはウラウを睨みつけた。ウラウもレイカを、馬鹿にした表情で見つめていた。うっすらと口元に浮かべながら、スイッチを指先でもてあそんでいた。さぁ、早く解放しろ、早く!
レイカはふうとため息をつくと、小さな声で言った。
「分かった」
「何がだよ?」
「解放しよう」
「はっ! やったぜ! ほらはやく!」
ウラウは叫びたくなるのをこらえた。二階の奴に異変を感じ取られてはいけないという意識は、最後まで続いていた。
解放される、輝かしい未来が待っている!
そう思った、その時だった。
手から、スイッチがふわりと浮きあがった。
浮き上がった? それがおかしな表現だと言うことは、ウラウにも分かっていたが、しかし、どうにも説明できなかった。指でもてあそんでいたスイッチが、ふわりと浮きあがった。
「ボス、スイッチ回収しましたよ」
ウラウの足元から、少女の声がした。ウラウの頭は混乱で飽和した。少女? 俺の頭はどうかしちまったのか? スイッチが浮いて、少女が現れた? どこから? どうやって?
ウラウの目の前には、にやりと口の端で笑っているレイカがいた。相変わらず銃口をウラウの額にくっつけているために、ウラウは動こうにも動けなかった。体中を恐怖が包む。
「ありがとう、ヤツキ。よく気が付いてくれたな」
レイカは、自分の背後にいる少女に声をかけた。ヤツキは、スイッチを指で転がしながら、いえいえと笑った。
「アクルさんのところに行ったら、一応近くでボスたちを見張ってくれとのことでしたので。アクルさんに感謝してください」
「ヤツキも謙虚だな。ギャンのところに、そのスイッチ持ってっといて。話しは全部聞いてたろ? こいつの足元でさ」
「ボスにはばればれでしたか」
ふふふ。
少々不気味な笑い声を最後に、ヤツキはその場を去った。静かに走り、大食堂にファインと非難しているギャンに、スイッチを届けに行くためだ。
「どういうことだ?」
ヤツキが去った後、ウラウが訊いた。ウラウのの目からは、戦意が消えていた。
「なに、気配を消せるうちの子が、ちょっと気配を消して、お前に近寄って隙を見、スイッチを奪ったまでさ」
「そんなやつまでいるんだな。エストレージャは」
ウラウは、呆れたように呟いた。
「凄いだろう」
「気味が」
「悪いか」
レイカは困ったように笑った。ウラウはふん、と鼻で笑うと、レイカから目をそらした。屋敷を見る。扉を開けて屋敷に入っていく少女が見えた。真黒な服に身を包んだ、線の細い子だった。あの子がねぇ。
「ついでにもう一つ気味の悪いことを聞かせてやるよ」
ウラウは、視線をレイカに戻した。レイカは真顔だった。
「あのスイッチは本物じゃねぇ。ただのおもちゃかなんかだろう」
ウラウの心臓がどきりと鳴ったが、ウラウはあくまで嘘をつき通そうとした。
「何言ってるんだ? 本物だ……間違いなくな」
「だまされねぇぜ。お前、嘘ついてるの、ばればれだ。何がなんだって嘘だ、絶対に嘘だ。お前の声が、表情が、心臓が、嘘だって言ってる」
「ふざけてるのか?」
「こっちのセリフだ。俺には確信がある。俺は、嘘がすぐにわかるんだ。本当だぜ? 気味が悪いだろう」
口元に笑みも浮かべず、淡々とレイカはそう言った。目が座っていた。ウラウはまじまじとレイカを見つめた。ハッタリではない、本気だ。
嘘が分かる?
嘘っぽいが、本当なのだろうと、ウラウは思っていた。
なんて、気味の悪い。
「……俺を殺すか?」
こんな奴らに勝負を挑んだのが間違いだったと、ウラウは改めて思った。ため息交じりに、ウラウはレイカに訊いた。
「いや」
レイカは笑っていた。おかしそうに、首を振る。
「まさか」
「じゃぁ何がしたい? 俺は何をすればいい?」
「なに、俺の説教をうければいい」
はぁ? とウラウは馬鹿にした声を出したが、レイカはもう笑ってはいなかった。
「……説教?」
「そう。っていうかもう説教タイム入ってるけど。エストレージャには決まりがあってさぁ、一度屋敷に入れた者は、どうにかしてやんねぇといけないんだよ。お前みたいに根性ひんまがった奴は、説教だ。お前らの部下も、若いのに訳も分からずに突っ走り過ぎだから、説教だ。分かったか!」
「…………」
正直分からないと答えたかった。
甘いのか。優しいのか。厳しいのか。
エストレージャは、謎だらけの集団で、中をのぞいても、やはりよく分からなかった。
それがウラウの、感想だった。
「くくく……ははっ。こりゃぁお前らの噂もいろいろ立つわ。知ってるか? エストレージャは慈善団体だっていう奴らもいれば、殺戮集団だって喚くやつもいる。どんなもんかと侵入してみれば、俺の感想としては慈善団体だ。不良集団を改心させようと……ははっ! あほくせぇ」
「あほくせぇかぁ」
レイカは、にこり、と笑った。
「あほくせぇ方が、人生楽しいぜ」
レイカの言葉に、ウラウは鼻で笑う。
「もっともだ。くそ、争うのも馬鹿らしい。さっさとお前の説教受けてやるよ」
「お縄につくか!」
「つくから、そこをどけ」
「やだねっ。嘘も大概にしやがれ」
レイカはにこりと、子供のような笑みを浮かべて、ウラウの胸倉をつかんだ。
「なっ」
「ばればれだ」
ウラウが抵抗する間も与えず、レイカはウラウの後頭部を、地面にぶつけた。